秋の海、観光客と地元女子高校生
制服姿のまま、薄っぺらい鞄を肩に引っ掛け、片手にお団子の入ったプラスチック容器を持って歩く。
海沿いを、ローファーでぺたぺた歩く。
もっちゃもっちゃ、柔らかな餅に甘いみたらしのそれを齧りながら、海を見た。
秋空には細かくちぎられた雲が散らばり、隙間からは薄い水色の空が覗く。
時折頬を掠める風は、すっかり冷たくなっていた。
荒れたコンクリートをざりざりと鳴らしながら、段差の大きい階段を降りていく。
最後の一段を降りたところで、嫌に柔らかな感触で足が取られそうになった。
白い砂浜には、薄くなった足跡がある。
乱雑に設置されたテトラポットに腰を下ろし、お団子の入ったプラスチック容器を傍らに置いた。
もっちゃもっちゃ、程よい甘味のみたらしが舌を滑り、細かくなって胃に落ちていく。
重く鼓膜を震わせる波の音が心地良かった。
お団子を飲み込んだ後に、深い息を吐き出すと何故か、胃よりも先に心が満たされる。
お団子のなくなった串を咥えながら、ぼんやりと海岸沿いを歩いていた際に見付けた、線の細い背中を見つめた。
ひょろりとした頼りない背中には、大きなリュックが背負われており、何故か能で使うような般若のお面がぶら下がっている。
そうして波打ち際を歩き、首からストラップでぶら下げているカメラを構えるその人は、全くもって知らない人だ。
「……この時期に観光なんて、珍しいですね」
串を取り出して、代わりに新しいお団子を持ち上げる。
容器に落ちていく金色のみたらしのタレが、胃の中にいる虫を刺激しているようだ。
私の声に反応して振り返った人影は、カメラを構えたまま、レンズ越しに私を見る。
もっちゃもっちゃ、お団子を咀嚼する私を見て、ゆっくりとカメラを落としたその人は、男の人だった。
不思議そうに私を見つめる顔は、実年齢よりもきっと幼い。
「地元の子?」
「えぇ。この時期に海に来る観光客は珍しいので、わざわざ降りてきたんですよ」
そう言って私は、先程まで歩いていた海沿いの道路を見上げた。
その視線に釣られた男の人は、緩く頷いて、沈むような静かな足音共に近付いて来る。
それなりに有名な遊泳地であるが、人が多いのはやはり夏だ。
夏の海には人がゴミのようにいる。
観光地としての海よりも遊泳地としての海の方が、知名度も人気も高いのだ。
「楽しいですか?こんな人気のない海」
もっちゃもっちゃ、お団子を噛み締めながら答えを待った。
歩み寄って来た男の人のお腹の辺りでは、ストラップによって吊り下げられたレフカメラが揺れている。
潮風で乱れた黒髪は毛先が好きな方向に向いていて、癖混じりのようだ。
ユニクロで売ってそうな無地で灰色のパーカーに、何のキャラだか分からないユルいTシャツを中に着て、細身の黒パンツのその男の人は、二十代後半に見えた。
まだまだ働き盛りで、お盆休みも終わっているであろう時期に観光とは、妙な勘繰りが働き掛けて、頭を左右に振る。
そんな私を首を傾げて眺める男の人は「寧ろ写真が撮りやすくて好都合だわ」と笑った。
もっちゃもっちゃ、四つ串に刺さっていたお団子は、いつの間にやら後一つ。
男の人に、まだ二本串に刺さった状態のお団子が乗ったプラスチック容器を寄せ、どうぞと勧めてみる。
思ったよりも抵抗なく串を手に取った男の人を見ながら、最後のお団子を横から齧った。
「お、これ美味い」
口を動かしながら言った男の人に、私はお団子のなくなった串片手に笑った。
そりゃあそうですよ、自信満々な私の声が海岸に響く。
ザブンザブンと波の音は絶えず聞こえてくる。
このお団子はスーパーやコンビニで売っているものではなく、ちゃんとした和菓子屋さんで買ったものだ。
行き付けでもあるそのお店は、家からも学校からも近く、学生からも愛されている。
まるで自分のことのように胸を張り、秋になったので栗餡を使ったお菓子が美味しいことを語る私を、男の人はお団子を齧りながら聞いてくれた。
「その店って此処からも近いの」
「はい。学校も家もこの近くですから」
プラスチック容器の中に串を放り投げながら答えれば、男の人は口の端を舐めながら「案内出来る?」と問い掛けて来た。
勿論出来ますよ、その答えと同時に最後のお団子の串を引っ掴み、テトラポットから飛び降りる。
柔らかな砂浜は私を受け止めてくれた。
お団子の付いた串を咥えながら、プラスチック容器を閉じて鞄の中からビニール袋を取り出し、突っ込む。
男の人は学校は平気かと聞いてくるが、ケタケタと笑い声を漏らして平気だと答えれば、それ以降聞いてくることはなかった。
「さ、行きましょうか。地元民が教える穴場ツアーです」
「マジか」
お団子片手に歩き出す私に男の人が付いてくる。
目指すは先程言ったばかりの和菓子屋さんで、遠くから学校のチャイムが聞こえたが、直ぐに波の音でかき消されるのだった。