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記憶の花と悪魔の神様  作者: うさぎ荘
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第十二話 「決断という名の出発準備」

私は神様に言われた通り、「記憶の花」の方角を見た。


「えっ、もう花が咲き始めてる・・・。」


「思ってたよりもかなり早いぞ。明日の夕方には咲くだろうな。」


「えっ、じゃあ、もう早く行かないと・・・。」


「いや、今日はまだ大丈夫だ。だが、急がないとな。」


神様は懐をもそもそと何かを探し始めた。


「ほら、これが最後の神具だ。」


「何ですか?この白い羽は?」


「これはな、『羽ばたけ!天使ちゃん。』と言ってだな・・・。」


「何ですかその名前!?何かの商品名ですか?どこかのお店で売ってるんですか?それにダサい!本当にダサい!」


「そうかなぁ?俺が命名したんだが、純粋で可愛い感じがするだろ?」


「ビジネスの匂いがプンプンします。量産して売りまくる気ですか?天使ちゃんから無理矢理むしり取る姿が容易に想像できますね。」


「そうか?まぁ、この羽は天使じゃなくて白テングのクロちゃんからもらったもんなんだけどな。」


「白なの?黒なの?どっちなんですか!?ややっこしいなぁ。」


「まぁそれはそうと、これを背中に突き刺してみろ。」


「えっ、痛いですか?」


「ちょっとな、ちくっとするが、俺が差してやるよ。」


「優しく・・・してくださいね。」


私は悲鳴を上げた。


もう貫通するくらい思いっ切りぶっ刺された。


「何ですか?乱暴に!私が見てるサスペンスドラマでもこんな刺す人いないですよ?」


「よし、じゃあ行くぞ。」


「えっ、行くってどこにですか?」


「まぁ、目をつぶれ。」


私は目を閉じて、すぐにまた開けるよう言われた。


「えっ・・・ここって・・・。」


「着いたぞ、天国だ。」


「完全に瀬戸内ですよね・・・?思いっ切り近場・・・。」


「しょうがねぇだろ。俺これ以上遠くに行けねぇんだからよ。」


「そうなんですか?おばあちゃんに封印解いてもらったのに?」


「あいつ結構ガサツでよ、封印の札剥がす時、勢いよく剥がすもんだから綺麗に剥がれなくてな。」


「あぁ、確かに扉の下あたりになんかこびりついてますよね。あれ、お札の跡だったんですね。」



「もしかして、『記憶の花』があるのもここなんですか?」


「よし!じゃあ準備始めるか。」


「おい、こらー!話そらすな!」


ついお下品な言葉を使ってしまった私だったが、気を使ってこれ以上追求しないようにした。


私達は今、瀬戸内全体を見渡せる海に一際近い山の上にいる。とても綺麗な見晴らしで普段は嗅げない海の香りも、私をワクワクさせた。


そんな所から勢いよく神様に蹴落とされた。


私は一瞬、何が起こったのかわからなかった。

背中・・・腰のあたりがとても痛い。


きっと神様に蹴られたのだろう。


眼下には大小様々な岩が転がっていて、当たればもう体はぐちゃぐちゃになってしまうだろう。


あんな高い所から落とされるなんてサスペンスドラマみたい、とハラハラしていると神様の声が聞こえてきた。


「早く羽広げないと大変な事になるぞー!」


「どうやって広げればいいんですかぁー??」


「眼だー!眼を使えー!」


「わかりましたー。」


なぜか私はこんな状況でも冷静だった。


悲しい事に私は神様に何をされても驚かなくなっていた。

完全に麻痺してるな。


私は眼に神経を集中させ続けた。

すると私が羽ばたく姿が見えてきた。


今度は全神経を背中に集め、羽が生えてくるイメージをした。


岩がかなり目前に迫っていた。

