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そうだ、水族館に行こう

実体験を元にしているので、水族館にはモデルがありますが、あくまで小説内は架空世界でありますことをご了承の上お楽しみください。

「新ちゃん! 水族館に行こうよ!」


 お昼御飯の用意をして、まんまと双子の妹の新ちゃんがダイニングテーブルまで誘いだされたところで、私はそう高らかに宣言した。

 新ちゃんは私が作ったチャーハンを口に運び、私が入れたお茶を飲みながら上から目線で口元をゆがめる。


「は? 一人で行けばいいでしょ、デブ」

「デブじゃないし! ひどいなぁ。可愛い妹の引きこもり癖を心配して誘ってあげてる姉に言う単語じゃないよ」

「誰が妹で誰が姉か」


 私と新ちゃんのどちらが姉で妹か、この論争には決着がついたことがないので、いつもさりげなく言うんだけど、新ちゃんも諦めずにいつも訂正いれてくる。面倒くさがりなんだから、諦めて妹であることを認めてほしい。

 それはともかく、水族館だ。電車で10分ほどのところに、数年前に出来て話題になっていたのだけど、結局行っていない。こんな勿体無い話があるか。


「せっかく近所に水族館があるのに、一回も行ってないなんて勿体無くない? 行こうよ」

「あー……まあ、気にならなくはないけど、でも急にどうしたの?」

「テレビでマタコ・マキシマムが水族館の話してて行きたくなった」

「デブ同志だからって親近感持たなくてもいいのに」

「デブじゃないし! 親近感から行きたくなったわけじゃないよ。なんなの、今日めっちゃデブデブ言う!」


 新ちゃんの分のチャーハンだけ後追いでカロリーましましにしてやればよかった。

 怒る私に対して、さすがに新ちゃんも悪いと思ったのか、目をそらしつつも口をひらく。


「いや、半袖になって、二の腕目立つからつい」


 ちがった。目をそらしたんじゃない。私の二の腕を直視したんだ!

 まだ制服は夏服移行前で長袖だけど、家に帰った今はもう半袖だ。すでにちょっと日やけ気味の肌が見える。その肌は、私の動きに合わせてわずかにぷるぷるしている。うむむむ。この話は、もう、いい。


「……デブじゃないもん。BMIど真ん中だもん。でも、ダイエットはするからもう言わなくてもいいじゃん」

「はいはい。で、水族館ねぇ」


 まだ夏には早いけど、すでに夏日がちらほらある。ここは水族館で一足早く涼をとってもいいでしょう。


 それに今日は何と言っても、中間テストの最終日で半ドンだったのだ。つまり平日。数年前に出来た水族館で、近くに行った時にすっごい行列で引いてたけど、時間もたった平日の今日なら空いてるはず!

 こんなチャンスは滅多にない! まだ真新しい施設をがら空きで堪能できるんだよ! 梅雨に入ったら億劫になるでしょ!


 と力説すると、新ちゃんもやっと乗り気になってくれたようで、そうねぇと頷いてくれた。


「まあ、確かに、興味はあるけど。いくらだっけ。ちょっと調べるわ」


 新ちゃんはスマホを取り出して検索し始めた。しめしめ。

 数日前にテレビを見たときから、ずっと行きたかったのだ。テスト期間中に言い出しにくかったけど、今なら解放感のノリで、いつもなら腰の重い新ちゃんでも行ってくれるはずだ。


「って、1500円もすんの。たっか」

「え、たっか」


 せ、1500円かぁ。確かに安くはない。て言うか高い。今まで何回か他所の水族館に行ったことはあるけど、家族とで自分でお金だしてないから金額全然覚えてない。1000円以上だろうとは思ってたけど。

 て言うか、動物園って確かもっと安かったよね? 1000円以下だよね? なんで水族館ってそんな高いの? 水代?


「1500円は高いよねぇ……やめよっか」

「は? 言い出しっぺが辞退すんのやめてくれる? 行くから」

「え。めっちゃ乗り気だ」

「オオサンショウウオとか見たいし」

「いいね!」


 それは私も見たい。てかそれで言い出したし。

 どうやら新ちゃんはホームページ見てその気になってくれたようだし、ここは私も気合いをいれて、行くぞ1500円!


「てか、年間パス3000円だって。安くない?」

「えぇ? 普通に高い。いや三回も行ったら得だけど。そんな行く?」

「んー。考えながら行く」

「まじか」


 あれ、何かもう、新ちゃんのが乗り気じゃない?

