みんなの期待
事件のことが何もわからずに翌日の朝を迎えた。今日は明が戻って来る日だ。朝八時半過ぎに明から電話があり、仕事が終わってからになるから午後七時過ぎに戻って来る予定になっている。
宏明のほうも恵子の事件と春美が突き落とされた件について何もわからないままでいた。
夕方、宏明は紀美と散歩がてら警察へと向かった。
谷崎警部は暇だったらしく、すぐに対応してくれた。
「あれから何かわかったか?」谷崎警部はイスに座ると聞いてきた。
「いいや、全く…」
首を横に振りながら答えた宏明。
「こっちも全くだ」
「そういえば、警部にはまだ言ってなかったけど、叔母さんが誰かに二階から突き落とされたんだ」
「えっ?!」
「叔母さん、突き落とされてカンカンだぜ」
「で、怪我のほうは?」
「左足をネンザで終わったし、大事には至らなかった」
宏明は谷崎警部が出してくれたコ―ヒ―を啜りながら答える。
「そうか。その時、二階にいたのは誰なんだ?」
「叔母さん以外には叔父さん、博文さん、夏美さんにオレだ」
「紀美さん達はどこにいたんだ?」
今度は紀美のほうを向いて聞いた谷崎警部。
「私は居間にいたよ。京ちゃんと相川君、みきさんの四人で喋ってたんだ」
「まぁ、命あっただけでも良かったが、恵子さんみたいになったら大変だ」
谷崎警部は少しホッとしたような表情をした。
「確かにな。犯人を許せないよな。恵子さんを殺して、叔母さんまで突き落として…」
宏明の中で犯人を許せないでいた。それは、紀美も同じだ。
「事件のせいでゴ―ルデンウィ―クが台無しよ」
紀美は頬をふくらませながら言う。
「恵子さんの件が自殺だと思いたいけど、春美さんがこんなことになるとはなぁ…」
谷崎警部もこんなことになるとは思いもしないでいた。
「でも、なんのために春美さんを突き落としたんだろう? 恵子さんだけを狙ってたんだったら、春美さんを突き落とさなくてもいいのに…」
紀美は首を傾げながら言う。
「犯人の狙いは、恵子さんと春美さんの二人だと考えると手っ取り早いんじゃないか?」
「恵子さんと春美さんの二人が、標的ってこと?」
「恵子さんと春美さんを何かの目的で襲った、というところか?」
乗り気になってきた谷崎警部。
「まぁ、何かの目的ってのはわからんが…」
谷崎警部はそうつけ加えた。
「警部の言うとおりだな。でも、もしそうなら、なんで恵子さんだけ殺害したんだ? 叔母さんも殺害することも出来たはずなのに、突き落としただけにしたんだろう? そこの理由がわかればいいんだけどな」
紀美と谷崎警部のやり取りを、黙って聞いていた宏明が口を開いた。
「一体、二人の女性の間に何があったんだ? 二葉君、何かわからないか?」
「さぁ…。あの家にはたまにしか行ってね―からなぁ…。中学に入ってからは特にな」
宏明ははっきりと答えたが、二人の女性の間の出来事を考えていた。
「中学に入るまではよく行ってたのか?」
「うん。今でも正月と盆は行くけど、中学入るまでは春休みや祝日も行ってたんだ」
谷崎警部は宏明の答えに納得した表情をした。
「中学に入ると部活とかで忙しいからな」
「ねぇ、宏君、春美さんて最初に会った一昨日となんか違うくない?」
紀美は最初に来た時と今朝見た春美と比較して違和感を感じて、宏明に聞いた。
「気が強いんだ。気分屋だと言ったら早い。初対面の人には、ニコニコしてるけど慣れたらキツくあたるんだ」
春美を見慣れてる宏明は答える。
「宏君も怒られたことはあるの?」
「小学生の時は何度もあるぜ。兄貴や明兄さんとイタズラばっかりしてな。当たり前のことなんだけどな」
宏明の脳裏には、春美に怒られた過去が蘇った。
宏明や明が何か悪いことをすると、すごい声で怒鳴り散らした。イタズラ以外でも、何気ない一言でも気に入らないと怒られる。小学生の宏明には、とても嫌だった。
