第十四話 「面倒臭いという名の二人の敵」
全速力で飛び続ければすぐに着くかと思っていたが、現実はそう甘くはなかった。
槍男は最後に堕ちていく前に小さい穴の空いた石のような物を空に投げた。その石が空に上がりながら音を鳴らしていった。
その音はどうやら仲間を呼ぶ音だったらしく、時間を置かずに残り二人の敵がやってきた。
一人の敵がもう一人の敵よりも少し早く、こちらに着いた。
先程の槍男とは違い、骨が見えてしまうくらいの痩せているガリガリ男だった。
その後に着いた敵はかなりの老人で、私はこの人達が相手なら、それほど時間をかけずに倒せるだろうと予想した。
しかし、現実は残酷でとても厄介な二人だった。
二人は私が槍男を倒した事に驚いていたが、戦える喜びに心を躍らせているようだった。
私は全速力で逃げた。
ネコ姐さんの手紙にそう書いてあった。
確か内容は、「いい?絶対にあの三人とは同時に戦わない事。絶対に勝ち目がなくなるから。もしそうなったらどんな手段を使ってでも相手を引き離しなさい。真帆ちゃんならきっとやってくれるって信じてるわ。【チュッ】」だったと思う。
だから一緒にさせない方法を考えながら逃げていたが、一人の痩せている方が追ってきた。
「じいさんは手ぇ出すなよぉ。あの娘は俺の獲物じゃぁ。」
都合が良い事に敵の方から分かれてくれた。
特に武器を持っている訳でもなく、ヒョロッとしたこの男になら私も勝てそうだと、逃げるのを止めて刀を構えた。
痩せ男はニヤリと笑うと、何か呪文のようなものを唱え始めた。
すると眼前に数百匹の虫が現れ、私にめがけて一斉に飛んできた。
急いで刀を鞘に収め、全力で羽ばたいた。
虫は蚊を巨大化させたような全長十五センチはあるかという大きさで、口の上にギザギザのお鋭いクチバシのような刃が付いていて、刺されたら相当な痛さだろう。想像するだけで悪寒が走った。
逃げながらネコ姐さんの手紙を思い出す。
痩せ男については、「一番面倒くさい敵かもしれないわね。幻想虫という幻の虫を扱うんだけど、実際に触れる事も触れられる事も出来るから攻撃されると尋常でない痛さよ。刀で切っても次々に現れるからキリがないわ。弱点というか操ってる男自体は枯れ枝のように弱いから男に攻撃さえ当たれば楽よ。でもその周りを虫が取り囲んでるから虫をどうにかしないと難しいわね。でも今の真帆ちゃんならきっといけるわ。だって強くなったもの。【チュッ】」
って書いてあったな。
どうでもいい話なんだけど、ネコ姐さんの各々の敵の情報を書いた後にキスマーク付けてくれてるけど、ネコ姐さん、イタチだし、動物が鼻ぶつけたみたいにしか見えないんだよね。可愛いんだけど・・・。
私は全力で逃げた。もうここで力を使い果たしてしまう覚悟で逃げた。でも虫の大群は思った以上に素早くどんどん距離が縮まっていった。
速さで勝てないなら技を駆使して逃げよう。
私は右へ左へジグザグに飛び、旋回をし、急降下したり、試せる事は全て試した。しかし、飛行技術までも相手が一枚上手だった。更に距離は縮まっていき、ついに私の足元まで迫ってきた。
虫達が速度を上げて足を突き始めた。
私は恐怖心を必死に抑え、いかに逃げ切るかを考えた。
そのうちクチバシが刺さるようになった。
私は悲鳴を上げながら逃げ続けた。
虫男は逃げまどい悲鳴を上げる私に狂喜していた。
私はどうする必死で考えた。
これだけの数がいたら刀は全く役に立たない。
無理矢理あの虫男の元へ突っ込むか。
多分辿り着く前にズタズタになってるだろう。
どうしよう・・・どうしよう・・・。
「・・・ちゃん。」
その時、どこかから可愛らしい声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんここだよ。ここ。」
真横を見るとそこには可愛らしい少女なのか少年なのかわからない美形の子供が天狗のお面を付けて飛んでいた。
背中にはこれまた可愛い白い羽が付いていた。
全く見覚えはないが、どことなく史香ちゃんに似ていた。
「あなたは誰?」と聞きながらも私は虫に突かれ痛がっていたので、「挨拶は後で、ひとまず今は逃げよう。」と、彼が私の前に来て
、それに掴まった。
この少年の肩に掴まった時、私は思わず「柔らかぁい。」と言ってしまいそうになった。
この柔らかくも弾力のあるお餅のような肌触りについつい力が入ってしまった。
「い・・痛いよ・・・もう少し優しく・・・。」と少し痛がる少年の表情を見ていると何だか変な気持ちになってきた。
もしかして、私、あの人達の仲間入りしちゃったのかな? 嫌!それだけは嫌!