 まあとにかく、行くぞ水族館!









 昼食を片付けたら、すぐに出発した。家から最寄り駅まではちょうど日差しが弱まっていたけど、水族館の最寄り駅に着くころには、かなり強くなっていた。日差しの強さに目を細め、さりげなく新ちゃんのさす日傘の中に入る。


「ちょっと、暑苦しい。だから日傘用意しろって言ったでしょ」

「だって面倒だし」


 日傘なんて、おばさんが使うものじゃない? ってイメージがある。日焼け止めは塗ってるし、いいじゃん。てか自分用買ってないし。と思うけどいざ暑いと、こんな布一枚隔てるだけでも思いの外体感気温が違うよね。


「てかさ、遠いね」

「そうね……思っていたよりも、ね。駅のすぐ隣かと思ってたわ」

「私もー。それに駅からタダでシャトルバスとかないんだよね。絶対あると思ってたのに」

「電車の中で検索したのが間に合ってよかったわ」


 いまどき、ラウンド10とかWAONモールでも駅から送迎バスがあるのに、水族館にないなんて。しかも地味に遠い。電車に乗っている時間より長い。


「まぁ、でも汗が噴き出るほどじゃないから、まだましだよね」

「そうね。真夏だとさすがに、耐えられないわ。この距離は」


 市バスも走っているけど、電車賃と同じくらい取られるし、15分くらいなら余裕余裕と思っていたら、これだよ。

 喉が渇いてきたので、鞄に入れておいた500ミリペットボトルを取り出して飲む。こういう時、いちいち100円使って買うのがもったいなく思えて、私はいつも家で沸かしているお茶をペットボトルに入れて持ってくるのだ。


「うわ、あんた水族館行くのも家からお茶持ってきてるの? ほんと、おばちゃんね」

「だって絶対喉渇くし、もったいないじゃん」

「はいはい。一口頂戴」

「えー、批判した癖に尻馬にはのるとかずるくない?」

「傘持ってあげてるでしょうが」

「どうぞどうぞ」


 ペットボトルを渡すと遠慮なく、ごきゅっごきゅっと飲まれた。一気に半分になった。おおい。呆れつつも受け取って鞄に入れる。

 そうこうしていると、目的地が見えてきた。お。隣には近所にないミニマムストップが。帰りにアイスクリーム買おう。美味しいって、この間マムコが言ってたし。デブが美味しいって言うと、本気で美味しそうに見えるから不思議だよねー。


 水族館前の広場には幼稚園の遠足かな? って感じの大群がいたけど、幸い水族館目当てではなかったらしい。ほっとしながら中に入る。

 広くて、人があまりいないと言う印象を受けながらカウンターを見ると、カウンター前には行列整理のためのパーティションポールがいくつもあったけど、誰も並んでいなくてテンションあがる。


 こういう、ここを通れと言わんばかりのところを無視して横から入る快感。たまらない。人がいない平日に来てよかった。

 と内心ニヤニヤしながらカウンターに進むと、ふいと新ちゃんが私から離れて手前のカウンターに向かった。そこは年間パスポートの受付口で、私は思わず駆け寄って新ちゃんの肩をたたく。


「え、ほんとに年間パス買うの?」

「今度期間限定でホタルの展示も夜にするみたいだから、もう一回来るならパス買っとけば、さらにもう一回着たくなった時にタダだし」

「ほ、ホタル」


 なにそれ興味ある。でも、3000円。お小遣いで過ごす私達学生にはお高いと思うんです。いや、テスト期間で節制してたからまだお小遣い残ってるし、テスト結果によってはボーナス期待できるけど。うーん。


「私は買うわ。ホタル、興味ないの?」

「んん。買う!」


 買っちゃえ! それに毎月来たら、一回300円以下なわけだし、来ればいいんだよ、来れば。さらば、私の樋口。野口が増えたぞ。わーい。あと3000円しか財布にない……。く。早まったかな。


「早く書いて」

「あ、はい」


 落ち込む間もなく、新ちゃんは店員さんに言われるまま記入したりしてる。そしてまさかの写真まで取られて、ついに年間パスが作られた。

 年間パスというものを、初めて作った。ほほう。写真とか、なんかパスポートみたいに厳重だなぁ。


 ま、とにかく出発だ!

