第六話 「嫌いという名の大好き」
私は瀧君の事が大好きだ。
そして、大嫌いだ。
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彼は何を考えているのかよくわからないし、彼の言動に戸惑ったり嬉しくなったり、一喜一憂してしまう。
もうここ最近振り回されっぱなしだ。
私は家の事で手一杯なので部活をやっている暇がない。
瀧君は中学まではサッカー部に所属していた。
理由は手を怪我しないからだそうだ。
しかし、高校に入ってからはさすがに運動部との両立が難しいと考えたのだろう。
美術部一本に絞って活動を始めた。
瀧君はよにかく手先が器用で、他の事も凄く要領良くこなす事が出来る。
だから美術部にだけ入ると聞いた時はその方が良いと素直に応援した。
部活動は課題を家でやる事が多いらしく、私は前より瀧君と一緒に帰る事が多くなった。
私は帰りに晩御飯の食材を求めて八百屋さんや豆腐屋さんなどをうろつく。
瀧君も題材になるものをいつも探していて、よく商店街をぶらついていた。
私はそれが密かな楽しみになっていた。
瀧君といると何だか落ち着いていられる。
この時間がとても心地良くて私は好きだった。
でもいつの頃からか瀧君は何か変だと感じるようになった。
私といると目を合わせようとしない。
一緒にいてもどこか意識は違う方を向いている気がする。
なのに私の買い物には普通に付き合うし、瀧君も誘ってくる。
瀧君にとって私は単なる遊び相手なのかな。
ある日のお昼休み、瀧君の食べているお弁当が私の手作りである事が皆に周知された。
事情を知っている小・中学校が同じ同級生は特にこれといって驚いてはいなかったが、別の学校だった人達は衝撃を隠せないようだ。男子はもうぶっ飛んだところまで妄想を膨らませているかのような表情で瀧君に羨望の眼差しを向けている。
昼食の時間は男子達がカラスのように隙あらば瀧君のおかずを狙っている。
私も教室で友達とお弁当を食べていたのでその光景を見ていた。
「瀧、なぁ、おかず交換してくれよー。真帆ちゃんのおかずくれよー。」
「やだよ。お前のおかず、結構味濃そうだし。」
「食った事ねぇじゃねぇかよ!結構美味いんだぞ!熟練度が違うからな。」
「じゃあその熟したやつ食ってた方が美味いだろうからそっち食っとけよ。」
「時にはよー・・・、もぎたて新鮮な果実を食したい時があんだよー。わかんだろ?」
「わかんねぇよ!お前、最近うちの近所にいる変態じいさんに似てきてんぞ。」
「誰だか知らねーけど何と言われてもいいよ。とにかくだな、女子高生の手作りお弁当なんてよ・・・、一生に一回食べれるかどうかなんだぞ!それをお前は毎日、しかもあんな子に作ってもらうなんて・・・世の中不公平すぎんだろ!?」
「何、弁当ごときで熱く・・・」
「男子ってホント馬鹿だよね。」
向かいに座って食べている麻友ちゃんはあきれながら男子のくだらない話に耳を傾けていた。
「なぁ、失敗したやつでいいから!なっ!頼むよ、この通り!」
瀧君の向かいに座っている洋一君は本気で頭を下げていた。たかがお弁当のおかずで、もの凄いプライドの低さに驚いて、彼の分も明日作ってこようかと思った程だった。
だが、瀧君は素知らぬ顔で食べ続けた。
「いつか絶対食ってたやる。」
この執念深さに親近感を覚えながらいつの間にか私も聞き耳を立てていた。
「でもやっぱり女子高生の料理なんだし失敗する時ってあるだろ?そん時言ってくれよ。喜んで食ってやるから。」
「まぁ、そりゃあ失敗する時はあるよ。しょっぱいとか焦げたとか・・・。」
あの男め!作らせておいて文句を言いやがって・・・。
「じゃあ購買のパッサパサなパン食べればいいじゃん!私のよりは失敗ないはずだから。」
あんにゃろうにそう言ってやろうと席を立とうとした時だった。
「って、本人はそう言うんだけど、不味かった事なんて一度もないんだよな。」
「何だよ!のろけかぁ!?」
他の男子も絡んできた。
私は座ろうかと思っていた席を座らなかった。
お弁当の蓋を閉めて、
「ちょっとトイレ・・・。」
教室を出るともう平然としてはいられなかった。
何?何なの?この胸のときめき!
