第十六話 「皆という名の支え」
私はせっせと登った。
「核」までは思ってたよりも長くてくじけそうになる。
でもそんな時はさっき神様に言われた事を思い出しながら、また気を取り直して登っていった。
傷は塞がっているけど、さっき大量に出血したせいで、体力が残っていない。
もう眠くて仕方ない。
まだ三割も来てないのに体が限界を迎え始めていた。
こんな時はどうすればいいんだろう。
もう頑張れそうにないよ・・・。
あぁ・・・眠いなぁ・・寝ちゃおうかなぁ・・・。
「・・・どの・・・。」
「真帆どの、あと少しの辛抱じゃ。」
「藤村のおじさん?」
「だからあいつと一緒にするでないわ!わしは藤村藤吉郎じゃ!見知りおけ!」
「でも変態なんですよね?」
「な?・・・それは・・断じて違う!あやつと一緒にするでないわ。」
「でも私の髪、クンクンしてましたよね?」
「そ、それはその・・あの・・何というか・・・事故だったというか・・・。」
藤吉郎さんは口ごもったのだが、私ももはや同罪の身。それ以上は言及しなかった。
「真帆どのの背中は任せよ。拙者が命に代えても・・・。」
藤吉郎さんは私の身の回りを見張ってくれた。とても頼もしいのだが、段々私の背中から足元の方を警護するようになっていったのが気になるところではある。
クロちゃんもずっと励ましてくれた。
こんな可愛らしい子に応援されて頑張らない女子がどこにいますか?
と、先程以上に張り切り、休む事なく登り続ける事が出来た。
私はこの縄柱を登りながらずっと考えていた事があった。
それは、ずっと「言葉に出来ない気持ち」の正体だった。
神様やネコ姐さんと一緒に過ごしたあの日の夜、今こうして一緒にいる藤吉郎さんやクロちゃん、そして何より町に住む人達・・・。
私はつくづく良い人達に囲まれて幸せだなぁ、と思う。
その時、はっと気付いたのだ。
私、恵まれてるんだ。
こんなに良い人達と出会えて一緒にいれて、本当に恵まれている。つくづく思う。
祖母が亡くなってから、私はずっと一人だと思ってた。
孤独感ばかり抱いていた私はそんな事に気付く事すら出来なかった。
常に誰かが見てくれて、誰かに支えられていたのだ。
孤独感ばかり抱いていたら、そりゃこんな言葉なんて出てこないよ。
私はバカだ。神様の言う通り、本当にバカだ。
こんな皆に出会えた私はきっと世界一幸せだろうな。
時々下からの嫌な視線を感じながら、私は幸福感で満たされていた。
17、ーーーーーーーーーーーーーーーー
あともう少しで手を伸ばせば核に触れるところまで来ていた。
しかし、ここで問題が発生した。
こちら側からでは霊玉を押し込む場所がない。
反対側の表からならいけるかもしれない。
でも・・・反対側に回ると見つかっちゃうし・・・。
そうこうしているうちに核の場所まで登りきり、やはりこちら側には霊玉を入れる隙間がない事を確認した。
そっと見つからないように前から覗きこみ向う側にこの霊玉が入り込めるかもしれない隙間があるのを見つけた。
さっと入れて、さっと隠れれば・・・。
そっと神様達の方を見た。
ずっと激しい戦闘をし続けている。
きっと、私が動きやすいように神様は必死で戦ってくれているんだ。
神様は、本当に凄いな・・・格好良いな・・・。
そうだよ。神様の戦いを終わらせるのも町の人達を救うのも私にかかっているんだ。
私はしばらく神様の方をじっと見て集中した。
全ての神経を「眼」に集中させた。
そして、この戦いの終わらせ方が少しだけ見えた。
それは「同時に勝って終わらせる事」だ。
私がもたついて入れるのに失敗したら、神様が勝ったとしても私達の負けだ。・・・花が咲いてしまう。
私が霊玉を核に押し当てる事が出来ても、神様が負ければ誰もこの霊玉を使って「記憶の花」を破壊する事が出来ない。
互角のままでもそのうち時間が来て私達の負けだ。
私は必死で「同時に勝つ方法」を考えた。
もう時間もない。どうしよう。考えないと・・。