 わくわくしながら、パスポートを提示して中へ進む。すぐそこに低めの水槽がある。水槽の上がなくて、背の高い人なら普通に中に手を入れられそうだ。

 そこには小魚みたいなのが泳いでいる。しかし小魚に興味はない。オオサンショウウオは入り口付近のはず。どこかな? ていうか、人がマジでいない。これはいいぞ。


「ガンちゃん、こっちこっち。オオサンショウウオ」


 後ろから呼ばれて振り向き、新ちゃんのところへ行くとそんなに大きくない水槽があってそこいっぱいにオオサンショウウオが一匹詰まっていた。


「うわでかっ」


 広げた両手の幅、と言うと大げさだけど、少なくとも手を広げて抱えようにも収まらない大きさだ。オオサンショウウオって言ったって、オオにもほどがある。オオオオオオって感じだ。


「目、どこ?」


 もにゃもにゃした、茶色と黒のぶちぶち模様で、どれが目だか。と思ってると、オオサンショウウオがふいに顔を横にふった。


「可愛いっ」


 横顔を見ると、小さいつぶらな瞳が見つかった。ほんとにちっちゃい。これでどこまで見えてるのか疑問だけど可愛い。


「うわぁ、なんか、全身ぷにぷにしてるね。可愛いー」

「うん。可愛い。飼いたいわね」

「ふふ。新ちゃん、ヤモリ嫌いなくせに」

「あんただって、この間悲鳴あげてたでしょ」

「あれは、ビックリしただけですー」


 と、会話していると何やら新ちゃんが姿勢も低く、下からオオサンショウウオを覗き込んでいた。

 何々? 真似してしゃがんでガラスの下ぎりぎりから見てみたけど、オオサンショウウオは姿勢が低いので、お腹側が見えたりしない。

 手もなんか可愛い。柔らか素材のタオルでつくられた縫いぐるみみたいだ。何とも言えない可愛さだ。なんだろう、この気持ち。それほど期待していなかっただけに、オオサンショウウオ可愛すぎる。


「んー」


 としみじみしていると、新ちゃんは何やら不満そうな声を出した。


「どうしたの?」

「手の裏側を見たいんだけど、よく見えないの」


 オオサンショウウオは、何やら先ほどからばたばた手足で水を書くような動きをしているので、裏も見えそうなものだけど、短い手足はあまり高く上がらないので見えないらしい。

 でも言われてみたら気になる。手のひらは色が違うのかな? 固くなっているのかな?


「もしかして肉球になっているのかな?」

「そんなわけないでしょ。あ、見えた!」

「え、どうなってた?」

「うーん。色はあんまり変わらないわね。でも何というか、赤ん坊の手みたいで可愛い」

「わあ。見せて」


 新ちゃんに代わって見せてもらう。オオサンショウウオは動いているので、ちらっと見えた。うむ。可愛い。


「可愛いねー。あと、新ちゃんに赤ちゃんを可愛いと思う感性があることに驚いた」

「私を何だと思ってるのよ」

「子供嫌いだし」

「見た目は可愛いから、嫌いじゃないわ」


 十分に堪能したので、そろそろ次へ向かおう。ていうか、これだけじっくり見ていても、次のお客さんは来ていない。最前列で遠慮なく見れた。こんなに人がいなくて大丈夫なのかと不安になる。


「ていうか、水槽ちっさくない? ここに閉じ込められて可哀想」

「散々堪能しておいて、何言ってんの。って、あれ、こっちの水槽にもいたのね」

「おや?」


 隔離された小さめの水槽を離れて、壁際に並んでいる小魚の水槽沿いに歩くと、端っこに重なるようにたくさんのオオサンショウウオがいた。寝ているのか、縫いぐるみを棚へ放り投げて押し込めたかのように詰め込まれている。

 何だか現実感がない。と言うか、狭いところが好きなのか。そうでなくても、あれだけ狭い水槽に毎日閉じ込められているのではなくて、少なくとも他のと日替わりだろうから、それは少し安心した。


「ていうか、こっちの普通に足の裏見えるね」

「本当ね。ふぅん。じっくり見ると、接地面だけ丸いと言うか、肌色で、余計にぷにっとして可愛いわね」

「うんうん。新ちゃんが楽しんでくれてるみたいで、嬉しいな」


 いつも口数少なくローテンションなことが多い新ちゃんだけに、誘った水族館で出だしからこんなに喜んでくれるなんて嬉しい。

 と素直に言うと、新ちゃんはむっとしたみたいに眉をしかめた。あ、恥ずかしがっちゃった?


「生意気な妹ね」

「寛大な姉なんだよ」


 にこっと笑うと、新ちゃんはふっと鼻で笑って、次へと身をひるがえした。


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