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みんなの不安

その日の夕食、春美と明以外の全員は台所に集まった。台所では誰一人として会話をしていない上に、広次はあまり食が進んでいない。そんな広次を見るのは、宏明の胸中は複雑だった。

「みきさん」

広次は疲れた声でみきを呼んだ。

みきははいと返事をすると、広次の側に近寄った。

「春美に何か食べ物を持っていってくれないか? 何も食べないでいるのは身体に悪いから…」

「わかりました」

「軽い物でいいよ。僕達が食べている物では、春美はいらないって言うかもしれないからね」

広次はナイフとフォークを置いてから、みきに伝えた。

みきはお粥を作ることにした。

「広次さん、これからどうするの? 新しい家政婦さんを入れるの?」

夏美は心配そうに広次に聞いた。

「今のところ、新しい家政婦さんを入れる予定はない。当分、みきさん一人で頑張ってもらうつもりでいる。春美とも相談して決めたんだ」

「そうなんですか…」

「ところで、宏明君、さっきどこに行ってたんだ?」

広次は宏明に顔を向けて聞いてきた。

宏明は一瞬、行き先を隠そうと考えたが、隠さずに答えることにした。

「警察に行ってたんだ。谷崎警部に伝えたい事があって…」

宏明は答えながら、なぜ広次が行き先を聞いたのかわからずにいた。

「そうか。恵子さんは他殺なのか? 自殺なのか?」

そのことについて、一番知りたい様子の広次。

「まだ調べてる段階でわからないみたいだ」

「早くどちらか断定してもらいたいもんだな」

博文は小さい声で言う。

「そうだな。もし、他殺だとすれば、この中に犯人がいるんだな。そんなこと思いたくないから、自殺だと断定してくれたほうがありがたいんだけどな」

広次は目を伏せる。

「いや、自殺ではないぜ。恵子さんは殺害されたんだ」

宏明ははっきりと全員に伝えた。

初めは言わないでおこうと思った宏明だったが、こういうことははっきり伝えておくべきだと思ったからだ。

「なんだって?」

「ヒロ、いいのかよ? そんなこと言って…」

茂は心配そうに宏明の耳元で言う。

「大丈夫だ」

宏明は強気で茂に言い返す。

「でも、さっき警察は自殺か他殺かわからないって…」

「仮に自殺だとしても何か細工してあると思うんだ」

「細工…?」

「きちんと見てないからまだわからないけど…」

宏明は水を飲んでから答える。

「他殺という証拠はないけど、必ず恵子さんを殺害した犯人を探し出すぜ」

「水を刺すようで悪いが、その話はなしにしないか」

広次は今までにない険しい表情で言った。

「叔父さん…?」

突然の広次の険しい表情にキョトンとする宏明。

「今回だけは自殺だと思いたいんだ。春美だってそうなんだ。この十年間、恵子さんは山崎家でよくやってくれた。私達にも何か原因があったのかもしれない。だけど、恵子さんは私達のためによくやってくれたんだ」

広次は恵子の死に悔しい思いでいっぱいである。

――叔父さん…。

「だから…誰かに殺害されたなんて言わないでくれ」

険しい表情から一変、悲しい表情を宏明に向けた。

「わかった。オレこそ叔父さんに辛いこと言ってゴメン」

素直に謝る宏明。

「いいんだ。宏明君は何も悪くない」

広次も宏明の気持ちに理解を示した。





午後十時、宏明達は風呂に入りそれぞれの部屋で過ごすことになった。

宏明はベットに寝転がりと、昼間の出来事を思い返していた。

――叔父さんには悪いけど、自殺なんかじゃない。恵子さんの首吊り自殺にはしっくりこない。一体、どこがしっくりこないんだろ?

宏明はため息をつきながら、反対のほうに向くと、眉間にシワを寄せる。

――それに今日のオレら以外の全員、どこか変だ。一夜の間に何があったというんだ?