私は無心になり、自分の体を彼に任せた。
「次、右にいくよ、準備して。」
「えっ、今曲がればいいんじゃ・・・。」
「まだ風が来てないからダメだよ。」
「は、はい!」
「今だよ。こっち!」
「わ!凄い!風に乗った気がする。しかも速く飛んでる!」
「速く飛ぶには羽ばたくよりも風に乗る事が大事なんだ。次は向うの風を捕まえよう。」
「はい!」
こうして気付けば虫達との距離は一気に広がっていき、私達に少し余裕が生まれた。少年はキョロキョロと下の方を向いて何かを探している。
「もしかして、あなたこの羽の持ち主さん?」
「そうだよ。僕は白天狗のクロって名前なんだ。よろしくね。」
「もしかして、君の名前、うちの神様が付けた?」
「そうだよ。昔、僕を助けてくれた事があって、その時に名前を付けてくれたんだ。よくわかったね。」
白天狗なのにクロって・・・可哀相なクロちゃん・・・。
聞けばこの町は山が多く、天狗も黒天狗や豆天狗等、色々いるらしい。
「あっ、向こうの山辺りに急降下して。」
「うん、わかった!」
私達は勢いよく降下していった。
この内臓が浮き上がる感覚が何とも言えなかったが、我慢して降りていく。
虫達も次々に降下してきた。
改めて下から見るとあまりの数に恐ろしさを感じた。
「そのまま真っ直ぐ。」
風には乗っているけど、虫達も風に乗ってかなり追い付いてきた。
「クロちゃん!?追い付かれてきてるよ!どうしよう・・・。」
「大丈夫。僕に任せて!」
「う・・うん。」
さっきの恐怖心がまた振り返してきた。
しかし、子供の無邪気な笑顔で「大丈夫」と言われると何も言えなくなってしまう。
子供ってずるい。
「わぁ!もう虫がそこまで・・・。」
「大丈夫!あともう少しだから!』
怖くて悲鳴を上げそうになったが、次の瞬間、クロちゃんの掛け声で一気にその不安はかき消えていった。
「右に旋回、滑空して!!上昇気流が来た!!」
私は旋回しながら出来るだけ速く右へ右へと滑っていった。
虫達は一気に上空の彼方へ押し上げられていった。
虫男も風に飛ばされはしたものの、何とか逃れ一人呆然と舞い上がっていく虫達を見上げていた。
私はクロちゃんに羽を斬り落とすように言われ、虫男は真下に広がる森の中へと墜ちていった。
私はクロちゃんを抱きしめてお礼を言った。
「クロちゃん、ありがとう!クロちゃんがいなかったら私・・・ンン。」
抱きしめた瞬間、女の子のような可愛い香りが漂ってきて、つい嗅いでしまった。
「く・・・苦しいよ・・・お姉ちゃん・・。」
もう藤吉郎さんの事を叱れなくなってしまった。そして同類に堕ちたという無念さだけが残った。
しばしの休憩の後、数本の剣が飛んできて、私達は飛び退いた。
「な、何!?」
「お主、中々の手練れのようじゃのぅ。どれ、わしが一つ相手をしよう。」
目の前にいるこの老人は懐から黒い砂を出すと宙に舞い上げた。
砂はたちまち剣に形を変えて飛んで来た。
私は刀で剣をはじき、老人に向かって刀を振り上げた。
今度は砂が平たい四角の板に変化し、老人の前に壁となって立ち塞がった。
壁は想像以上に固く、刀が全く通らなかった。
私が離れるとその板は九枚に分割され、片面が光って反射している。
