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画面の中の彼女・真夏の夜の夢

作者: 青山春樹

真夏の夜に不思議な出来事が起きました。


社会人になり、十年が経ち、中間管理職の立場に立った達也は、仕事、仕事で一日が過ぎていく日々が続いていた。

会社帰りに同僚達と飲みに行くことや休みの日に学生時代に仲の良かった友達に会う機会もめっきりと少なくなってしまった。


季節は八月入り、蒸し暑くなった池袋駅のコーヒーショップで仕事前の情報収集に新聞を読んでいると、「まだ間に合う!夏休みは、海外で!」と旅行会社の広告が目に付いた。


世の中で「ワークライフバランス」なんて言葉を聞くようになったが、そんなことが出来るのは、一部のしっかりとした経営方針を持った一流会社だけ。

自分の勤めている会社は経費削減でリストラを行い、残った社員は馬車馬のように働く毎日で夏休みなんて取れそうもないなと諦める自分がいた。


そんな達也が唯一、友達とコミュニケーションをとる手段がパソコンのSNSだった。

達也は、主にfacebookを使っていた。世界で何十億人も使っている世界最大のネットコミュニケーション。


使い始めてすぐ、その楽しさに達也は虜になってしまった。

身近な友達をサイト上で探し出しては、友達になる。

逆に友達が達也を探し出して、友達申請のメールが届く。

そんなことの繰り返しで中学・高校の懐かしい友達とも、十数年ぶりで交流を再会したこともあった。


友達がどんどん増えていき、その友達がネット上で日々の出来事を綴っていく。

「今日は、友達とバーベキュー!メチャクチャ、ビールがウマイ!」

「明日から夏休みで韓国旅行!買い物三昧、楽しんできます!」

など楽しそうな近況報告を達也は、最終電車のつり革に掴まりながら、眺める日々をすごしていた。


そんな友達に、

「楽しそうだね!」「沢山、楽しんできてね!」

とメッセージを送りながら、達也は寂しさと孤独感を感じていた。


学生時代は、どちらかというとイベントの主催者的存在で、周りには沢山の友達がいて楽しい日々だった毎日。

でも今は、会社の中では、中間管理職的役割で上からは、業績を上げろと叱咤され、下からは口うるさい上司と煙たがられる存在だし、休みといっても、仕事の残務処理やレポートの作成など、家でも仕事をしている毎日だった。

元来から、責任感が強く、完璧主義だった達也は、どんどん仕事の重責を任されるようになり、しっかりと結果を出してきたため、同期の中でもトントン拍子に出世してしまった。

そのためか、同期の中でも、達也を妬むような奴が出てきて、最近はあまりうまくいっていない感じだった。

すべての時間を会社のために捧げている自分自身を今までは、「今は仕方ないこと」「いつかきっと報われる日が来る」と慰めていた。でも、最近そんな自分自身に疑問を持つようになってきていた。


そして、自分の父親のことが脳裏に浮かんだ。


達也が小さな時から、父親は家にいなかった。

毎日、仕事で遅くまで働き尽くめだった。まだ、父親と遊びたがりの頃、

「どうして、お父さんは一緒に遊んでくれないの?」

と聞いた時、父は

「サラリーマンはこれが当たり前。お前達が、ご飯も食べられるし、学校にだって行けるのは、お父さんが頑張ってお給料を貰ってきているからなんだぞ。だから我慢しなさい」

と慰められた。

そして、私が社会人になる時は、

「お前も一人前になったな。やっと、お前もお父さんの気持ちが判る年になったな。これからはお前達が日本を大きくしてもらわないと」

と言われた。


その時、心の中では、『俺は父さんの様にはならない。仕事、仕事の毎日なんて、つまらないじゃないか』と思っていたことをふっと思い出し、今の自分が気付けば父親そっくりの仕事だけの人生を送っているこの現実に苦笑いしていた。

でも、この環境を変えようと思っても、達也にはどうしようも出来なかった。あまりにも、今の職場での役割が多すぎたから。

誰かに迷惑を掛けることなんて出来ないから。そんなことを思い電車を降り、家路へと向かった。


翌日も達也は、朝から仕事でいつもの電車に乗った。そして、いつものように、携帯でFacebookを開き、友達の近況を確認しようとした。

すると、一番上の「友達かも?」の欄に見たことのない女性の顔写真が載っていた。

最近は、だんだんと友達が増えていき、友達の友達を紹介してくれる機能で今日のようなことは、よくある。

いつもなら、何食わぬ感じで無視してしまうところだったが彼女がとても綺麗で素敵な笑顔の持ち主だった為か目が止まってしまった。本当に素敵な笑顔で見ているだけで幸せになると言えば、大袈裟だが街で擦れ違えば、絶対に振り向くタイプの女性だということは、間違いない。


