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記憶の花と悪魔の神様  作者: うさぎ荘
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第七話 「町という名の守りたい場所」

その日は妙だった。


町自体もどこかよそよそしく、心がざわつくような根拠のない不安を覚えた。


昨日、瀧君が渡したい物があるというので、私は思い切り気合を入れて期待をしなかった。

やっぱり朝は会いづらくて、教室で瀧君と今日初めて会ったのだけど、どこか様子がおかしかった。


どこか虚ろでぼーっとしていて、周りから声をかけるとなぜか驚きながら周りに合わせるようなおかしな挙動を見せた。


でも何より一番驚いたのは朝の出席確認で、自分の名前が呼ばれたのに返事をしなかった事だ。


瀧君は冗談でもそんな無視をするような事はしない。


周りにからかわれながら愛想笑いを浮かべ、何とかやり過ごしているように見えた。


私の気のせいであれば良いのだけど、とにかくそんなおかしな事が何度か続いた。


そして期待なんてしてないけど、待ちに待った時間がやってきた。


私は昨日、指定された場所に二十分も早く着いた。


私は待った。待ち合わせ時間を過ぎても待った。


日が暮れた時になって初めてすっぽかされた

事に気付く。


夜、川之江家に行くと瀧君は部屋にいた。


私は何で待ち合わせ場所に来なかったのか聞いた。


瀧君は「何の話?」という顔をしていた。


そして私との会話に敬語を使い始めた。


私は恐ろしくなった。


きっと彼は私の事を忘れている。


あまりの心の苦しさに涙がこみ上げてきた。


瀧君に何が起こっているの?