何で止まってくれないの?
顔も茹でダコのように真っ赤だ。
いや、体も骨がないみたいにフラフラしてるし、タコですな。
私は女子トイレの個室に入って胸のドキドキが治まるのをひたすら待った。
だけど、どれだけ待っても心臓の鼓動が鳴り止む事はなかった。
あんな事言われたら、明日も張り切って作っちゃうよー。
こんな風にして、私の瀧君に対する気持ちは目まぐるしく変わっていった。
同じように瀧君も機嫌がころころ変わるんだろうな、とさほど気にしてはいなかった。
だけど、私は限界を迎えていた。
本気で よくわからないと思い始めたのは「クッキー事件」だ。
ある日のお昼時間、瀧君の周りを数人の男子生徒が羨ましそうに彼のお弁当を眺め、狙っていた。
洋一君は毎日懲りもせずにおかず交換の交渉をしていた。
あまりにしつこいし、洋一君も何でもいいから、と言うので、ふざけておあかずに刺さっていた爪楊枝を渡した。
すると洋一君は怒るどころか、美味しそうに舐めていた。
それを見た麻友ちゃんは「うわっ、本当に馬鹿!最悪!冗談でもペロペロしないでしょ。真帆、あいつヤバくない?」
と、嫌悪感を露わにしていた。
私は、「ペロペロしたくなるくらい男子ってお腹空いてるんだ・・・可哀想・・何か作ってきてあげようかな・・・。」
「あんたも馬鹿だったかー・・・。」
となぜか頭を抱えていた。
すると、それを聞いた地獄耳男子が、
「何か作ってくれるの!?俺、東暖さんが作ってくれるんなら魚の骨でも食べれる!」
「それ捨てるもんだから。真帆別に相手にしなくていいからな。」
「でも、そんなに喜んでもらえるなら・・・クッキーくらいなら・・・。」
それを聞いた瞬間、クラス中の男子が私達の周りに群がってきた。
私は、こんな必死になるくらいよほどお腹が空いてるのだと、俄然やる気を出して、今度時間のある時、一杯作ってくるね!と約束した。
しかし、いても立ってもいられず、その日のうちに生地を作り、川之江家のオーブンを借りて、どんどん焼いた。
これを袋に詰めて机の上に置いておき、翌日の朝取りに行くと、全ての袋が空っぽになっていた。
私は犯人を探した。朝食を断った瀧君が怪しい。怪し過ぎる。
瀧君に机の上に置いてあったクッキーを見かけなかったか聞いた。
すると、「野良猫が漁って食べる所を見かけた。」と言う。
やっぱり犯人は瀧君だったか!
「何で食べちゃうの!?食べたいなら言ってくれればいいのに・・・。」
と言ったものの、「猫が・・・。」と言い張った。
だから私は瀧君のために作って隠しておいた特大クッキーを学校に持っていき、お腹を空かせている子供達へプレゼントした。
こっちのクッキーはでかいだけではなく、チョコレートが混ぜ込んであって、手が込んでいた。
子供達は皆、拳と膝を使って和気藹々と分け合って食べていた。
それを遠目で見ていた瀧君は苛立ちながら席を離れ教室を出たまま、昼休みが終わるまで戻らなかった。
という事があって以来、彼の事が益々わからなくなっていった。
瀧君は私に何かを言いたいのだろうか。
最近、一緒にいると、何か堪えているような、我慢しているのか、私に対しての「何か」を感じる。
私はそれが辛くてたまらない。
『言いたい事があるんだったら言えば!?』
私はもうたまらずに何度もその言葉を言いたくなってしまう。
一言、何か言いたい事があるの?って聞けばいいだけの話なのに、私はなぜかそれを中々言う事が出来ずにいた。
それでも彼は今日の帰りに買い物に付き合ってくれ、と誘ってくる。
断る理由もない私は俯きながら了承し、放課後待ち合わせをして一緒に帰る。
今日はいつもよりかは普通に話せていた。
きっと今までは体調でもよくなかったのだろう。
そう思う事にした。
「あっ、これ可愛い!」
商店街の中にあるこの町で一番オシャレな雑貨屋さんに綺麗に光る石のネックレスがあった。
「綺麗・・・。」
不覚にもうっとり見とれてしまった。
駄目だ。今日は瀧君に楽しんでほしいんだから、今日は我慢しよう。
