第十七話 「告白という名の最終回」
しばらくして私は目を覚ました。
とても飛行が不安定だったために安らかに眠る事が出来なかった。
私は神様を見た。私よりも酷い出血の跡がある。
あぁ、この神様、私より先に自分の傷手当すれば良かったのに。
本当、バカだよね、私も神様も。
私は羽を広げ近くの島まで飛んだ。
あそこまでの距離なら何とか飛べそうだ。
私は神様をぎゅっと抱きしめ、
「ありがとう。」
と何度もお礼を言った。
私は近くの島に降りて神様を横にした。
近くに手頃な物が見当たらなかったので、仕方ないので、膝枕してやった。
神様は気持ち良さそうに眠っていた。
そのうちに雪が降ってきた。
えっ?雪?こんな時期に?
体に付いては溶けていくので雪なのかと思っていたが、手に取ってみると、花びらの形をしていた。
「・・・おぉ、ようやく降ってきたか・・・・。」
「これ、何ですか?」
「『記憶の花』の花びらだ。これが全部元の世界に降り終わる頃に皆も元通りになるんだ。この花びら、少しもらうぞ。俺たちにとっちゃ、良い回復薬なんだ。」
「そうなんですか。いっぱいもらってください。神様が一番頑張ったんですから。」
「いや、もらい過ぎるとお前らの世界に少し支障が出ちまうからな。ちょっとでいい。」
「じゃ、藤村のおじさんのなら全部もらってやってください。あの人のだけなら社会に全く支障ないというか、健全な社会にするためにもらってください。」
「俺を病気にする気か?ありゃ邪気にまみれてるからな。」
「そうですね。邪気まみれですよね・・・。」
二人は疲れ果てていて、力なく笑い合った後、しばらく眠った。
「よし!帰るぞ!!」
私は神様に叩き起こされた。
「早くゆっくり祠で寝てぇなぁ!」
「そうですね。」
「あぁ、でもお前の膝枕最高だったぜ。あと、お前の胸に顔挟まれた時はマジで死んでもいいか、って思っちまったけどな。ガハハハ。」
私はゆっくりと刀を抜いた。
「だが、今回は本当によくやってくれたな。ここまでやるとは思わなかったぜ。お前は俺の最高の相棒だ。誇りに思っていいぞ。」
「何を偉そうに!あんたねぇ・・・。」
「よぉし、行くぞぉ。目ぇ閉じねぇと帰れねぇぞぉ。」
仕方なく目を閉じた。
ゆっくり開けると見覚えのある祠があった。
祠の周りをウロウロとネコ姐さんが心配そうに動き回っていた。
「ネコ姐さーん!」
「真帆ちゃん!やったのね!ついにやったのね!!」
「はい!やりましたよ。私、全部言われた通りやりました。私・・私・・。」
「お疲れ様。私凄く嬉しいわ。本当に・・・。」
二人はしばらく抱き合ったまま泣いた。
その後、別れの挨拶をする事となった。
「じゃあ、私、願いが叶ったのでこれで・・・。」
「・・・そうね。神様と『契約』したんだものね・・・きっとまたどこかで会えるわよ・・・。」
「そうですね・・・私、神様呼んできます!」
私はこれ以上ネコ姐さんといると別れが辛くなるので、神様を探す事を口実にその場を離れた。
私は神様を探した。祠の中にはいなかった。色々探して裏山の一番上にいるのを見つけた。
「神様ー。じゃあそろそろお願いします!覚悟は出来てますので!」
「お・・おぅ。やるか!」
私は祠の近くに神様を連れてきて、「ひと思いにお願いします。」と挨拶をした。
しかし、神様は準備がある、とすぐには始めなかった。
まず、祠の上、裏山中腹の畑兼広場にて、そこに台を持ち込み、その台に白い布を被せた。
そこから更に別の台を用意し、神具や儀式用の酒の入った器や杯を用意した。
これがまた妙に手際が悪かった。
「おい!ここに置いてあった器どこやった?」
「知らないわよ。私触ってないもの。二人が帰って来るのずっと外で待ってたんだから。本当よ。」
「おーい!この白い布カビ生えてんじゃねぇか!?使えねぇーぞ!」
「あんたそれ、前にみかんジュースこぼしてそれで拭いてたじゃない。もしかしてそれから洗ってないの!?それしかないわよ。それで我慢しなさい!」
「しょうがねぇな。じゃあこっちの白い布の方を・・・。」
神様はその手に持った白い布が小さく、『真
帆達に見せてはいけない物』である事に気付き、何事もないかのように元の場所へ冷静に且つ迅速に戻そうとした。
私はスッと神様の側へ近付き、笑顔で神様の腕を掴み上げ、その『白い布』を取り返した。