「オイ、怖い顔して…。恵子さんの事件、考えてるんだろ?」

茂は宏明の横に座って聞く。

「まぁな」

「どうするんだよ? 叔父さんは自殺にしてくれって言ってるけど…」

「そうなんだよな。オレは他殺だと思ってるけど、叔父さんに自殺にしてくれって言われるとどうしようもない。…かといって、他殺だからって自殺にして欲しいと言ってる叔父さん達に隠れてコソコソと他殺の証拠を探したくないしな。…どうしよう?」

困り果てる宏明。

今回ばかりは身内の家政婦が被害者なだけにどう動いたらいいのかわからない。普通にやればいいのだが、叔父に他殺ではなく自殺だと言われてしまえば、動きにくいのは確かだ。

「この際だし叔父さん達に言ってしまえば? そのほうが気が楽だし、コソコソしなくてもいいだろ?」

茂は明るい口調で言ってくれる。

「茂の言うとおりにしてみようかな?」

「そのほうがいいぜ。やるなと言われると余計にやりたくなるんだろ?」

茂の言ったことに笑ってしまう宏明だが、茂の言ったことは本当である。

「それにしても、一体誰が恵子さんを殺害したんだろ? わざわざ自殺に見せかけて…。自殺に見せかける理由は何かあるはずなんだけどな」

宏明はベットから起き上がり立ち上がった。

「どこ行くんだよ?」

「叔父さんに今の自分の気持ちを伝えに行く」

「今の気持ち…?」

「恵子さんが他殺で、犯人を探したいってこと」

「あぁ…一人で大丈夫か?」

「大丈夫だ」







翌日の朝、山崎家は重々しく明けた。

昨夜、宏明は広次に「自分は恵子さんの死が他殺だとしか思えない。だから、恵子さんの死を無駄にしたいためにも犯人を見つけたい」と、しっかりと自分の気持ちを伝えたのだ。

