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全員が加害者

その日の午後、谷崎警部と田村刑事がやって来た。昨日の午後と同様、居間に全員は集まった。集まったといっても、午前中から居間にいたため警察が来たからといって居間に来るのが煩わしいと誰一人として思わなかった。

あの後、宏明は恵子の日記帳と履歴書を持ち、事件の参考にすることにした。

「度々、すいませんな。事件のことでお話がありまして…」

谷崎警部はみきが出した緑茶をすすった後に言った。

「いえ、とんでもない。で、お話というのは…?」

広次は谷崎警部が緑茶の入ったカップを置くのを確認してから聞いた。

「昨日、言わなかったんですが、恵子さんの部屋から遺書が見つかりまして…」

そう言いながら、谷崎警部は透明の袋に入った一枚のワ―プロ書きの紙を全員に見せるように置いた。

「“人生に疲れた。もう死にたい”これはどういうことですか?」

遺書の内容を読み上げた後、広次が谷崎警部に聞いた。

「恵子さんの机に置いてあったんです。昨日、みなさんにお見せすべきだったんですが、調べたいことがありましてね」

「調べたいことって…?」

京子が聞く。

「恵子さんの指紋がついているかどうかだよ」

「どうだったんだよ?」

「恵子さんの指紋しかついてなかったよ」

「そうだったんだな」

答えを聞いた宏明は考え込んでしまう。

「この家にワ―プロとかありませんか?」

田村刑事は広次と春美に聞いた。

「いえ、ワ―プロやコンピューターなどはこの家にはないんです」

「そうですか。じゃあ、ワ―プロが使えるカフェ、つまりインターネットカフェで印刷し、持ち帰ってきたんでしょうね」

田村刑事はそのことを手帳に書き込みながら言った。

「恵子さんが亡くなる前、どこかに出掛けたということはありませんでしたか?」

谷崎警部に聞かれた広次と春美は、思い出す表情をしていた。

しばらくすると、春美が、

「そういえば、先週の木曜日に出掛けてくるって言って出掛けました」

思い出して答えた。

「どれくらいの時間ですか?」

「四時間程度だったと思います」

「どこの誰とどこに行ったかはわかりますか?」

「どこに行ったかはわかりませんが、昔の友達に会うと言ってました」

「昔の友達とは?」

「保育士をやってた時の友達らしいです」

「保育士…ですか?」

田村刑事は手帳から目を離す。

「えぇ…。若い頃にやってたみたいで…」次に答えた広次に、意外だという表情をする田村刑事。

「時間は何時くらいに出掛けましたか?」

「午後一時過ぎに出て、五時過ぎぐらいに戻ってきました」

春美は先週の木曜日の恵子が外出した時刻を正確に答えた。

「保育士の友達とどのくらいの時間会ってたなんてわかりませんよね?」

「それは…」

すまなそうに答える春美。

「どれくらいの時間、友達と会ったのかはわかりませんが、この時すでに自殺を決意をしていて、友達と別れた後にインターネットカフェへ行き、遺書を書いた、というところだな」

今までの春美の答えを聞き終えると、谷崎警部は田村刑事に言った。

田村刑事も谷崎警部と同様の意見のようだ。

「恵子さんはなんで自殺なんかしなくちゃいけないんですか?」

博文は谷崎警部に聞いた。

「表面上はわからなかったかもしれません。しかし、心の奥ではどう思っていたかは…」

谷崎警部は恵子は広次と春美のことを嫌がっていたというふうな口調で答える。

「私達が悪いっていうんですか?」

谷崎警部の答えに気を悪くしたのか、春美は少しイラついた表情をした。

「いえ、決してあなた方が悪いというわけではないですが、家政婦の身で弱音を吐けない、というのがあったんでしょう」

谷崎警部は内心焦りつつ、努めて落ち着いた口調で春美に言った。

それでも、春美の表情は同じままだ。

谷崎警部は困ったようにこめかみを書きながら、ため息をついた。

――ワ―プロ書きの遺書…。谷崎警部が言った、先週の木曜日の時点で自殺を決意をしていて、インターネットカフェで遺書を書いたという意見にも一理ある。それにしても、昔の友達と会った帰りに遺書なんて書くと思うか? せっかく会う友達のことを考えたら、遺書なんて書く気になれないってのが普通だと思うんだけど…。