私の背中から白くて綺麗な羽が飛び出し、大きく広げていく。


向かい風に乗り、ぐんぐん上昇を続けた。


「神様ぁー、やりましたよー!」


山の上に向かって叫ぶが神様の姿は見えなかった。


「かなりギリギリだったな。肝冷やしちまったじゃねぇか!」


神様の背中からは黒くて大きな羽が生えていた。


私は神様の事が大好きになっていた。


口は悪いし、適当な事ばかり言うし、顔も悪魔みたいに恐い。


だけど、いつも私を影から支えてくれて、何かと気にかけてくれている。


きっと祖母は神様に惚れてただろうな。

女の勘でわかる。

そう思いながらふと神様に初めて出会った時の事を思い出した。


あの時の、とても優しい表情、きっと神様も祖母の事が好きなのだろう・・・今でも。


何か悔しい、って気持ちとやっぱり祖母には勝てないなぁ、という清々しい程の敗北感を抱きながら私は飛んでいた。


程なくして羽ばたけるようになり、方向転換、旋回の仕方まで覚えた。


神様に褒めてもらいたくて、どや顔全開の笑顔を見せた。


だけど神様は「あいつはもっと上手く飛んでた。」と言っただけだった。


祠まで戻ってくると、ネコ姐さんが待っていた。


私は嬉しくなってネコ姐さんの所まで駆け寄った。


その瞬間、目眩のような感覚の後、昨日まで毎日見てきた夢の映像が眼前に広がった。


私はその場でうずくまって頭を抱えた。


「真帆ちゃん!大丈夫?」


心配しているネコ姐さんの声だけが聞こえているものの、目の前は全く違う風景が見えていた。

また昨日とは違う場面から始まったのに、結局結末はいつもと同じ事になってしまった。

私はこれは夢ではなく、この眼の力によるものだと気付いた。


これは私の未来なんだ。

どんな方法を使っても逃れる事は出来ない。


私に課された過酷な運命なのだ。


選択肢は二つ、受け入れるか受け入れないか。


こんな重い事、今すぐに決める事なんて出来なかった。


「今日はもう休みましょ。最後に剣の練習しておきたかったけど、こんな状態じゃ、何も身に付かないわ。」


私は「いいえ、やります。やれます!」

と伝えたものの、ネコ姐さんには聞き入れてもらえなかった。


「じゃあ、あんた、何で泣いてんの?とにかく今日はもうないわ。明日最後の仕上げをするとしましょう。」


私は泣いてる事にも気付かなかった。


二人に無理矢理祠へ押し込まれ早めの就寝をした。


飛び疲れなのか、意外とぐっすり眠れた。


頭も少しすっきりしている。


私の枕元には二本のみかんジュースが置いてあった。


昨日、二本拝借した事はバレていた。


でも釈然としないのが、私が一度に二本飲む女だと思われている事だった。


ま、飲んじゃうけどね。


神様の無言の優しさが胸に染みながら外に出て、風に当たった。


今日は誰も出て来ない。


最後くらいは自分で決断しろ。

という事なのかもしれない。


私は夜空の星々を見上げながらずっと決断に迷っていた。

こんな時、祖母ならどうするだろうか。


きっと答えは一つだろう。


私も祖母みたいに強かったらこんなに悩まなくてもいいんだろうなぁ、と考えていると、祠の扉がゆっくりと開いていった。


しばらく様子を見ていると、中から長い黒髪の女の人がそーっと歩いて出てきた。


「えっ!?おばあちゃん?」


後ろ姿だけしか確認できないが、あの長くて綺麗な髪、それにおばあちゃんの着ていた着物と柄が同じだった。


「おばあちゃん!?・・・じゃないよね?頭に角生えてるし・・・。」


その人は私に向かって振り向くと、ニカっと笑った。


それは紛れも無く神様だった。


「何やってんですか・・・?」


私は冷ややかな目線を神様に浴びせた。


すると神様は浮かび上がり、私の頭上まで浮遊してきた。


「わらわは美津子じゃよ。覚えておるかえ?」