始めのうち、広次は渋っていたが、宏明の思いに圧倒されて承諾したのだ。そして、部屋を出て行く宏明に、広次はこう一言付け加えた。「あまり無茶はしないように」と――。

朝食は全員そろって台所に集まった。

春美に関しては、半日以上しか経っていないのにも関わらず、一気に老けてしまったように見える。

そんな中でも紀美や京子は明るい話で恵子の話題を避けようとしている。

みきは焼きたてのパンとスクランブルエッグをそれぞれ大きな皿に盛ってきた。

「みきさん、牛乳を早く人数分持ってきてちょうだい!」

疲れた中でも、少しイラつかせた口調でみきに指示する。

「あ、はい、すいません」

みきは急いで冷蔵庫から牛乳パックと食器棚から人数分のコップを出した。

――こんな時にでもみきさんに指示を出すんだな。

宏明はパンを頬張りながら感心している。

「恵子さんがいたらな…」

ボソッと呟く春美。

「春美…」

「恵子さんは殺されたのよ」

春美はやつれた表情をさせながら言う。

「なんてことを言うんだ。恵子さんのことは自殺にしておこうと言ったじゃないか」

急に恵子は殺されたと言い出た春美に、広次は驚きながら春美の肩に手を乗せた。

「私はどうしても恵子さんが自殺だと思えないわよ」

「姉さん、なんでそう思ったの?」

「恵子さんが自殺する理由なんてないもの。例え、遺書が見つかったとしても私は自殺だと信じないわ」

涙目で言う春美。

そんな春美に下を向いてしまう広次。

「宏明君、どうか犯人を見つけて」

「わかった。なるべく早いこと探すようにする」

宏明は神妙な面持ちで春美に返事した。

「もし、犯人がわかれば話してくれるかい?」

広次はまっすぐ宏明を見て聞いた。

「ちゃんと話すよ」

「恵子さんについて聞きたいことがあればいつでも言って」

疲れた表情の春美は聞いた。

宏明はパンを口に入れたまま頷いた。

「今日のみんなの予定は…?」

広次は全員に聞く。

「オレらは特に…」

「僕も。今日はバイトも休みでないし…」

宏明と博文は交互に答えた。

「夏美さんは?」

「私も何もないわ」

「そうか。それぞれに行動するとまた何かあったら嫌だしな」

答えを聞いた広次は、今日一日どうしようか悩んでいる様子だ。

「居間にいるというのはどうですか?」

悩んでいる広次に、茂は提案した。

「そうだな。気分が優れないなどは自室にしてもいいが…」

広次は茂の提案に賛成した。

――確かに叔母さんの言うとおり、恵子さんの遺書が見つかったとしても、恵子さんの自筆じゃないと意味がない。

「叔母さん、あとで恵子さんの事を聞きたいんだけど…」

宏明は早いうちに恵子の事を知りたいと思ったのだ。

「いいわよ」

「出来れば、恵子さんの履歴書とかあればいいんだけどある?」

「確か、あったはずよ。どうして…?」

春美は首を傾げる。

「恵子さんの事あまり知らね―から少しでも知るためにな」

「そう。わかったわ。後で私の部屋に来てよ」

「この事件、解決するの?」

博文は宏明に聞いてきた。

「なんとしてでも解決してみせるぜ」

宏明は強気な口調で言った。






「履歴書はこれよ」

朝食後、宏明は春美と共に広次と春美の部屋へと向かった。

恵子とみきの履歴書を入れた黄色いファイルを手に取った春美は、恵子の履歴書を宏明に手渡した。

「恵子さんて、保育士してたんだ?」

恵子の職歴を見ながら春美に聞く。

「大学卒業して十年間保育士として働いてたみたいよ」

「離婚して、この家に来たらしいけど…?」

「大学三回生の時に結婚して子供を産んだらしいの。その時は経済力がなくて、子供が一歳になる前に施設に預けて、恵子さんが三十五歳の時に離婚して、この家の家政婦になったってわけ」

春美はベットに腰を下ろして、恵子が教えてくれたことを宏明に教えた。

「その子供は今どこに…?」

「それは知らないわ。実際、施設に預けてから恵子さんも会ってないって言ってたから…」

春美の答えにしっくりこないでいる宏明。

――会ってないって言っても一度は会ってるとは思うんだよな。自分のお腹を痛めて産んだ子供なのに…。

恵子が春美に言っていた答えが、どうしても本当のことだとは到底思えなかった。

「恵子さんは外出したり何か趣味はあったのかよ?」

「学生時代からバレーボールが好きで、近所のバレーボール教室に二年間通ってたわよ。続けてもらっても良かったんだけど、仕事が疎かになるからって半年前に辞めちゃったのよね」

春美は悪いことをしたなという表情だ。

「恵子さんは誰かに狙われていたとかはないよな?」

「まさか…。なんでそんなことを…?」

逆に聞く春美。

「殺害されたくらいやから、過去に誰かに襲われた、とかあるのかなって思ったんだ」

宏明の答えを聞き、春美は右手に顎をあてて思い出している。

「そうねぇ…今までにそういうことは聞いたことないからなかったんじゃない?」

「そっか…。殺害された理由がわかればいいんだけどな」

宏明は窓の外を見ながら言った。

「恵子さんはいい人だっていうことしか思い出さない。どんな時だって臨機応変にやってくれてたもの」

春美も窓の外に目をやる。

「そういえば、恵子さんの日記帳とかってある?」

宏明は春美のほうを向き聞いた。

「部屋にあるんじゃない? 家政婦といえどもプライベートまでは立ち入らなかったから…」

「わかった。じゃあ、恵子さんの部屋に行ってみる」

「私も行くわ」

二人は部屋を出て、恵子の部屋へと向かった。

恵子の部屋は事件当時のままだ。だけど、恵子の几帳面な性格が出ていて、とても綺麗にしてある。

宏明は部屋に入ると、真っ先に机と近付いた。

「ノートが一冊入ってる」

宏明はハンカチを手袋代わりにして、引き出しを開けてから言った。

「どうやらその日出来事を書いて、失敗をなくしてたってわけか。思ったこととか書いてるみたいだけど…」

軽くパラパラとめくる宏明。

「借りていいかな?」

「いいわよ。宏明君の気が済むまでどうぞ」

春美は事件が起こってから、やっと宏明に笑顔を見せながら答えた。


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