13.
「早く、早く出てけっ! こんなの……手加減のしようが、ないんだからな!」
私の周りを、三枚の回転鋸がひゅんひゅんと音を立てて飛び回る。私は、その全てを、意のままに操ることが出来る。とは言え、この人殺しに特化した鋸の回転そのものを操ることは、出来そうも無い。私だって、人の心を持ったくまちゃんだ。幾ら悪党でも首をすっぽんと刎ね飛ばすのは本意ではない。
「それに、その“コッパミジン”とか言うのは、ここに無いって言ってんでしょ。あったらとっくのとうに差し出してるに決まってるわよ。意気地なしのテュコが、この期に及んで嘘を言うわけ無いでしょ」
「“コッペリア”な」
カピターノが、私の言い間違いを冷ややかに諭す。うるさいな、横文字苦手なんだよ! どっかで聞いた事あるような名前な気もするけどさ!
さて、私の唯ならぬ様子に、無気力紳士はしばし考え込んでいたようだが、やがて、観念したのか、はあ~と長く深い溜息をついて、帽子を押さえたのだった。
「降参だ、降参。くそ、面倒臭いどころじゃねーや。……なァ、“お嬢ちゃん”、名前は?」
「暮葉、吉良科暮葉だ」
「分かったよ、暮葉。今日は君の勝ちだ。おじさんは、お家へ帰ることにするよ」
「その二人も連れて帰ってよね」
「そりゃそーだ」
カピターノは、店の真ん中で大の字になっている大柄な子分(AかBかは忘れた)を、軽々と担ぎ上げる。そして、壊れた棚と人形の残骸を踏み越えながら、さもダルそうにドアから出て行くのだった……って、テュコ忘れてた!
「大丈、夫……っ!?」
途端、目が眩む。樫の木の身体から力が抜けて、そのまま膝から崩れ落ちる。
だめ、だめ、だめだ。
視界の真ん中、床に転がるテュコに手を伸ばす。
胸を踏まれて、あばら骨をプラスチックみたいに折られたテュコ。
「私が、お前を……!」
救ってやらなきゃ、いけないのに。
次の瞬間、私にやってきたのは、あのトラックに撥ねられた時に感じた、あれ。
魂を吐き出して、意識が摩滅して、想いが閉ざされる、あれ。
死ぬほど最悪な、死ぬ感覚。