「全然似てない。それにおばあちゃんそんな話し方じゃないし。」


「それはそうと、お前さん、何か悩んでいるのかぇ?」


「まぁ・・・そうですね。」


「言ってみないかぇ?」


「絶対その『かぇ』が気に入って言いたいだけですよね?・・・。」


「ん?言わんのかぇ?」


「・・・。」


「かぇ、言ってみないのかぇ?」


「・・・。」


「てめぇ、こっちがこんな恥ずかしい格好して『かぇ』まで言ってやってんだ!何とか言ったらどうだかぇ!?ああかぇ?・・・ヤベぇ癖になりそうかぇ。」


「もう、設定崩壊してるじゃないですか・・・。」


私は一拍置いてから優しく神様に言った。


「でも、ありがとうございます。確かに今悩んでいる事はあるんですけど、これは自分自身の問題ですから。」


「そうか、そういうもんか。じゃあ勝手にしろ・・・かぇ。」


「神様って口は悪いですけど、優しいんですよね。私、神様と会えて嬉しいです。幸せだなぁ・・・。」


「な、何言ってやがんでぇ、ば・・馬鹿野郎だな、そういうのは瀧とかいう好きな男に言ってやれかぇ。」


「何で江戸っ子風?・・・はい、そうですね。もしも神様に食べられなかった時は、勇気を出して言います!」


「まぁ・・・そうだな。お前が何考えてるかわかんねぇけど、お前がどんな答えを出したって俺は全力で陰ながら支えてやるよ。」


「そういう格好良い事言わないでくださいよ。惚れちゃったら責任取ってくださいね!でも本当にありがとうございます。」


神様は照れ笑いをした後、大きなあくびをして山を下り始めた。


「明日は早いんだからもう寝とけ。」


「はい!」


長い髪のかつらと女物の着物を着た変態神様は、「何で俺がこんな格好を・・・」と、愚痴をこぼしながら祠に戻っていった。


ふと祠の方を見ると扉が静かに開いていくのが見えた。「お疲れ様、良かったわよ。」と、神様を労う声が聞こえた。


私は「嬉しい」よりも適切な、この言葉に言い表せない感情を言葉にしたくてたまらなかった。


翌日、早朝、一番初めに起きたのは私だった。


皆を「いつまで寝てるんかぇ!?」と激しく揺さぶりながら起こす。

「かぇ」は使ってみると、意外と楽しい事がわかった。


とてつもなく迷惑そうな顔をされながら外に出て、今日の作戦会議に入る。


「記憶の花」の位置や敵の数、作戦決行時の流れを説明された。


私はこの作戦の中にネコ姐さんの事が出てこなかったので聞いてみた。


「何でネコ姐さんはこの作戦の中に加わらないんですか?私よりも強いし、頼りになるのに・・・。」


「あぁ、言いにくいんだが・・・、実はおネコは痔が酷くて・・・。」


「殺すわよあんたぁ!高所恐怖症だからに決まってんでしょー!!」


「あぶねーから鎌振り回すなって!空気が重かったんだからこのくらいの冗談言わしてくれてもいいだろ!」


「ネコ姐さん、落ち着いて!まずはバランスの良い食事から・・・。」


「あぁんたも乗っかってんじゃぁないわよぉーーー!!」


ネコ姐さんいじりが意外と楽しい事に気付く。また楽しい遊びを覚えてしまった。

今度瀧君に応用してみるか。


それからの三人は笑い合った。

決戦前の異様な空気が私達をそうさせた。


そして、最後の仕上げにネコ姐さんと剣の練習をした後、神様から着替えるように言われ、祠の中に入っていった。


しばらく経っても私が出て来ないのにしびれを切らし、

「おぉーい、終わったかぁ?」と煽ってくる。

私は「終わりましたけど・・・。」と渋る。


「早くしろー。時間ねぇんだからー。」


「で・・でも・・・。」


「でも、じゃねぇ。早く出てこい!」


「だけど・・・。」


私は結局神様に扉を無理矢理開けられ、腕を捕まれならがら、外に引っ張り出された。


「おおぉーー!」