その後も何かと神様はもたついた。
喉が渇いた、とか部屋が汚れている、だの今日はトイレが近いだの、ありとあらゆる言い訳を作ってはダラダラとしていた。
それでも私とネコ姐さんが散々煽り、また作業を再開させたが、やはりやる気がないようで、とうとう私は我慢の限界を迎え始めていた。
「痛ぇ、足の指を柱の角にぶつけた!」
「知らないわよ。フーフーしとけば治るでしょ?私がしてあげよっか?」
「お前にやられたら指が壊死しちまうよ。おぉ!そこの真帆、ちょっとこっちに来て・・・。」
「いい加減にして!私ずっと覚悟して、もうずっと緊張してるのに、そんなに伸ばさないで、サクッとやっちゃってよ!大体かみさまは・・・。」
「うるせぇなぁ、わかったよ、じゃあ、これ着ろ。ほらよ。」
意外にも私が渡されたのは儀式用の衣装ではなく、私がこの「狭間の世界」に来た時の服だった。
神様が言うには本体と同じ服じゃないと喉につかえてしまうのだそうな。
そして儀式が始まった。
ただ、どんな儀式なのかはわからない。
だが、これだけはわかる。
神様は相当やる気がない。
だるそうに淡々と作業をしているような感じだった。
私とネコ姐さんは怒りを抑えその時を待った。
そして、「その時」は来た。
待たされた苛立ちの方が、これから食べられるという恐怖心を追い抜き、自分がこれから呑み込まれるという実感が全くなかった。
「それじゃぁ、最後に残しておく言葉はあるか?もし、誰かに伝える言葉とかあれば間接的に伝える事も出来るぞ?ただし、お前の存在はなかったものとして元の世界では認識されていく。だからお前の名前やお前を連想させるような言葉は使えないがな。・・・そもそもこの時間軸は別の世界線として、時間軸が進んでいくのであって・・・。」
「思い残す事も言葉も特にありません!!早くいっちゃってください!パクッと!さぁゴックンと!!」
最初は大事な事だとしっかり聞いていたが、次第に脱線し始めて思い残す言葉も忘れてしまうくらい苛立ちが最高潮に達してしまった。
「・・・あぁ、わかったよ・・。じゃあいくぞ。」
神様はなぜかあまり気乗りしないような感じがした。
私を呑み込めば力が増大し、「向こうの世界」へ戻れるのに・・・嬉しくないの!?
神様の口が驚く程大きくなっていき、私の前にやってきた。
その時!まさにその瞬間だった!
「あれっ?誰か来たわよ?」
「おネコ!邪魔すんじゃねぇ!これからって時に!誰が来たんだよ?」
「た・・・瀧君?」
瀧君は周りをキョロキョロしながら私の家の門をくぐり庭に入ってきた。
「ごめんくださーい!すいませーん!あのー、えーと。いたら返事してもらえますか?」
「何だあいつは?人ん家に来て名前も呼べないとか間抜けな奴だな。」
「しょうがないじゃない。記憶がないんだから。」
「あの、僕、えーと・・何だっけ?おかしいなぁ。」
「かぁー!こりゃ傑作だぜ!自分の名前も言えねぇんだからよぉ!」
「しっ!」
「しっ!」
私とネコ姐さんは神様を制した。
私は密かにドキドキしていた。
これから瀧君は何を言ってくれるんだろうって。
何か思い出してくれるのかな。
「あの、うまく言えないんだけど、お礼を言いに来たんです。・・・何かよくわからないけど最近この町が変だったような気がして、俺も気付いたらよくわからない所にいて、何か不安で怖かった。何かを奪われていく気がして・・・凄く怖かった。でもどこかから聞こえてきたんだ!『大丈夫。私が何とかするから心配しないで。』って、一瞬だけど、君の顔が見えたんだ。何かそれで凄く安心して、凄く救われた気持ちになった。でも君が誰かも知らないし、どこにいるのかも知らない。でも気付いたらここにいたんだ。だからきっと君なんだろ?助けてくれたのに名前も呼べなくてごめん。俺・・・自分の名前もわからないんだ。だから、お礼だけでも言わせてくれればそれでいいんだ。ありがとう!」
私は叫びたくなった。
でもこっちの世界からじゃ、声は届かない。
姿は見れたのに言葉も交わせずにこのまま別れちゃうなんて・・・したくない。
私、本当は食べられたくない。死にたくない。元の世界に戻りたい。
覚悟していたはずなのに、瀧君を見た瞬間、自分の本当の気持ちが溢れ出してきた。
嫌だ!