えっ・・・これは・・・。
確かネコ姐さんの手紙には「あぁんのくそじじい!あのじじいが使う砂鉄は厄介よぉ。色々形は変えられるんだけど、主に剣と盾が多かったかしら。他にも砂嵐のような竜巻も起こせるし、あのじじいに攻撃するのはかなり難易度が高いわね。ただ、私が許せないのは、あの盾、分割して鏡になるのよ。それで、その鏡を使って、覗いてきたんだけど、私のを覗いた瞬間、ゲロ吐いたのよ。ゲロ。もう最悪だったわ・・・。」
その後は延々あの老人の愚痴ばかり書いてあったので特に覚えてはいないけど、何で、私の周りってこんな上級者向けの変態ばかりが集まっているのかしら?
ネコ姐さんの手紙によれば、この老人の砂袋が空になれば勝機はあるそうだけど、結構ぎっしり入っていて、それまで持ちこたえられないだろうという心配をした。
鏡のように反射する板が私の真下に来るのを避けながら攻撃も躱さないといけないのが大変だった。
私はまだ攻撃を一発も当ててはいないどころか攻撃に転じてもいない。
避けて防ぐ事に体力を奪われていき、剣の攻撃を防ぐのが難しくなってきた。
そして、老人は懐から出した砂鉄を広範囲にばらまいた。
すると風が吹き始め、砂鉄がその中を恐ろしい程の速さで回り出した。
この「砂嵐」は私が逃げるよりも早く私を飲み込んだ。
風が強く、砂が目に入り全く身動きが取れない。視界も悪い上に目を開けている事も難しく、こんな時に剣でも打ち込まれたら、一瞬で死んでしまう事必至だ。
ここから脱却する方法を必死で考えた。
でも逃げるどころか、動く事すら出来ない状況で一体何が出来るのだろう。
これこそ「絶体絶命」の危機だ。
今度ばかりは考える事を止めそうになった。
「おい!真帆!諦めてんじゃねぇぞ!!」
えっ!?今どこかから神様の声がした。
目を手で覆いながら、ゆっくりと周りを見渡した。
横には神様がいた。
「えっ?神様何でここに?」
「俺は『念』だよ。さっきお前の襟元にこっそり『神の念玉』を付けておいたんだ。ありがたく思え。」
「恩着せがましくしてくれてありがとうございます。」
さっき背中のゴミを取る振りをして・・・。一瞬でも見直した私が馬鹿だった。
「で、実際の神様はどこにいるんですか?」
「実体はもっと先で恐ろしく強い奴と戦ってんだ。お前があいつらを引き寄せてくれたから早く行く事が出来たぜ。礼を言う。」
「あ、いえ。どういたしまして。ところで、ここをどうやって切り抜ければいいんですかね?」
「俺に任せろ。良い考えがある。」
嫌な予感しかしなかったが、ここは神に縋る思いで聞き入れる事にした。
まず最初に眼の力を使ってこの暴風の中心を探した。
出来るだけその中心に近付き、さっきよりも動きやすくなる。
予想していた通り、何十本もの剣が打ち込まれた。
私は簡単に避ける事が出来た。
神様が言うには相手もこっちが見えていないのだと言う。
「場所がわかってたらこんなに多くは投げ込んでこねぇからな。」
そして、私は少し色気を出した声で悲鳴を上げた。
すぐさま風が止まる。
「あーん、もう風でスカートがめくれちゃーう。」
私は恥ずかしさを必死で堪え、演技を続けた。
仕方ないからパンツもチラと見せてやった。