「そ・・そんなジロジロ見ないでください・・・。」


「いいじゃねぇか、減るもんじゃなし。」


「やっぱり私が仕立てただけあって、似合うわぁ。」


「で・・・でもこんな格好で戦うんですか?」

「あぁ、全身鎧じゃ飛べないからな。その方が機動力があっていい。」


「まずこのサンダルってどうなんですか?踵は付いてますけど戦うのに不向きじゃ・・。」


「別にずっと空飛んでるんだから、問題ないわよ。」


「じゃ、この膝下に黒い帯みたいのが巻き付いてるのは・・・。」


「あら、それは見た目がいいからよ。足が長く見えて素敵よぉ。」


「そ・それだけじゃないですよね。足が長く見えるの・・・こんな丈の短いスカート初めて履きましたよ。ちょっと動いたらすぐ見えちゃうじゃないですか・・・。」


「あなた足の線綺麗なんだからもっと見せていくべきよ。それにその羽織ってる薄手の袴の丈が長くなってるんだからパンツなんて見えないわよ。」


「まぁ、急降下しなければだけどな。」


「この変態神様野郎!いつか私がまた祠に封じ込めてやる!」




「その衣装、結構作るのに苦労したのよ。腰のあたりとか絞ってあるから、体の線が強調されて凄く良い色気があるわぁ。」


「こんなに必要なんですかね?色気って、上もおヘソが見え隠れするくらい短いし、谷間だってこんなにぱっくり空いてるし、袖ないし、もう肌着じゃないんですか?」


「そういうのが将来流行るのよ。先取りよ、先取り。」


「何年先を先取りするんですか?私が生きてるうちは絶対流行らないですよ。」


「まぁ、でも似合うからいいんじゃねぇか?」

「私、神様の後ろ飛びますからね、私の後ろ絶対に飛ばないでくださいね!」


「まずは飛ぶ準備から・・・。」


「絶対に後ろ飛ばないでくださいね!」


「わかった、わかった、うるせぇなぁ、じゃあ行くぞ。」


私達は裏山を登り「記憶の花」の位置をもう一度確認した。


「そうだ、これ、お前に渡しとかないとな。」

「これって・・・いつかの神様が少しずつ溜めてた『アレ』ですか?」


「おい!ちゃんと両手で持て!・・・だから指先だけで持つなって!汚くねぇから!布に包まなくていいから、直で大丈夫だって!あぁ!もう焦れってぇなぁ!」


「真帆ちゃん、私はここまでしか一緒にいてあげられないから・・・それじゃ、気を付けてね。あとこれ、向こうに近付いたら読んでちょうだいね。敵の事が書いてあるから・・・ホントに・・・あんたといると・・・すっごく楽しかったわ・・・。また会いましょう。」


「ネコ姐様・・・また女への厳しい特訓・・・お願いします・・・。」


私達は泣きながら抱き合い、別れを惜しんだ。

ネコ姐さんの強い抱擁が、今回の事がどれ程過酷なのかが伝わってきた。

「おし、じゃあ、そろそろ行くぞ。また目をつぶれ。」


「待ってください神様、お願いがあるんですけど・・・。」


「何だ?便所か?」


「さっき飲んだみかんジュースが漏れ出しちゃーう、訳ないでしょーが!」


「うっわ、キレがねぇな・・・。」


「そんなのどうだっていいんです。ここから飛んで行きませんか?私、前からこの町を上から見るのが夢で・・・。」


「あぁ、そんな事か、いいぞ。少し遠くなるが、ここから行くか。」


「はい!ありがとうございます!」


私と神様はそれぞれ白と黒の羽を広げ、周りの木々が揺れるくらい羽ばたき空へと飛んでいった。

私は町の上からの風景を楽しんだ。


誰もいない町。

畑も田んぼもあの日から何も変わっていない。


こんな寂しいところだけど、いつかまた活気が戻りますように、と私は願い、自分の選択肢が間違っていなかった事を証明するために「記憶の花」のある場所を目指した。


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