恋が実る時
その日の午後、宏明達はそれぞれの家へと帰ることになった。
あれから博文は谷崎警部と田村刑事と共に、悲しい表情をしながら署へと向かった。
そして、博文は広次と春美にこう告げた。
「十二年間、ここまで育ててきてくれてありがとう。山崎家で過ごした日々は忘れない。楽しい思い出がたくさん出来た。もし、生まれ変わることがあるのだったら、義父さんと義母さんの本当の子供に生まれたい」
と――――。
博文の言葉に、二人は涙で頷いた。
「宏明君、また来てくれよ」
「わかった!」
元気よく返事する宏明。
「あ、明兄さん、ちょっと…」
宏明は明の服を引っ張り、みんなから離れたところに呼ぶ。
「なんだよ?」
「あの人のことどうするんだよ? 告るのかよ?」
「いいよ。フラれたら嫌だし…」
弱気な声で答える明。
「恋を実らせたいって言ってたじゃね―か」
「言ってたけどやっぱりいいよ」
明は笑いながら言う。
「そんなんじゃ、一生恋は実らね―よ」
「そうだけど…」
明はどうしようか悩みながら頭をかく。
「二人で何コソこそ話してんのよ?」
夏美が二人をのぞきこむ。
「呼ぶぜ。みきさんっ!」
宏明はいてもたってもいられず、玄関で見送りをしているみきを呼ぶ。
「オ、オイッ!! 宏明!!」
急な展開に混乱する明。
「明兄さんが話があるんだってさ」
宏明はイタズラな目で明を見ながら言う。
「なんですか?」
みきは宏明から明に顔を向ける。
「あ、あの…実は…ずっとみきさんのことが好きで…。もし、良かったら…オレと付き合って下さい」
明は顔を赤くしながら、みきに自分の想いを告げる。
突然のことでみきはどうしていいのかわからないでいる。
「私なんて、家政婦の身なもので…」
「やっぱり無理ですよね。オレなんて…」
「いえ、そうではなく…」
慌てて否定するみき。
「私なんかが明さんのお相手なんて務まるはずないと思ってて…。それに、私マイペースでボ―ッとしてるから…」
「それがいいんだって。みきさんらしくいれば、ね」
「明さん…」
照れながら明を見るみき。
「で、返事のほうは…?」
「はい、お願いします」
みきはOKの返事をした。
「カップル誕生じゃ―ん!!」
京子が嬉しそうに大声で言う。
「ホントだ。おめでとう、明さん」
茂は明に言う。
「ありがとう」
「とりあえず、みきさんには今まで以上に頑張ってもらわないとな」
広次は笑顔で言った。
その隣で春美も微笑んでいる。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「そだね」
「宏明、ありがとうな!」
明は最高の笑顔をしながら手を振る。
「うん! なんかあったら言ってくれよ!」
宏明は明に言うと、叔父の広次が建てた家に目をやった。
「ヒロ、今回は大変だったね」
電車の中で京子がため息まじりで言う。
「うん。明兄さんがみきさんのこと好きだって相談されて知ってたから余計に大変だった」
やっと安心しきった声を出す宏明。
「みきさん、嬉しそうだったね。私達が来てから春美さんにキツいこと言われてばかりで、笑顔を見たことなかったもん」
紀美の脳裏には、みきの泣きそうな表情が浮かんだ。
「まぁな。なんか、親子の絆が強いってのがわかった気がする」
茂は改まった言い方になる。
「恵子さんと博文さんは、あんなに近くにいたのにお互いのことを思って、本当のことが言えなかったんだよね」
紀美の言ったことに三人も同感する。
――親の気持ちはなかなか気付かね―もんだ。子供を思いやる気持ちとかな。
宏明は心の中でそっと思った。宏明の両親は、あまり仲は良くない。たまに離婚したらいいのに…と思うことがあるが、宏明達子供のために離婚しないんだと思っている。
「明さんとみきさん、幸せになって欲しいよね」
「うん! 絶対に! あの二人はきっと幸せになる!!」
京子は両手を力強く握って言った。
「あの二人なら大丈夫でしょう。なっ?」
茂は宏明に同意を求めるように、さらりと言ってしまう。
「あぁ…あの二人なら何でも乗り越えていけるぜ」
宏明は電車の窓の景色を眺めながら返事した。
――いつまでも、この空は変わらないで欲しい。そして、親子の絆も…。
もうすぐで宏明が住む街に着く頃、宏明はそう思っていた。