瀧君に会いたい!
もっと瀧君とお話ししたい。
瀧君に私の気持ち伝えたい。
瀧君!瀧君!瀧君・・・・。
瀧君は突然、うずくまり頭を抱えた。
「瀧く・・・。」
「しっ、彼ならきっと大丈夫よ。」
「ネコ姐さん・・・。」
「大丈夫・・・きっと彼、物凄く強い人だから。」
そして瀧君はネコ姐さんの言う通り立ち上がった。何かを決心しているかのような真っ直ぐな視線を家の方に送っていた。
「ごめん!俺の伝えたかった事はそんな事じゃないんだ!もっと大事な事を伝えたい。そこにいるかどうかわからないけど、聞いてくれ!今まで・・色々ごめん!俺のせいで悲しい顔させたり嫌な思いさせたり、傷つけたりしてたよな。本当にごめん!俺、ずっと君に伝えたい事があったんだけど、勇気なくて全然伝えられなくて、今日こそ、って思ってても中々言えないし、俺、こんな駄目な奴だけど、俺、君の事が・・君の・・。」
「おい!まさかあいつ・・まだ花びらも落ちて来てねぇのに・・・。」
「ま・・・真帆!そうだ!思い出した、真帆、真帆ーー!ずっと好きでした!そして今も、真帆の事が大好きです!!滅茶苦茶大好きです!!」
「瀧君・・・。私・・も・・大好き・・。」
私は顔を手で塞いだ。
もう何も見えないくらい涙が止まらなかった。
「嘘だろ・・・。あいつ・・名前思い出しやがったのか・・・。」
「ちくしょう!これじゃあ『契約』不成立になっちまうじゃねぇか!!」
神様は相当に苛立っていた。
そのうち私の体が何かに引っ張られるような感覚が起こり始めた。私の本体に引かれていた。
私は目を開けた。
私はカビの生えた白い布の敷かれた台の上に横たわっていた。
自分の体が動く事を確認した。
「えっ?私、戻れたの?」
「えぇ、真帆ちゃん、あなた元の世界に戻れたのよ。ただ、余韻があるからあともう少しだけ私達と話せるけどね。」
「神様・・・これは神様の所業なんですか?」
「何だ所業って・・・。あいつが思い出しちまったんだからしょうがねぇだろ。」
「神様!!」
私は神様に飛びついた。
「神様、ありがとう。私、神様と会えて凄く幸せ。最初は怖いし、胡散臭い人だと思ってたけど・・・。でもこんなに優しくて強くて人思いな神様だと思ってなかった。」
「おい!俺の事胡散臭いとか思ってたのかよ!?正直すぎんだろ。」
「神様、私のお願い聞いてくれて、叶えてくれて、皆を救ってくれて・・・ありがとう・・神様、大好き。」
「私も大好きよ・・。」
「うん、私もネコ姐さん大好き・・。」
私達は三人で抱きしめ合った。
私は今最高に幸せな時間を過ごしているのかもしれない。
「ほら、早くあいつのとこ行ってやれ。」
「神様・・・。」
「何だよ?」
「今なら・・・私のパイオツ・・・触ってもいいよ・・・。」
「おっさんかよ!?もう十分堪能したからいいよ。早く行けって!」
「えっ・・堪能って・・神ちゃん、揉んだの?」
「当たったんだよ!事故です!追突事故だったんです!!」
「えっ、揉みしだいたの?」
「だから揉んでもしだいてもいねぇって!」
「でも顔は埋めてきました・・・。」
「あんたぁ!!幼気な少女にやりたい放題・・・何やってんのよぉ!?」
「何でおネコがキレんだよ!?あれも事故だったんだって!埋没事故!大体あれだって真帆の方から・・・へへ・・おい!危ねぇから鎌振り回すなって!!」
私は笑いながら山を降りていった。
あの人達とはやっぱり笑って別れたかった。
「真帆ーー!今回頑張ったご褒美だ!受け取っとけー!」
何も受け取る物はなかったのだけど、最後に神様はそう言って謎の労いをしてくれた。
「中々上手い演技だったじゃない。」
「何がだよ?」