色呆け爺さんは「ほほーう!」と、何やら興奮した様子で懐から更に多量の砂鉄を出した。
今度はもっと大きな竜巻のように激しい砂嵐が私を飲み込んだ。
「神様ー、今度こそ無理です・・・。こんな強い風じゃ・・・ペッ、砂が口に入った。」
「大丈夫だー。今度のは強いだけで精度は落ちてる・・・ペッ、俺も入った。」
私は神様の言葉を信じた。
確かにさっきよりも空気や砂の量にばらつきがある。さっきの方がよほど動きにくかった。
この暴風の中心に行くのも大変ではなかった。しかし、私は別の心配をした。
また、あの「演技」しないといけないんだろうなぁ。やだなぁ。
今度は前回よりも更に大量の剣が多方向から投げ込まれて来た。
しかし、方向が相当バラバラで、この近くに来たのはせいぜい三本程度だった。
私は「またやるんですか?」と嫌そうに神様に聞いた。
神様は「当然だ。」と強くはっきり今回の「演技」を指導してきた。
私はさっきよりももっと色気のある悲鳴を上げた。
もう盛りのついた犬や猫にしか聞こえないのだと思うのだけど、これであの変態老人は興奮しまくりだった。今回もすぐさま風が止んだ。
「ああーん。下着の中まで砂でいっぱーい。お風呂入りたーい。」
私は恥を耐え忍びながら、歯を食いしばりながら胸の大きく開いた肌着に近いこの服の襟元を掴みパタパタとあおいだ。
今回も仕方なくブラをチラと見せてやった。
変態老人は「ふぅひょほー!」「わしょーい!」などともはや奇声に近いこの奇声を上げて興奮も最高潮に達していた。
老人は懐から砂袋を出し、その中にある全ての砂鉄を撒き散らした。砂はどんどん舞い上がり、私の頭上には大きな黒い雲が出来ていた。
「か、神様ー。どんどん酷い状況に追い込まれてる気がするんですけどー!!」
「大丈夫だー!俺を信じろーー!わしょーい!」
きっと神様、私の・・・見たな!
私は神様に対する苛立ちと頭上にある恐怖とを同時に向き合っていた。
風は既に爆風となっており、少しでも飲み込まれたらこの体はたちまちバラバラになるのは目に見えていた。
更にこの老人は今までで一番多くの剣を作り出し、私がこの雲に呑み込まれるのを舌なめずりしながら待機していた。
爆風を伴う黒い雲はすぐ私の上にまで迫ってきた。
「今だーーー!その石をあのじじいに向かって投げろーーーーーー!!!!」
私は言われた通り、襟に付いていた石を変態老人に向かって投げつけた。
石は吸い込まれるように老人の胸に付き、段々膨れていった。
ある程度大きくなると周りの空気の流れが変わり次第に私の方から雲が離れ、老人の方へと向かっていった。
老人は何が起こっているのかわからなかったが、私にはあの石が強い磁気を放っていくのがわかった。
そのうちに老人が作り出した剣も老人の方へ向きを変え、雲に呑まれていきながら大量の剣が老人に向かって一斉に刺さりに行った。
風は少しずつ治まっていき、最後には大きい鉄の塊だけが残った。その鉄もそのまま地面に落下していった。
石が老人に付く直前、神様からの声が少し聞こえてきた。
「俺が出来るのはここまでだ!後は自分の力で乗り越えろよー。」
私に取ってはここからが本番だ。本当の覚悟だ。
私は気合を入れてまた「縄柱の核」へと向かっていった。




