フラグ10 想い出のあの人=俺
「こんにちは~。ブレイカーさん起きてますかー?」
「レイネか。勝手に入ってきてくれ」
俺は探偵事務所でいつものソファーに寝転びながら、付けっぱなしのテレビを見ていた。
やっているのは下らないワイドショー。
本当はチャンネルを変えたいのだが、両手に包帯が巻かれた状態なのだ。
「失礼しまーす……。あれ、エレクトラさんはまた地下室ですか?」
「あいつは──昨日の事後処理で霞ヶ関へ行っている」
物怖じせず室内に入ってくるレイネを横目に、ワイドショーに耳を傾ける。
丁度、学校のグラウンドにクレーターが空いたという話題の最中だ。
やれ米軍の誤射だの、埋まっていた不発弾だの憶測でおもしろおかしく話している。
「あー、“私達”は気絶していたのですが、SNSとかで黒い巨人の姿が投稿されて話題になっていましたね。やっぱり、あれって──」
「たぶん『イリュージョニストがグラウンドで公演の予行演習を行っていたところ、偶然にも地下のガス辺りが爆発した』
──というところにでも落ち着かせるんじゃないか。強引に」
とまで言ったところで気が付いた。
レイネは今“私達”と言っていた。
もしかして。
「だって? 桃花さん」
レイネの後ろからおずおずと姿を現す三人組のリーダー。現首相の娘──伊藤桃花。
今回の件は、この少女が原因だったのだろう。
一応、過去に政府の元で働いていたときに面識があったのだが、外見がレディースだかヤンキーみたいになっていて気が付かなかった。
今もこちらを睨み付けながら黙っている。
「ええと、それでブレイカーさんは、その両手……大丈夫ですか?」
続けて喋るのはレイネの役目らしい。
「後遺症は残らないが、すっげぇ痛い。だがそれより──なにより俺にとっては一大事なことがある」
ズキズキと痛みを抱える包帯まみれの手のひらを見せた。
「……私のせいで本当にすみません。それはブレイカーさんの傷であり、私の傷のようなものです。どう詫びても詫びきれません」
「そうか、それなら何でもしてもらうっていうのは可能か?」
「……はい。その──。と、とととと……トイレのお世話とか……そういうのでも……がんばります……!」
なに顔を赤らめて勘違いしてるんだコイツ。
「いや、それはエレクトラが出かける前に済ませたから平気だ。それよりもっと重大な事だ」
「え、エレクトラさん……さすがです。──ですが、それより重大な事とはなんですか? まさか、とても人には言えないエッチな……」
「変な想像をするな。重大な事とは──スマホが握れないことだ」
「わ、わかりました! 誰かに連絡をしたいんですね!」
本当に何を言っているんだコイツは。
人に連絡をするとか、面倒くさいことを進んでやるはずがないというのに。
「違う。スマホゲーのスタミナが消費できないことだ」
「……すまほげー? すたみな? なんですか、それ」
「しまった……。お前、ゲームとかやらない奴だったのかよ。田舎者にも程があるぞ」
「田舎とは関係ないですって!」
俺は両手が無事だったら頭を抱えたくなっていただろう。
これが女子高生のゲーム離れというやつか。
「……いいよ。あたしがやる」
ずっと黙っていた桃花が、置いてあった俺のスマホを持ち上げた。
「お、そっちのお前は話がわかる奴か。生体認証ロックを外すからあとは頼んだ」
色気の無い髪型のヤンキーが天使に見える。
鳥頭だかリーゼントだか、よくわからない髪型だ。
「えーっと、じゃあそっちの無能は──」
「え!? いきなり私の事を無能ってひどくないですか!?」
「俺にとってはスタミナ消費してくれる女神と、そうでないやつは月とすっぽんなんでな。適当に下の喫茶店に行って、昼飯でも作ってきてもらってくれ」
「そ、それだったら私が手料理を……手料理を……あっ」
ここがどこだか思い出したらしい。
自分でゴミ屋敷と言っていた探偵事務所。
簡易的なキッチンはあるものの、埋まっていて使えそうもない。
「わ、わかりました……両手の傷は私のせいですし、今のところは素直にしたがいます……。で、ですが覚えていてくださいよ! きっと! いつか! かならず!」
レイネは、そんな悪役の捨て台詞のようなものを吐きながら、喫茶店への階段をドタドタ降りていった。
うるさいのが居なくなったので、急に静かになってしまった。
聞こえるのは桃花がやってるゲームのBGMと、テレビの音声くらいだ。
そこで俺はふと思いついた。
「おい、お前」
「んだよ。人に向かってお前ってなんだよ。桃花だよ、桃花」
「ああ、悪かった。それで桃花」
つい現実の人間に対しては距離感が掴めなくなってしまう。未来死の魔眼の弊害だろうか。……いや、元からか。
「それでなんだよ? ブレ公」
「……桃花、お前も人に向かってそれなりに酷いな。いや、大したことじゃないんだが。その変な髪型を……だな」
「髪型? ポンパドールのことか?」
随分としゃれた名前の髪型だったようだ。コイツがやると鳥のリーゼントにしか思えない。
「そう、そのポンパドールというのをほどいて見せてくれないか?」
自らの髪を触っていた桃花。
俺の言葉にビクッと反応して、こちらを凝視してきた。
「はぁっ!? な、なんだよおっさん……もしかして、あたしを助けたからって、自分好みの感じにして……その……アレなのか!? アレなのか!?」
「アレってなんだ。レイネといい俺のイメージはどう見られているんだ……。
違う、たぶん違う。純粋に普通の髪型も確認しておきたかっただけだ。
それを見せてくれたら、お前を助けたことはチャラでいい」
「な、なんだよ……物好きなやつだな……」
桃花は、丸見えになっているピカピカおでこの上の髪束──リーゼントっぽいそれをまさぐり、てっぺん辺りで盛っている部分のヘアピンを取り去った。
すると──美しい黒髪セミロングの少女が現れた。
「こ、これでいいのかよ?」
「ああ。これで貸し借りは無しだ」
俺は確信した。
やはり、首相令嬢である伊藤桃花だ。
女とは髪型一つでこうも変わるのか。
どこからどう見ても、いいところの清楚お嬢様に変身してしまった。
「……あたし達を助けてくれたことには感謝してるけどさ。言い寄られてもね?