どうしよう・・・何も考えが浮かばない。
もう時間がないのに・・・。
こうやって考えてるうちに時間が来ても私達は負けてしまうのに・・・。
結局、私には荷が重かったんだ。
ねぇ神様、何で私を選んだの?こんなすぐに無理だとわかると諦めちゃう私を・・・。
こんな、弱くて、何も出来ない私を・・。
私は情けない。凄く情けないな。
あと、ちょっとなのに・・・。ちょっとの勇気を出せれば・・・。
でも出ないの。私には出せない。
一人じゃ、何も出来ない・・・。
「どうしたの?」
その時、優しくて懐かしい声が聞こえてきた。その姿を見るだけで安心して、落ち着く人。
私がずっと会いたかった人だった。
「おばあちゃん・・・。」
自然と涙が溢れ出してきた。
「まぁ、どうしたの?そんなに泣いちゃって・・・。」
「おばあちゃん、私、今ね凄い困ってるんだけど、何も良い方法が思い浮かばなくて・・・これじゃ、誰も助けられないよ・・・こんなに皆が良くしてくれてたのに・・・私・・何も出来ない・・・恩知らずなんだよ・・・。」
「本当にそうかい?皆、見返りが欲しくて真帆ちゃんに優しくしてくれてたと思ってるのかねぇ?」
「んー、・・・わかんない・・・。」
「いいかい、この木に咲いてる花の一つ一つ、目をかっぽじってよぉく見てみなさい。」
「これは皆の記憶から作られてるんだよ。だから、皆の顔も見えてこないかねぇ?」
私は涙を拭いて花の一つ一つをじっと見つめた。
少しずつ町の人達の顔が見えてきた。
「皆、私の方を向いてる。」
「皆、必死の形相でお前に助け、求めてる?」
「ううん・・皆、笑顔・・・。」
「皆、真帆ちゃんが大好きなんだよ。真帆ちゃんのひたむきに頑張ってるとこ見ると元気もらえるの。ばあちゃんもそうだったよ。」
「えっ・・・?」
「真帆ちゃんが家に来て、一緒にに住み始めた頃、まだ九歳だったのに泣きべそもかかずに毎日ばあちゃんの仕事手伝ってくれて、町の人達は皆関心してたんだよ。」
「でもばあちゃんは心配だったんだ。泣き言一つ言わない真帆ちゃんが・・・。」
「でも、それはばあちゃんの勘違いで、真帆ちゃんは辛くなくて、この町も、町の人達も大好きだったから寂しくないんだってわかってから凄く嬉しくてねぇ・・・。」
「それを町の人達も知って余計に真帆ちゃんの事が好きになったんだよ。だからね、真帆ちゃんが恩返しとか考えなくていいの。今出来る精一杯の事をしなさい。」
「うん・・・ありがとう。そうする・・・。おばあちゃん、大好き。」
そして、とめどなく溢れる涙を拭いて私は沢山元気が出た。
「それにしてもおばあちゃんも言葉の使い方おかしいよね?かっぽじるのは目じゃなくて、耳だよ。私もしっかりおばあちゃんの血、受け継いでるんだなぁ。嬉しい。」
「いや、そこ恥じるとこだからね・・・。」
「ほら、真帆ちゃん、もう時間ないよ。急ぎな急ぎな。」
「うん、わかった!」
そしてもう一度顔を拭いた後にはもう祖母はいなかった。
私は決意した。一か八かの方法を思い付いた。
これをやると私の命が危ない。
本当に危険な賭けになる。
しかし、一瞬でも永らえたこの命、それだけで十分だ。
私はこっそりと神様を覗き見た。
「ありがとう、神様・・・大好き。」
そっと呟くように気持ちを伝えた直後、私は隙間のある神様達がいる側に出て、大きく手を振った。
「神様ーー!見てるーー?核まで着いたよーー!これから準備するねー!」
「あんのバカ、何やって・・・。」
私は焦っていた。すぐにこれを押し込まないと向こうからまた攻撃を受ける。
攻撃を受ける前に早く押し込まないと・・・。
でも自分が思ってたより隙間は狭く、押し込むのに時間がかかった。
「真帆ーー!避けろー!!今度こそ攻撃受けたら命が・・・。」
今回は相手も本気中の本気だ。
さっきよりも太い枝が五本も飛んできた。
でも私はまだまごついて入れられずにいた。
「真帆ーー!!!」