宏明はテ―ブルに置かれた遺書を見つめながら思っていた。

「先週の木曜日に会った保育士の友達の連絡先ってわかりますか?」

「わかりません。ケ―タイとかでわからないんですか?」

広次が逆に聞いた。

「それがケ―タイが見つからなくて…」

「え? 部屋になかったですか?」

「えぇ…どこにも…」

「恵子さんはいつも肌身離さずケ―タイは持っていたんです。私や春美や博文の連絡が入った時のためにね」

「そうなんですか」

「でも、働いていた保育園の名前はわかります」

急に思い出したのか、広次は言った。

「どこの保育園ですか?」

「木ノ下保育園です。堅市にあるみたいないんです」

「わかりました。では、さっそくですが調べてみたいと思います」

田村刑事は手帳に書いた後、キリっとした表情でなった。

「ところで事件の話から反れますが、このお屋敷すごいですな」

そう言うと、谷崎警部は居間を見渡した。「学生時代に留学や海外旅行をして、色んな国を回ったんです。中でもイギリスが気に入りまして、イギリスと似たような家を建てたいと思って建てたんです」

「ほぅ…。何ヵ国ぐらい行かれたんですか?」

「六ヵ国です」

広次に答えに、驚いた表情をする谷崎警部。

「そんなにですか。私なんて外国に行ったことないもんで羨ましいです」

「結婚してからは新婚旅行で行ったくらいで、あとは行ってませんがね」

広次は頭をかきながら言う。

「失礼ですが、夏美さんご結婚は…?」

田村刑事は少し小さな声で聞いた。

「してますよ。高二と中二の息子が二人います。今回、家族でここに来る予定だったんですが、息子が“お母さん、久し振りに姉妹で仲良くなってこいよ”って言うもんで、私一人で来たんです」

田村刑事の質問にも嫌な顔をせずに答える夏美。

「旦那さんもそう言ってくれたんですか?」

「えぇ、もちろん」

「いい旦那さんとご子息をお持ちなられたんですね」

「いえいえ、そんな…」

両手を振りながらの夏美。

「では、長くなりましたが、私達はこれで…」

二人が立ち上がると、広次と春美も立ち上がった。

「何か気付いたことがあれば、私達に言って下さい」

谷崎警部がそう言うと、広次ははいと返事した。





谷崎警部達が帰ると、再び居間で各自やりたいことをすることにした。だが、居間には紀美、京子、茂、みきの四人しかいない。

みきは広次から“夕食の仕度まで居間にいてくれたらいい”と指示してしたのだ。その指示にみきは家事から解放されたという表情をした。

残りの五人は自室へと戻っていった。宏明の場合、恵子の事件について考えるために部屋へと戻ったのだ。

宏明は部屋に戻ると、恵子の日記帳を手にした。

途中まで読んでいたのだが、恵子の気持ちが切々と伝わってきた。結婚や離婚のこと、子供を施設に預けたこと、山崎家の家政婦になって住み込みで働くことになったこと…今まで全てのことが記されていた。

――あんなにタフでいたけど、ホントは子供に会いたかったに違いない。それにここの家政婦になった時、不安で仕方なかったと思う。谷崎警部のいうとおり、弱音を吐きたかっただろうし泣きたい時もあったかもしれない。恵子さんのことを思うとやり切れね―よな…。

恵子の日記帳を読みながら思う。そして、軽くため息をつく。

――恵子さんみたいな女性が母親だったら良かったな…。

宏明がそんなことを思っていた瞬間、

「きゃぁぁぁぁ」

春美の叫び声と共に、ドスンという音がした。

宏明は急いで部屋を出ると、音のしたほうへと向かった。

「叔母さん!」

宏明が着くと、階段の下で左足をさすっている春美を見つけた。

「どうしたんだよ?!」

「後ろから誰かに押されたのよ」

春美は痛そうな声で答える。

「春美!」

「姉さん!」広次と夏美、二人の後ろには博文がいる。

居間からも紀美達がやって来る。

「みきさん、救急箱を!」

みきは頷くと、救急箱を取りに行った。

「とにかく、居間に行こう」

広次はそう言うと、春美を抱き抱えた。

一行は居間に向かうと、みきが手当てをして一段落終えた。

「誰なの?! こんなことをしたのは?!」

春美は怪我をしたのにも関わらず怒り心頭だ。

「早く名乗ったらどうなの?!」「まぁ、落ち着いて。叔母さん、押された時の状況を聞かせて欲しいんだ」

怒る春美になだめながら言った宏明。

「トイレに行こうとしてたの。そして、階段まで来たら突き落とされたのよ」

「二階にいたのは宏君と広次さんと博文さんと夏美さんと春美さんの五人だし、春美さんを突き落とせたのは残りの四人ってことになるけど…」

紀美は不安げな表情を宏明に向ける。

「そういうことになるけど、紀美達はずっと居間にいたのか?」

「うん、ずっといたよ」

「じゃあ、僕らの中に…?」

博文は腕を組みながら聞く。

「あぁ、そうだ」

「でも、宏君は…」

「オレも二階にいたんだ。当然、今回の加害者になる可能性があるんだ」

「そんな…」

紀美はそんなの嘘だという表情になる。

「恵子さんの事件を含めて、オレら全員が加害者だ。事件解決するまで協力しあっていこう」宏明は全員に力強く言った。


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