彼女の名前は、「天野有希子」。プロフィールは、制限を掛けているらしく何も見ることが出来ない。

達也は、友達申請をしようかと迷ったが誰かの彼女かも知れない見ず知らずの女性に友達申請することに躊躇してしまった。それから、facebookを開く度に出てくる彼女のことが頭から離れられなくたってしまった。

達也は、パソコン上で彼女に一目惚れしてしまったらしい。会ってみたい、どんな声をして、どんな話に興味を持っているんだろう。想像が頭の中を駆け巡ってしまう。仕事だらけで、彼女なんて作ることなど考えていなかった達也にとって、自分自身でもこの気持ちの変化に驚いていた。


季節は九月に入ったが、まだまだ暑さの続くそんなある日、達也は、仕事の繋がりで参加している、ある勉強会に出席するため地下鉄を乗り継いで虎ノ門にある会場に向かっていた。

時間ぎりぎりに到着して主催者に挨拶をしていくつかの講義を聞いていたが今回の講義のスピーカー達の話はあまり面白いものではなかった。やがて、すべてのプログラムが終了した。その後、有志で飲みに行きませんかと誘われたが達也は断り会場を跡にした。

達也は、今日は会社には帰らず、そのまま家に帰ろうとセミナー会場のある虎ノ門からJR新橋駅へ向かうことにした。

まだ、暑さの残るアスファルトの道を歩きながら、道に面したコーヒーショップのカウンター席に目を向けた瞬間、達也は、立ち止まってしまった。

そして、全身に鳥肌が立っていくのがわかる。それと言うのも、あの彼女がカウンター席に座っているからだった。


ふと、彼女が外に目を向けた時、達也と目が合った。

そして、達也に笑顔を見せながらカバンから携帯を取り出し、指差し、

「フェイスブック」

と口を動かした。


達也も首を縦に大きく頷いてみせた。突然のガラス越しの出会いに達也は戸惑った。やがて、彼女は、達也に会釈をしてきた。達也は居ても立ってもいられず、コーヒーショップに入って彼女の席へ走った。


やっと、ガラス越しではなく、何の隔たりもなく二人は、対面した。

達也は、震える声で

「天野有希子さんですよね」

と声を掛けた。彼女は、笑顔で

「はい、岡田達也さんですよねと聞き返した。

達也も

「はい」

と頷いた。

有希子は、

「達也さんには、私が見えるんですね?」

と聞いてきた。

「へっ?こうしてちゃんと見えてますよ」

と少し不思議な気持ちで答えた。

有希子は、

「それなら、少しお話しましょう。達也さんも何か飲み物頼んできたら?」

と言った。

達也は有希子の言葉に促され、

「そうですね」

と言いカウンターでアイスコーヒーを頼み、有希子の隣に座った。

有希子は、

「やっと、会えましたね。達也さんは凄く疲れていて、心配していました」

と言った。

達也は、彼女を不思議な気分で見つめた。そして、彼女を見つめているだけでとてもリラックスした気持ちになっていくのがわかった。

それから先の話は、まるで達也のことを毎日見ているかのような話だった。

有希子は、ゆっくりと優しい声で達也に語った。


「あなたがいなくたって、会社は動くの。無理していたら、駄目になってしまう。

試しに、一週間会社休んでみたら?もっと、自分を大切にして。そして、もっと周りを見て。

人生は、一度きりなの。仕事だけの人生じゃ勿体ないわ。最後にもう一つだけ。

あなたをとても大事に思ってくれている人がいるわ。その人のこと、大切にしてあげてね。

これからのあなたの人生でその人はとても必要な人よ」

彼女の子守唄のような声を聞いて達也は、気持ちいい気分になっていると、肩を叩かれた。


「お客様、そろそろ閉店の時間です」

我に返った達也は、周りを見回した。

いつの間にか眠ってしまったらしい。私は、彼女を探したが姿は無かった。

ただ、彼女の飲んでいたコーヒーカップだけは、達也の隣の席に残されていた。先ほど、達也を起こしにきた店員に有希子のことを聞いても覚えていないと言う。

達也は、狐につままれたような気分で店を出た。駅に向かいながら有希子に言われた言葉を思い出していた。

有希子から言われたことは、どれも達也の心に響いた。そして、これからでも遅くない。自分を本当の自分を取り戻そうと思った。


翌日、達也は、有希子から言われたとおり会社に夏休みの申請をして周りを驚かせた。

達也は今までとは違う気持ちで上司や部下に接することが出来るようになっていた。会社とは、自分一人で働いているわけではないと改めて思っていた。


それにしても、あの日の出来事は、何だったのだろう。そして彼女はどこへ行ってしまったのだろう。その日から、達也のfacebookに、彼女が出てくることは無かった。


その代わりに、ある日、会社の後輩から、

「岡田さんが好きです。友達からでいいので付き合ってください」

と言うメッセージと共に友達申請が届いた。

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