「本当は『記憶の花』を破壊して、花びらが落ちてきた時にあの坊やの記憶集めておいたんでしょ?」
「な、何でそんな事俺がすんだよ?」
「さぁ。でもそこが神ちゃんの良いとこなのよねぇ。」
「俺には何の事だかさっぱりだかぇ。」
「神ちゃん、照れるといつも『かぇ』使うからわかりやすいわぁ。」
「最初はあいつも美津子も喰らう気満々なのによぉ、何かダメなんだよなぁ。ああいうひたむきな奴。」
「情が深いのよ、神ちゃんは。さぁ、今夜は私が腕によりをかけて料理作ったげる。ニンニク入りすっぽん鍋よ!」
「お前ぇ、何か魂胆あんのだろ!?怖ぇよ。」
「いいじゃない。すっぽん食べた後は私達がすっぽんぽん・・・。」
「ちょっと磯っちんとこ行ってくるわぁ。」
「誰よ!?磯っちって!憎い。女が憎いわぁ!」
私は走りながら瀧君の方を見ると、瀧君は手に何かを握った物を見つめ、帰ろうとしていた。
「瀧くーーん!!」
私はとびきりの笑顔で大きく手を振って瀧君のいる場所に向かって走っていった。
「真帆・・・えっ!?」
私はいきなり瀧君に抱きついた。
驚き、固まる瀧君の鼓動は一瞬にして大きく踊り始め、音まで聞こえてきそうだった。
私なんて力一杯大太鼓を打ち鳴らすかのようにバクバクだ。
こんなの私が瀧君を好きなのバレバレだ。
でもいいんだ。
ずっと伝えたかった事なんだから。
「瀧君、好き!大好き!私、ずっと瀧君の事好きだったの・・・大好きなの!」
「あぁ、俺も・・大好きだ!」
瀧君も私を抱きしめてくれた。
二人の心臓は更に近付き、鼓動はどんどん速さを増した。
「真帆・・・」
「あっ・・ごめん。もう少しこのままで
いて。今顔見られるの・・・恥かしいから・・・。」
「あ、あぁわかった。真帆・・・本当に今まで・・ごめん。」
「本当だよ。私といる時ずっとうつむいてたから私、つまんない女なんだと思って・・・でもそれなのに帰りとか誘うから、もうよくわかんなくなっちゃって。結構悩んでたんだからね。」
「ごめん・・・告白しようと思ってるのに、勇気がなくて・・・。」
「いじわるもするし・・・。」
「そ・・それは・・・。」
「何でクラスの皆にあげるクッキー食べちゃったの?」
「それは・・・だって不安なんだよ!お前、うちの学校で結構人気あるから、それきっかけにして、告白する奴とか出てきたら・・とか思うと・・・。」
「えっ?私ってモテるのぉ?」
「今ニヤけただろ・・・やっぱり、お前気付いてなかったんだな・・・そうだよ。だから俺も不安で美術部の課題無理言って家に持ち帰らせてもらって学校の帰りもお前と一緒に・・・。」
「も・・もういいよ。恥かしすぎて死にそう・・・。」
しばらくして、瀧君は私から離れて手に握っていた物を渡してくれた。
「そうそう、この温もりが欲しくて・・・。」
「ごめん、ずっと握ってたから・・・過ぎちゃったけど、誕生日プレゼント。」
「えっ?これ私が欲しかったやつ・・・あれ?形がちょっと違うような・・・・・。」
「それ、俺の手作り。全く同じには出来なくて・・・・。」
「えっ!?これ瀧君が作ったの?凄い!凄いよ!!」
「俺、お前の事が小学校の時から好きで告白する時は自分の手作りのをあげたいって思って・・。」
「えっ?それでいつも家でコソコソやってたの!?」
「コソコソとか言うな。・・・いや、元々細かい作業好きだったんだけど・・・。」
「ふーん、で、私の事いつから好きだったってぇ?」
私はニヤニヤと瀧君を見つめた。
「しょ、小学校の時から・・・。」
目を反らす瀧君。
「時から?」
今、きっと私の顔はおっさん顔していると思う。
「す、好きでした。」
私はこんないじわるな性格してたっけ?
