5.ドラゴン娘とラーメンを啜る
居間に場所を変え、二つのラーメン丼を挟みちゃぶ台に向かい合わせで座る。
「箸…これは使えるか?駄目ならフォークでも出すが」
「問題無い。向こうにも同じような食器があるからの、昔手慰みに覚えたわ」
「ん、じゃあ、頂きます」
「む?イタダキマス」
一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに食前の挨拶だと分かったのだろう、同じ様に手を合わせる。
さて、先ずはスープを一口。
油の多いタイプのラーメンならレンゲを使うのも良いが、やはりここは丼から直にいきたい。
ズズ…
「うん、美味い」
「美味いのう、鶏の旨味が一杯じゃ」
俺に倣い丼に口を付けたグランディーネも、実に幸せそうな顔をしている。
次は麺を、と、その前に…。
「グランディーネ、この料理は食べ方に独特の作法があるんだ」
「作法とな?」
「麺を食べる時は口で吸い込むように、音を立てて啜り込んで食べる」
昨今では外国人の増加に合わせて音を立てるのを禁止にしている店というのもあるらしいが、知った事か。
麺類は啜って食べるのが日本人の正義!
何で後から来た連中に合わせて長年の文化をやめにゃあならんのだ。
嫌ならラーメン屋なんぞ行くな!
とは言え自分は啜らずに食べるというのは本人の勝手。
要は人の食べ方にまで口を出すなという事だ。
案の定、グランディーネは眉を顰めて嫌そうな顔をしている。
「…行儀が悪くないか?」
「あくまで麺類だけだよ。基本的にはこの国でも食事の時、余計な音を立てるのは行儀が悪いとされている」
「むう…」
「グランディーネの食べたいように食べれば良いよ。ただ俺は啜って食べるから、そこは目を瞑ってくれ」
「…いや、作法があるなら従おう。土地の作法は守らねばな」
そんな大層なモノでもないんだけど、まぁいいか。
「では改めて…」
箸で麺を持ち上げ、汁ごと一気に啜り込む!
ズルルルルッ!
熱い! だがこれが良い!
ズルルッ、ズルルルルッ! ズズ、ゴク…
「ぷはぁー…」
そのまま二度三度麺を啜り、汁を飲んで一息。
うん、いい出来だ。
「コーヘー!」
「お、おお、どうした?」
「物凄く美味いぞ!」
「…そりゃあ良かった」
「この麺!モチモチで、小麦の旨味が濃くて美味い!肉も温まるとさっきとはまた違う味わいだの!このネギとか言うハーブもスープにピッタリじゃ!」
そう言われると俺も嬉しくなる。
俺は一人で好きに食う食事も好きだが、人と一緒の食事も嫌いじゃない。
自分の作った料理を、こんなにも美味そうに食べてくれるのなら尚更。
ハフハフッ、ズルズルル…
「む?」
しかし美味い美味いと食べていたのが、突然ピタッと箸を止めた。
「?どうした?」
「コーヘー、この卵、中身がまだ生じゃぞ?」
ああ成程、半熟卵か。
「この国の卵は生でも食べられるように育てられてるんだよ。美味いから食べてみな」
うん、美味い、このトロトロ具合が良いんだよな。
そう言って目の前で食べて見せると驚いた表情を浮かべる。
この世界でも生卵を食べるのは日本人だけだからな。
外国で生卵を食べたら命に係わるので絶対にしてはいけない。
俺が食べているのを見て平気だと判断したのか、恐る恐る半分に割った半熟卵を口に入れる。
「…美味い!」
またも心の底からの笑顔。
ほんとこっちが嬉しくなるぐらい良い顔するなぁ。
ズル、ズルル…
そこから先は無言。
向かい合ったまま只管麺とスープを啜り、合間に具を摘まむ。
一杯のラーメンはあっという間に食べ終わり…。
ゴク…ゴク…ゴク…
「「ぷはぁーーー!」」
二人揃ってスープまで飲み干し綺麗に完食。
塩分脂肪分? 知らん。
しかし普段ならこの歳にもなると一杯で十分満足なんだが、今日は何だか物足りない気がする。
お代わりを作ろうか迷っていると、ふと、物足りなさそうなグランディーネの顔が目に入る。
「…俺はお代わりするけど、グランディーネはどうする?」
「食べる!」
「はいよ」
「あ、コーヘー!」
「どうした、大盛りにするか?」
「それは是非…違う!でも大盛りは頼む」
「了解。で、どうした?」
「ディーネじゃ」
「…?」
「我の事はディーネで良い。親しい者はそう呼ぶ」
「…良いのか?」
「勿論じゃ。一緒に料理をして、一緒にらーめんを食べた仲じゃからの!」
そう言ってニパッと笑う彼女に、不覚にもドキリとしてしまう。
「じゃ、じゃあディーネ、直ぐ作るから待ってろよ」
「うむ!」
誤魔化す様に急いで台所に向かうと、手早く二杯目を作る。
さっきのお湯がまだ熱かったので、あっという間だ。
「出来たぞ」
「おお! 待ってたぞ!」
嬉しそうにいそいそ二杯目を食べる彼女の顔を見ていると、やはりこっちも嬉しくなってくる。
しかし今の俺たちの、と言うかディーネの状況を考えれば、呑気に食べている場合では無いのかもしれない。
考えるべき事は山の様にある。
どうしてこっちへ来てしまったのか。
帰ることは出来るのか。
もし帰れなければこれからどうするのか。
解決すべき問題と疑問は山積みだ。
だが…、
「美味いのうコーヘー!」
「…ああ、美味いな」
今は取り敢えず、ラーメンが美味い。