私が精神的に追い詰めてしまったのだろうか。

私は家に戻ろうとした時、奥から史香ちゃんが出て来て、今日の朝から家族皆の様子がおかしいのだという。


とても不安そうな表情で私に訴えてきた。


私は泣くのをこらえて史香ちゃんを抱きしめ、大丈夫だよ、と慰めた。


「きっと一時的な事だから心配しなくていいよ。」


そういった私はもう不安で、不安で心が押し潰されそうになった。


何かの病気にかかってしまったのだろうか。


今週様子を見て変化がなければ病院に連れて行こう。


そう決めて無理矢理寝る事にした。


結局眠りについたのは空が明るくなり始めてからだった。


変化は変わらないどころか悪い方向へと向かっていった。


クラスにも同じように記憶が欠けている人が出てきた。


翌日は更に人数が増えた。

学校は何の対応もしなかった。

いや、出来なかったと言う方が正しい。


教員にも同じように記憶が欠ける人が

出てきたからである。


そのうち登校しない生徒も出てきた。


学校の中だけではない。


商店街にも町にも同じような人がどんどん増えていった。


私は怖くて仕方がない。こんな尋常でない状況など初めてだ。


祠の横に花が咲いている事をしばらく経ってから気付いた。


祖母は花が咲いたら神様に頼りなさい、と言っていたが、何をすれば良いのかまでは聞いていなかった。


なぜか私は記憶が欠けてはいない。史香ちゃんもさほど欠けてはいないようだった。


数日後、ついに商店街のお店がいくつか臨時休業をした。


更に不安が増していく。こんな時は裏の山を登ってこの町の景色を眺めていると自然と心が落ち着いてくる。


だけど・・・。

最近、山の上から見る景色が前よりも薄く、ぼんやりした印象に思え、落ち着くどころか余計に不安感が増した。私は山に登るのをやめた。


町も人もどんどん寂しくなっていく。


ついに町中の学校が無期限の休校となった。


その割に子供の姿を見かけないのが不思議だった。


町は誰も人がいないかのようにとても静かになった。


私は家でぼーっとしていた。

そうするほかなかった。

何もする気がおきない。

手につかない。


一体この町に何が起こっているのか、どうすればいいのかわからないまま町の状況は最悪の自体へと進んでいった。


突然、家に史 香ちゃんがやってきた。


昔よりも大人っぽくなった顔からは涙が溢れ、子供のように泣いていた。


彼女はまだまだ大人ではなかった事に気付く。


私がもっと彼女を見守っていなければいけなかった。

その事に今気付かされ、反省をした。


私は気を取り直して史香ちゃんの元へ駆け寄り、目一杯包み込むように抱きしめてあげた。

「どうしたの?」


「みんな・・・いなくなっちゅった・・・お父さんも・・・お母さんも・・・お兄ちゃんも・・・友達も・・・・。」


「大丈夫・・・大丈夫だよ・・・。」


私は根拠のない励ましをした。

だけど、それはずっと自分にそう言い聞かせていただけだった。


私にも誰かを支えられるような余裕はない。


もうこんな余裕のない時はあの人に頼るしかない。


「そうだ!藤村のおじさんのところに行ってみようよ。きっとあの人見たら落ち着くから。」


藤村のおじさんは縁側にいた。

何をするでもなくぼーっとしていた。


あえて私達は玄関から呼び鈴を鳴らして入った。


おじさんが記憶を失っていないとは限らない。

相手を強く刺激しないよう十分配慮して玄関の前で大人しく待った。


おじさんは玄関から出てきた。


やはり記憶を失っている。


私達を見ると嬉し恥ずかしそうに照れてもじもじしている。


まるで、私達とは初対面で、「こんな可愛い子達がここに何の用かな?」と言いたげな様子である。


私はこんな状況でも自分の欲望を露わににしていられる様子にイラっと来てしまい、


「私達の事・・・覚えてますか?」


と聞いてみた。


おじさんはしばらく考え込んだまま、しばらく黙っていた。


すると、史香ちゃんが急に泣き始めた。


私はそのタイミングの良い迫真の演技に将来女優としての才能を感じた。


それを見てから急に「はっ!」という驚きと恐怖の入り混じった今まで見たことのない表情をして見せた。


おじさんはゆっくりと指を折り始めた。折りながらごにょごにょと声が聞こえてくる。


その声に耳を澄まして聞こえてきた声に私は焦りまくった。

これはとても知ってはいけない事を知ってしまった。


私達は急いで家を出た。


「ちょっと私達やりすぎちゃったね。」


しかし、史香ちゃんはずっと泣いていた。

「どうしたの?忘れられてたのがそんなに悲しいの?」


「ううん、私があんまり思い出せなくて・・・、ぼんやりと懐かしいとか楽しかったような気はするのに、あのおじさんの事、よく思い出せなくて・・。」


『そっちの方がいいんだよ。むしろ喜ばしい事!』と、冗談を言おうとしたが、そんな雰囲気ではなかったのでやめておく事にした。



その後、私は夜まで川之江家で史香ちゃんと一緒に過ごした。


ご飯を作ったり、お風呂に入ったりして、気分を晴らしてみた。

史香ちゃんは少し落ち着いていた。


ただ、夜になってもあまり寝ようとはしなかった。


何で寝ないの?って聞いてみると、両親もお兄ちゃんも寝る度に記憶が無くなっていったのだという。


史香ちゃん自身も家族との記憶が殆ど無くなっているらしい。


家族で撮ったでだろう写真も、いつの間にか無くなっていたという。


なぜそうわかるのか聞くと、壁にはピンばかりが刺さっていて、自分だけが写っている写真が一枚だけしか貼られていなかったのだという。


私は寝たくないのなら無理に寝ないで一緒に沢山お話しよう、と提案する。


私達はひとまず寝巻きに着替え、布団を二人分敷いて、後は好きな事をしゃべった。

最も記憶がかなり欠けているので離す話題は限られていたけど、それでも十分に楽しかった。


私はふと聞いてみたくなった事があった。


普段は聞いても教えてくれなかったが、こんな時であれば教えてくれるかもしれない。


「どうしてそんなに早く大人になりたがっているの?」


きっと子供らしい単純な理由だと思った。


聞き終わったら「かわいい!」


と、抱きしめてしまっている自分の姿を想像する。


「支えに・・・なりたいから・・・。」


「えっ?」


「お姉ちゃんの支えになりたかったの・・・。」


「えっ・・・。」


「美津子おばちゃんが亡くなった時、私がもっと大人だったらお姉ちゃんの支えになれるのに・・・お姉ちゃんの相談に乗ってあげたり、一緒に好きな人の話とか出来たらお姉ちゃんはきっと寂しい思いしなくて済むのにって思って・・・でも、今回だって、結局お姉ちゃんに・・・頼りっぱなしで・・・。」


「ありがとう・・・ありがとう・・・。」


私は泣きながら史香ちゃんを強く抱きしめた。


「でも、史香ちゃんは今のままでも私を凄く救ってくれてて、史香ちゃんがいたからおばあちゃんの時も立ち直れたし、今も寂しくないんだよ。」



史香ちゃんもぎゅっと私の胸に顔を押し付けてきた。


私達はそのまま眠り込んだ。


起きれば史香ちゃんの姿はなく、私の胸のあたりには濡れて乾いた染み跡だけが残っていた。


私は走った。走って祠へと向かった。


もう待っているだけは嫌だ。


どんどん失っていくのも嫌だ。


この大好きな町を、大好きな町の人達を、私に何が出来るのかわからないけど、でもやれる事は全部やろう。


祠に着くと、まずはいつも以上に念入りな掃除をして、家からある分だけのみかんを持ってお供えし、後は祈り続けた。


もうそれしかない。


「神様、お願いします。今、この町に起こっている不幸を取り除いてください。なぜ、この町の人達がこんなに不幸になっているのに私には何も起こらないのですか?お願いです。私はどうなっても構いません。だからどうか・・・どうか・・・私の大好きな町や、町の人達を・・・救ってください。お願いします。神様・・・救って・・・ください。」


私は必死で、一心不乱に祈り続けた。


顔も涙や汗で泥まみれだけど、気にせず地面に頭をつけて祈り続けた。


「本当だな?約束したぞ?」


私は顔を上げると、そこに一人の異様な化け物のような、妖のような、形容のし難い者が立っていた。


「悪魔ー!」


私はその人相に思わずそう叫んでしまった。


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