一本が私の背中に当たった。
背中に下げていた刀に当たったのと藤吉郎さんが少し体をずらすように言ってくれて、急所には届かなかった。
続いてニ本目が右肩をかすめた。
かすっただけでも相当に痛い。
右腕の力が抜けて余計に入れづらくなる。
でもようやく霊玉が隙間に入り始めた。
あと、もう少し・・・早く・・早く・・・。
三本目は右腰をえぐるように当たる。
またもや大量の出血が予想され、今回は本当にヤバいと自覚する。
「真帆どのーー急げ!次のニ本は同時に来るうえ、どう避けても貫通は免れん!もう飛び降りるしか・・・。」
「入った!!入ったよーー!!」
「お姉ちゃん、飛んでーー!」
飛び降りる瞬間と同時に最後のニ本が私の左腰、右胸部を貫いた。
またも大量の出血をしながら私は真下に転落していった。
「てめぇ!!!殺してやる!!百回でも千回でも地獄に落としてやるからなぁ!!」
「真帆ーーー!!」
私にはまだ意識はあった。殆どかろうじてだったけど、まだ周りの景色が見えていた。
私は頭から落ちていき、地面が凄まじい速さで近付いていくように思えた。
もう力はない。私は全てをやり遂げた。
まだやらなきゃいけない事が残っているけど、もう限界で、何も出来ない。
羽すら開けないんだ。もう終わりだな。
私は神様が戦っている姿を見ていた。
やっぱり格好良いな、神様は・・・。
「てめぇ!!!殺してやる!!百回でも千回でも地獄に落としてやるからなぁ!!」
神様は最強の敵に首から胸にかけて大きな傷を作った。
きっとまた数分で回復しちゃうんだろうなぁ。
「真帆ーーー!!」
あぁ、どうして神様はいつもあんなに真っ直ぐで一生懸命なんだろうなぁ。
私はいつもすぐ諦めちゃうし、不真面目だし。
「私ももっと頑張りたい・・・。」
「おっ!真帆どの。それならうってつけの物があるぞ。」
「これ頑張ったら、きっと神様、お姉ちゃんを褒めてくれるよ。下を見て。」
そこには大きくて太い血管のような縄のようなツルがあった。
「これは!?」
藤吉郎さんとクロちゃんはにやり、と笑い「切ればわかるよ。」と、意味ありげに声を合わせた。
当然、私もそれが何かわかっていて、「そうだね、切っちゃおうか?」と、にやけながら言った。
このツルは思ったよりも柔らかく私の今の力でも何とか切る事が出来た。
私はようやく全てを終えた達成感に満たされて脱力し、やはり翼を広げられずにまた真下に落ちていった。
私は全てを真面目になんて出来ない。
でも不真面目にいたずら心たっぷりなら、一生懸命出来てしまうから不思議だ。
私は心のどこかで祖母に負けたくない、祖母より出来ない子だと思われたくないという劣等感があった。
でも今は全然性格が違うのに何を比べられる事があるのだろう。と思えるようになっていた。
この死ぬ直前でそう悟れたのが嬉しくもあり、もっと早くにそう思えていれば・・・という後悔もあったのだけど。
そして私は落下しながらゆっくりと目を閉じた。
「真帆ぉーー!!」
気付けば私は、誰かに優しくて、温かくて、しっかりと抱き抱えられていた。
「真帆!起きてるか?よくやったな!」
「はい、私・・・やり終えましたよ・・・。」
「花は?もう無くなりましたか?」
「いや、お前を救うのに夢中で、これからだ。」
「早くしないと花・・・全部咲いちゃいますよ。」
私は夢心地だった。
私は今のところ、まだ死んではいない。
死ぬなら、あの「記憶の花」が無くなるのを見届けてから死にたい。
神様は「記憶の花」の核のある部分に向かって手をかざした。
何か呪文のような言葉を言うと核の部分が膨れ上がり、やがて大きくて眩しい光を放ち、次の瞬間には大きな爆発音が轟いて爆風が起きた。
太い縄柱も、大きな葉っぱもそして、花までも粉々に吹き飛んでいった。
神様は風に飛ばされながらも私を出来るだけ遠くに運んでくれた。
「ありがとう。」
と言いながら、私はしばらくの間、眠りについた。




