親戚の家
「うわ―、すご―い!!」
京子が今までにない感嘆の声を出した。
「そうだな!」
隣にいた茂も同感している。
今、四人は大きな洋館の前にいる。
「まるで外国みたいよね!」
紀美は目を輝かせて言った。
「とにかく中に入ろうか」
そう言うと、宏明はそそくさとインターホンを押した。
残りの三人も宏明の後に続く。
宏明がインターホンを押してから、約一分程すると中年の女性が出てきた。
「あら、宏明君! 早かったわね!」
その女性は、宏明を見ると嬉しそうな声を出した。
「叔母さん、お久しぶりです」
宏明は軽く会釈をした。
「宏明君の大学の友達ね?」
宏明の叔母は、宏明の後ろにいる紀美達に気付いた。
「そうです」
「さぁ、どうぞ。中に入って」
宏明の叔母は、四人を中へと入れる。
「恵子さんとみきさん、宏明君達をお部屋に案内してちょうだい」
「はい、わかりました」
二人の女性は、四人を部屋へと案内した。
「ヒロ、さっきの女性は…?」
部屋へ行く途中、京子が聞く。
「オレの叔母さんで春美さん。ホントは今の時間、パートに行ってるんだけど、オレらのために休んでくれたんだ」
「そうなんだ。なんか、気さくで優しそうだね」
「うん、気さくな叔母さんだ」
三人には好印象のようだ。
「普段はあんなんじゃないぜ」
ボソッと呟く宏明。
「なんか言った?」
「いいや、なんでもない」
宏明は首を振りながら否定する。
「こちらがお部屋です。男女二人ずつ別れてお部屋のほうに…」
年輩の恵子が笑顔で言ってくれた。
「ありがとう」
宏明は礼を言うと、茂と共に部屋の中に入る。
「部屋の中もすごいじゃん?」
「うん。叔父さんがこういう部屋にしたかったらしくてな」
改めて、宏明もすごいなと実感してしまった。
「同じ日本なのに日本じゃないみたいだな」
「まぁな。ここだけ別世界だもんな」
宏明は疲れを取るようにため息をついた。
今回、ゴ―ルデンウィ―クを利用して宏明の母方の親戚の家に四人で三泊四日で泊まりに行くことになったのだ。
宏明が母方の親戚の話をすると、他の三人が行ってみたいと言い出したため急遽、行くことになってしまった。
午後六時半、宏明達四人は宏明の叔父と叔母と養子の博文の七人で夕食を取ることになった。
「おいしい―っ!!」
「ホント!」
紀美と京子は声をあげる。
「喜んで嬉しいな」
叔父がナフキンで口をふいてから言った。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」
叔父の要望に三人は簡単に自己紹介をした。
紀美に至っては、
「紀美はオレの彼女だ」
と、宏明は補足すると、紀美は顔を赤くした。
「宏明君に彼女…」
叔母は驚きながら紀美の顔をまじまじと見つめた。
「初耳だな」
「ずっと言ってなかったからな」
「こちらの紹介しなくてはな。僕は宏明君の叔父の山崎広次だ。宏明君の母さんの弟だ」
「私は叔母の春美です」
二人共、笑顔で紹介してくれる。
「こっちは養子の博文。今から十二年前に施設から引き取ったんだ」
博文は三人に頭を下げる。
「この子は病弱だが、バイトはしている」
「ヒロとは従兄弟同士になるんだ」
「一応はな」
「家政婦の二人は、年輩のほうが恵子さんで、若いほうがみきさん。恵子さんは十年前、みきさんは半年前からやってくれてるのよ」
春美は二人を見ながら紹介した。
恵子は堂々しているが、みきは恥ずかしいのか少しうつむいている。
「それにしても、家の外観もすごいけど中もすごいですね。まるで外国に来たみたいな建物ですね」
京子が家中を見渡しながら言った。
「僕がこういう家にしようって言い出したんだ。元々、外国が好きで、若い頃はバイト代を貯めては、外国に旅行してたよ。特にイギリスが好きなんだ」
広次は三人に語る。
子供の頃から何度も聞いている宏明は、耳にタコである。
「イギリスには何回くらい行ったんですか?」
既に紀美は食事をする手をとめている。
「旅行では三回だよ。その三回のうち、一回は高校の時で家族で行ったんだ。残りは大学時代に行ったよ。三年の後期には、留学してイギリスに行ったんだ」
「イギリスが気に入ったんですね」
外国に行ったことのない茂は、羨ましげに言った。
「イギリス以外に行った外国はどこですか?」
京子はナイフとフォークを置きながら聞いた。
「アメリカ、カナダ、オ―ストラリア、ブラジル、中国の五ヵ国だ」
「へぇ…そんなに…? イギリスを合わせて六ヵ国か。英語圏の国は行ってるんだ」
紀美は感心している。
「まぁね。僕は外国語大学に通ってたから、外国の歴史が知りたくてね」
広次は当時のことを思い出すように言った。
「義父さん、せっかくだから宏明さん達にイギリスのことを話してみては?」
春美の横に座っていた博文が、初めて口を開き、広次に提案した。
「そうだな」
広次はうなずいて、博文の提案を受け入れる。
「何の話をしようかな…」
少し考えてから、