昔、助けてくれた恩人の魔術師とどうしても比べちまうんだよ」
「いや、本当にそういう裏とかはないからな? 未成年の女に興味は無い」
本当は人間全体にあまり興味が持てなくなっているのだが、特に言うべきことでもない。
「そ、そうか」
それで会話は止まったかと思ったが、桃花は予想外のことを言い出した。
「えと……そのだな……ブレ公も天然の魔術師だろう?
もしかしたら、あたしの恩人の魔術師も知り合いなんじゃないかなって……。
あの人も天然の魔術師だし」
「ほぉ、聞くだけ聞いてやろう。確かに天然の魔術師に知り合いはいるしな」
桃花は神妙な面持ちで、こちらに期待を寄せてきている。
というか何かモジモジしながら顔を赤らめている。
『御主人様、暇だから盗聴していましたが──』
イヤホンからエレクトラの通信が入っている。
俺だけに聞こえているため、返事の声が出せないのでスルー。
「ええと、顔はマスクで隠していて見えなかったけど、背の高さはブレ公くらい」
『御主人様は数年前、政府の任務に就いていたころは顔をマスクで隠していましたよね?』
目を乙女チックにキラキラと輝かせて話を続ける桃花。
声色に好意という感情がこれでもかと詰め込まれている。
「こ、声は……ブレ公より低かったかな」
『あのマスクで変声していましたよね?』
嫌な汗が出てきた。
これはもしかして、もしかしなくても──。
『完全に御主人様ですよね?』
よし、面倒くさい事になる前に正体を明かしてしまおう、そうし──。
「すごく紳士的な口調で、仕草で……あたしをテロリストから守ってくれて、お姫様抱っこしてくれて……王子様みたいな格好良い言葉を紡いで、泣いてる幼いあたしを慰めてくれて……」
完全に熱に浮かされている、ウットリとした口調。
『そういえば、昔の御主人様ってそんなでしたね』
言い出せない。
言い出しにくい。
「あたしは! その魔術師さんに会ってお礼を言いたいんだ!」
「そ、そうか。礼を言うだけでいいのか」
お礼だけなら、正体をバラしてもオーケー的な雰囲気なんじゃないか?
ブレ公、そう思う。
「いや~……。でも、お礼のついでに……好きな人がいるのか聞いちゃったり……えへへ……」
おい。
「そ、それで……いないって言ったら、お付き合いをしてくださいって……」
おいおい、待てこの流れ。
「結婚を前提に、真剣に……っ! あの魔術師さんに全てを捧げたい。何をされてもいい。むしろ好きになってもらえなくても、ずっと慕うくらいの──」
何か重かったり、狂信的なものが入っていたりしませんか。
『御主人様、言わないんですか? 俺がその魔術師だ、って?』
この流れで言えるはずがないだろう……。
「──それで、知り合いにそんな天然の魔術師はいるか!? ブレ公!?」
ひとしきり愛を語られたあと、桃花にガン見されている。
俺は堂々と……いや、無理だ。思いっきり目をそらしながら答えるしかなかった。
「し、知らないな」
「んだよ! ツカエネー天然の魔術師だな! あの人とは大違いだ!」
どんだけ美化されてるんだ、昔の俺。
しかし気が付いたら、何故か桃花はこちらを観察し始めていた。
「でも、声以外は似ている部分もあるんだよなぁ。そもそも天然の魔術師ってだけでかなりレアだし……」
やばい、そこに着眼点を置かれてしまったか。
天然の魔術師というのは、ナノマシンで作られた魔術師より格段に数が少ない。
魔都と呼ばれる七カ所現れた、あの黒い石版に認められた者だけなのだ。
これはもう仕方が無いというか──うん、チャンスだ。
相手が聞いてきたカウンターで、正体を明かせるラストチャンス。
「ええと……だな……。実はいうと俺……その魔術師を知っている」
俺の言葉はしどろもどろになっているが白状する……!
このままだと絶対にややこしいことになるからな!