帰り道、いつもと違う道を通る。
この道は少し遠回りになるのであまり通らないのだが、こっちには原っぱがあってこの時期に見頃の花が沢山咲いている私の大好きな場所がある。
案の定、野原に一面咲き誇っている。
私は今日の目的も忘れ、ついついはしゃいでしまった。
ふと、瀧君の方を見ると瀧君は地べたに座り、体育座りで下の方を向いたままだった。
とてもつまらなそうな表情をしていた。
私はふと我に返り、「帰る。」と呟きながら地面に置いてあった鞄を拾い上げて家に帰ろうとした。
その様子に慌てて追ってくる瀧君は焦っているようだった。
「どうしたんだよ?急に・・・。」
「別に・・・何でもないよ。」
「じゃあ、何でそんなに怒ってんだよ?」
「本当に何でもないって!」
「じゃあ、何で泣いてんだよ?俺何かしたか?」
「お願い、放っておいて・・・。」
私は涙が止まらなかった。
悲しいから泣いたのではない。
もうよくわからなくなってきた。
彼の本心、私の気持ち。
瀧君は何を考えているのだろう。
私といて楽しくもないのに一緒にいるのは何でなの?
同情?
暇つぶし?
からかってるの?
よくわからないし、しばらく何も考えたくない。
瀧君に聞くのが一番早いのかもしれない。
でも私にはそんな勇気がなくて聞く事も出来なかった。
私は決めた。
翌日から私は出来るだけ瀧君と顔を合わせないようにした。
ご飯は自宅で作って川之江家に持っていった。
たまに会った時は挨拶もろくにしない。
それでも向こうは会えば挨拶をし続けてくれた。少し罪悪感を覚えながらも私は距離を取り続けた。
「真帆、来週なんだけど・・・。」
「真帆、週明け・・・。」
「真帆、明後日・・・。」
私は無視し続けrた。無視出来ない時は適当な理由を作ってやり過ごした。
とうとう我慢しきれなくなったのか、私がそそくさと帰ろうとする時に腕を捕まえて制した。
「真帆、ちょっと話があるんだ・・・。」
「ごめん、今日は用事があって・・先帰るね。」
「俺、何かしたか?」
「ううん、特に何もないよ。私が忙しいの。」
「そんな事言わないで教えてくれよ。頼むから。」
「そんなの・・・そんなの、私の胸に手を当てて聞いてみれば!」
私は瀧君から一刻も早く離れたくて走って下駄箱まで行き、靴を落とすように下ろした。
顔はどんどん真っ赤になっていった。
「自分の胸」じゃん!!
あれじゃあ私、ただの変態だぁ・・・。
瀧君は良い人だ。
私がこんな態度をとっても酷く感情的になる事がない。
だから私はとても辛くてこんな風にしか接する事の出来ない自分が嫌になる。
かといって感情的にならなすぎるのもどうなのだろうか。
私に対して興味がないというのもあるのかもしれない。
考えれば考える程わからなくなっていく。
だからいつも最終的に行き着くのが、『私は瀧君の事が大好きで、大好きなんだ』という事だ。
毎日こんなに私を悩ませる人など瀧君以外 いないのだから。
翌日の早朝、珍しく瀧君は早起きしていて、私はばったり会ってしまった。
「なぁ、明日渡したい物がああるんだ。少しでいい、時間もらえないか?」
彼はいつにも増して真剣だった。
その、いつもと違う真剣さに負けて、私は了承した。
きっとまた会ったらつまらなそうにするんだろうな。
期待などしていない。
するだけ裏切られてまた苦しくなるだけだ。
だけど、まだ可能性があるかもしれない。
そう思って期待するのもやめた。
結局同じ結果になるのだから。
そして、全く期待をしていない私は、その日の夜、とても良さそうなトリートメントを買って使い、じっくり体のお手入れをしてから髪をバスタオルで包み、摩擦で髪が痛まないようにしながら眠りについた。
・・・寝付くまでには時間もかかった。
しかし、私はその時の不安定な心境から何にも気付いていなかった。
祠の横には花が咲いていた事も。
その日、瀧君からは何の話を聞く事も、何かを渡される事も、それどころか一緒に会う事すらなかった。