「歴史とかの話をしようかな」
と、笑顔で言った。
――叔父さんがイギリスの歴史とかの話するのは初めてだな。いつも聞かね―し、話してもくれね―し…。
広次の笑顔を見つめながら、そう思っていた宏明。
「簡単に話をするけど、イギリス諸島は紀元前5000年に最後の氷河期が終わって、氷が溶けて水位が上がったため大ブリテン島とヨ―ロッパ大陸の間に、狭い海峡が生まれて、イギリスは島国となったんだ」
一旦、話を切ると、広次はワインを二口飲んだ。
「紀元前3000年頃、ヨ―ロッパから新たな人々が移住し始め、紀元前2000年前後にはドイツから大集団でやってきたんだ。彼らは青銅器を使い、石や木でヘンジと呼ばれる円形の祭場を作った。ストーンヘンジはその一つで、南イングランド中央部のソルズベリ―というとこに現存するんだ」
広次は説明すると、得意げな表情を浮かべた。
「スト―んヘンジって有名ですもんね」
「写真やテレビでは観たことあるけど、実際にはないな」
「スト―ンヘンジは多くの考古学者が研究を行っているんだ。古代の人々は、太陽や月の動きを観察するものだけではなくて、仏教儀式の効果も高められるように石を並べたものらしいんだ」
広次はにこやかに微笑みながら言った。
「スト―ンヘンジは大きな石を組み合わせて円形に配置したものらしいんだ」
「あなた、スト―ンヘンジ以外の話をしたら?」
春美がナフキンで口を拭いてから、広次に言う。
「そうだな。イギリスのティータイムでは、午後四時頃のティータイムに茶菓を楽しむ習慣があるんだ。何を食べるかわかるかな?」
広次は四人に質問をしてみた。
宏明以外は考え込んでしまっている。
「ビスケット…ですか?」
恐る恐る、紀美が答える。
「あ―、近いな。スコ―ンだよ」
答えを聞いた三人は、納得した表情をした。
「ジャムと共にスコ―ンに塗るクロテッド・クリームといい、牛乳を煮て固めたものなんだ。留学中に何度も食べたよ」
広次は遠い目で当時のことを思い出していた。
「イギリス人って紅茶好きだよな」
宏明の一言に、
「確かにそうだな。イギリスはミルクティと決まっているんだ」
うなずきながら説明する広次。
「親父のイギリスの話は、ガキの頃から変わってないよな」
背後から男性の声がした。
全員が振り向くと、入り口にもたれかかるようにして、若い男性が立っていた。
「明じゃないか?! いつの間に?!」
広次は目を丸くする。
「ついさっきだ。食事時だろうと思って台所に来てみたら、親父がイギリスの話をしてたってわけだ」
明はテ―ブルに近付いて、ロ―フトビ―フを一切れつまんで口に入れた。
「こちらは私の実の息子の明だ。大手の美容室で美容師として働いているんだ」
広次は茂達三人に紹介した。
三人は会釈をする。
「宏明も来てたんだな。そちらは友達か?」
明は宏明に聞く。
「うん。大学の友達なんだ」
「ふ―ん…。恵子さん、オレも親父と同じワインを持ってきて」
明は宏明の隣に座り、恵子に注文すると、恵子ははいと返事をして台所へと向かった。
「みきさん、あなたもモタモタしてないで明に食事を持って来てちょうだい!」
ボ―ッとしているみきに、急に人が変わったように怒りだす春美。
「あ、はい。今用意してきます」
注意されたみきは、慌てて台所へと向かった。
「全くあの娘は気が利かないんだから…」
春美はブツブツみきの文句を言う。
「そう言うなよ。みきさんも頑張って仕事やってるんだから…」
博文はみきを庇うように春美に言う。
「あの娘にはあれくらいのことを言わなきゃダメなのよ」
そう言うと、再び春美は食事をする。
――また始まった。新人の家政婦にキツいこと言うの…。そんな中でも恵子さんは十年もやってくれてるから、忍耐強いよなぁ…。
宏明は恵子の忍耐ぶりに感心していた。
「ところで明、仕事はどうしたのよ?」
「今日は六時で早上がりだったんだ。明日は休みだ。明後日、仕事だから明日の夕方には戻るけどな」
朝がよっぽど早かったのか、明は欠伸をしながら広次の質問に答えた。
「明さん、お食事をお持ちしました」
みきが明の分の食事を持ってきた。そして、恵子がグラスにワインを注いだ。
「ありがとう、恵子さん」
明は恵子に礼を言った後に、ワインを一口飲んだ。
「明日は夏美が来る予定なのよ」
春美はさっきとは違う明るい表情で言った。
「夏美さんっていうのは…?」
京子は失礼だと思いながら、春美に聞いてみた。
「私の五つ下の妹よ」
春美は快く答えてくれた。
「よく似てるんだよ」
横から広次が笑顔で言う。
「もう、あなたったら!」
春美は照れ笑いになりながら、広次の肩を叩く。
「宏明、後で話が…」
急に明が声を潜める。
「全然いいぜ。明兄さんの部屋に行く」
「あぁ…悪いな」
「何の話をするのよ?」
二人の会話が聞こえていたのか、春美は二人に聞く。
「母さんには内緒だ。従兄弟同士の話だ」
明は手に持っていたナイフとフォークを置きながら答えた。