きっと神様の性格が移ったんだろうなぁ。
私も嬉しくなって、「私は中学生の時から大好き!」
「ホステス事件」から好きになったというのは伏せておいた。
「ねぇ、ネックレス付けて。」
私はネックレスを瀧君に渡し、後ろを振り向いた。
髪を上に上げて、うなじを見せて付けやすくした。
瀧君はとても器用だ。
小学校では図工の作品で、中学校では美術部部でもないのに美術作品がよく賞をもらうくらいに。
だからネックレスを付けるなんてほんの数秒で出来るはずだ。
でも・・・もう五分は経っている。
こんな瀧君を見るのは初めてだった。
ずっと物凄く器用で要領も抜群に良い人だと思っていた瀧君は、実はとてつもなく不器用だという事に気付いた。
きっと、私が器用でないと知っていたら瀧君に対しての見方も変わっていたかもしれない。
でもこれはこれで恋する人を美化してしまう乙女のようで私は好きだな、と思った。
今度この不器用なのをネタにして沢山瀧君をいじってやる。グヘヘ。
ようやく私の首にネックレスがぶら下がり、私は瀧君の方へ向き直った。
私は瀧君を見つめた。
目が合うだけでこんなに緊張するし恥かしいなんて思わなかった。
瀧君も目が泳いでいる。
きっと瀧君も同じ心境かもしれない。
そして唐突に瀧君は話題を変えた。
「あ・・あれっ?真帆、こんなとこにホクロ付いてたっけ?」
「えっ?」
「ほら、右目の下・・・。」
目の下にホクロが付いているのは祖母で、私ではないのだけど・・・。
そこでようやく私は神様からの「ご褒美」を思い出した。
「うん、最近神様に付けてもらったの。」
「何だよ、それ。嘘つけ。」
「じゃあ、ゴミかもしれないから・・・取って。」
「えっ・・・。」
私は目をつぶって瀧君が取ってくれるのを待った。
瀧君は恐る恐る私の頬を触り、ホクロを触った。
少し手が震えている。手汗も尋常じゃない。
そこから瀧君の緊張感が伝わり、なぜか私まで緊張してきた。
私は目をつぶったまま、両手を瀧君の少しほっそりとした腕に触れてみた。
瀧君は一瞬、驚いたように腕をビクッとさせたのだけど、瀧君はそのままずっとホクロを触っているが、特に何をする訳ではない。
「取れた?」
「こ・・・これ、本当にホクロかも・・・。」
声が上擦っているのを感じた。
「ホントに?もうちょっとよく見てみて。」
私はこんなに積極的な女だったかな?と疑問に思っていた。
きっと神様の所業だな。
とはいえ、私の胸は爆発しそうなくらい大きな脈を打っている。
私は瀧君にゆっくりと顔を近付けた。
少し唇を上に向けた。
私は辛抱強く瀧君が気付いてくれるのを待った。
「あっ。」
私の顔に何か付いた。
「えっ、何?」
「凄ぇ!何だよこれ!?」
私は目を開けて、私も歓声を上げた。
「凄い!綺麗だね!」
この町の空一面に花びらが舞っていた。
花が空一面を覆い、そのうち、私達の周りも花びらが降りしきり、次第に私と瀧君以外周りの景色が全く見えなくなった。
私はまた『狭間の世界』に来れたような気がして、しかも瀧君と二人で来れたような嬉しさがあった。
こんな幻想世界の中で二人っきり・・・。
私は瀧君を見つめた。
じっと見つめた。
このロマンチックな風景も手伝ってくれた事もあってか、瀧君は「はっ!」となり、ようやく気付いてくれた。
顔が真っ赤な瀧君。
きっと私も真っ赤だ。
恥ずかしいけど、凄く幸せだった。
「また・・顔に花びら付いた。」
「た・・瀧君も髪に付いてる。」
私は瀧君の頭ではなく、首に手を回し、瀧君は私の顔ではなく、腰に手を回した。
純情嘘つきな私と瀧君は花びらが舞い落ちる間、ずっと唇を重ねていた。
終