「叔母さんに会うのは嫌だったけど、明兄さんや博文さんと会うのが楽しみだから、家に遊びに行くのは嫌じゃなかったぜ」
「まぁ、従兄弟同士だからね」
「博文さんとは血が繋がってないけど、従兄弟は従兄弟だからな。そろそろ家に戻ろうぜ。叔父さんや叔母さんが心配する」
宏明と紀美が戻ると、七時前になっていた。台所に向かうと、先に広次達は夕食を取っている。博文の横には、明が座っていた。
「オゥ! 宏明!」
明は宏明の顔を見るなり、手を上げた。
「明兄さん! いつ帰ってきたんだよ?」
「ついさっきな。仕事が早く終わったんだ」「二人共、立ってないで座ったら?」
春美は宏明達に座るように促す。
「みきさん、二人の食事を持ってきて」
「はい、わかりました」
みきは返事すると、二人の食事の用意をする。
「仲いいよな。羨ましいくらいだ」
明が宏明と紀美を交互に見つめて言う。
「結婚までいくんじゃないか?」
「いけばいいけどな」
何気ない宏明の一言にドキッとしてしまう紀美。
――宏君と結婚だなんて…。
内心ドキドキしながらそう思ってしまっている紀美。
「それにしても、母さん足は大丈夫なのか?」
「まだ痛むけど大丈夫よ」
「それなら良いけど、あまり無理はするなよ」
「わかってるわよ」
明に笑顔を向ける春美。
「宏明君、事件のほうは進んでるの?」
春美の突き落とされた事を思い出し、夏美は食事する手を止めて、宏明に聞いてきた。
春美も興味津々に宏明を見てくる。
「全くだ」
「犯人の目星も何もわからないの?」
「今のところは…」
「そうなんだ…」
春美は自分の期待はずれの答えになってしまい、しょんぼりした表情をした。
「明日、オレらは帰るけど、明日までには事件を解決してみせるから…」
「一度、宏明君の事件を解決するところ見れるかな」
「大丈夫だ。見せたる」
――…といっても、明日までに解決するかどうか…。期待されればされるほど、少し重荷になってくる今日このごろだ。
自分の身の回りで事件が起こると、必ず宏明が解決してくれる、というのが重荷になっているのだ。
――最初に大学で痴漢騒ぎの事件を解決したのがマズかったかな。あの時は痴漢騒ぎがなくなれば…と思っての行動だったんだけどな。
宏明は誰にも気付かれず、そっとため息をついた。
夕食後に宏明は恵子の部屋へと向かうことにした。
宏明は何もしないまま明日に帰ってしまうのは、恵子も浮かばれないし、何しろ宏明自身、自分から逃げてしまうことになると思ったのだ。
宏明は恵子の部屋に入ると、まずは部屋を見回す。前回、入った時と何ら変わりはない。
恵子の机まで来ると、机の引き出しを全て開けてみた。特に印象に残るものはない。
次に大きな物入れを開けてみる。中にはアルバムが三冊入っている。
宏明はアルバムを手に取ると、中を見た。二冊は恵子の幼少時代や学生時代、保育士時代など若い頃の写真のアルバムだ。
残りの一冊は、子供の写真だ。
――子供の写真…。叔母さんは一歳で施設に預けて、それから会ってないって言ってたけど、明らかに成長していってる子供の写真がある。もしかして、施設の人に頼んでもらって写真なのか?
宏明は三歳くらいの子供の写真を見て思う。
そして、小学校入学の写真を見てピンときた。
――もしかして…この写真って…。
宏明は今回の事件のカラクリがわかりそうになった。
――証拠はないけど犯人はあの人だと思うけど、どうして…?
宏明は恵子の部屋に、何か仕掛けが残っていないか探し始めた。
ベランダの鍵が壊れているのを見つけた。
――これは最近壊れたものじゃないな。この壊れたベランダの鍵を逆手に取って、あの人は恵子さんを殺害したんだ。
宏明は犯人とトリックを確信した後、春美に聞きたいことがあったので、居間へと向かった。