第十一話 「おネコという名の鎌イタチ」
朝、ぼんやり起きると目の前に神様が刀を持って立っていた。
私は一瞬心臓が止まった。
「な、何ですか!?そんな物騒なもん持って。私の体が目的ですか!?私、そんなに魅力的なんですか!?喜んで良いとこなんですか?」
「いいから早く起きろ!ホントに叩っ斬っぞ!」
私は目をこすりながら祠を出て裏山の中腹にある畑が兼広場に上がってみると、神様が刀を差し出してきた。
「ほらよ、これが二つ目の神具だ。」
「えっ、日本刀ですか?」
「あぁ、だがただの日本刀じゃない。この刀は『妖刀秋鮫』と言って・・・。」
「え・・・秋の鮫・・ですか?」
「あぁ、毎年秋になると鮫が北から南からやってきて押し合い、せめぎ合うというその勇ましさにあやかって・・・。」
「ちょ、ちょっと待ってください!それ、秋雨前線の話と混ざってますけど・・・えー、どこから突っ込めばいいんだろう・・・。」
「何だ?言いたい事があるなら言っておけ。俺に食われる前になぁ。」
「まず・・・それ秋鮫じゃなくて秋雨です。『雨』と書いて『さめ』と読むんです。秋に鮫はそんなにやって来ないし、北や南からやってくるのは高気圧で・・・。」
私は出来るだけ素直に訂正した。
神様は顔が真っ赤になっていた。
「そ、そんなの知ってるし・・・、ネタだし・・・。」
「完全に勘違いですよね?しかも何勝手に鮫の話でっち上げてるんですか?ちゃんと情報元確認もしないで、聞いたらすぐ女の子に格好つけて披露しちゃう人なんですか?」
「どうすんだよ!?もう磯っちに話しちまったじゃねぇか!」
「誰ですか?磯っち?知りませんよ。それより、この刀、『鮫』じゃなくて『秋刀魚』にしませんか?『刀』って漢字も入ってますし。」
「『妖刀秋刀魚』って何だよ!?格好悪いじゃねぇかよ!!」
「『冷凍秋刀魚』って言うのは・・・。」
「お前、もしかして・・・。」
「痛い痛い。顔掴まないでぇ。ちゃんとやりますから、もう修行するの嫌で時間稼ぎしないですからー。」
「わかりゃいいんだよ。じゃ、まずこの刀の説明するが、この刀はちょっと特殊でな、今まで何十人、何百人の人間を殺してきて、その血を吸い続けた刀で・・・。」
私は刀をペッと投げ捨てた。
「何してんだ!?」
「そんな気色の悪いもん、十代の純粋な女子に持たせないでくださいよ!」
「あぁ、悪かったな、純粋で純白、純潔なお嬢さんよぉ。まだ好きな奴と接吻すらした事ねぇもんなぁ。」
「ニヤニヤすんなー!この変態神様野郎!!鮫のくせに・・・鮫のくせにー!」
私は顔中真っ赤にしながら近くにあった石ころを拾って神様に投げつけた。
しかし、その石は神様に当たらず、神様の目の前に出てきた大きな「鎌」に当たり虚しく地面に転がっていった。
「おぉ!助かったぜ!おネコ。」
「どういたしまして。それより、『おネコ』って何よ?センスない名前ねぇ。」
「いいじゃねぇか、おネェで『ネコ』なんだからよぉ。」
私はびっくりした。
急に現れた二本の鎌を持ったイタチ顔というかイタチ?で長髪の・・・男子?いや、女子・・かなぁ?でも神様はおネェって言ってるし、オカマ??この妖怪もまた綺麗な柄の和服を着た妖怪って事にしとこう。
この妖怪が私の方を向いて睨みつけてきた。
「あんた、神ちゃんに石投げつけるなんて良い度胸ね。私がたーんとお仕置きしてあ・げ・る・わ・ね。」
体中を虫唾が走った。
その事を正直に言うと、おネコさんはカンカンになって私に敵意をむき出しにしてきた。
「あんた、ここを無事に過ごせると思わない方がいいわよ。ズタズタに切り裂いてやるんだから。」
「おネコ、まぁそう言わずにお手柔らかにしてやってくれよ。」
「いやぁよ、あの小娘をコテンパンにしてやんないと気が治まらないわ。」
「そこの小娘、あんたが放り投げた刀を拾いなさい。」
私は素直に刀を拾い上げた。
おネコさんの方を見ると、鎌を二つ持っていたので、私は疑問に思った事をただ、そのままに聞いてみた。
「おネコさんの鎌、格好良いですね。オカマだから鎌なんですか?」
おネコさんの顔色が変わってきた。
全身の毛が逆立ち、目つきも素人が見てわかるくらいの殺気を放っている。
神様が後ろからおネコを抑えた。
「っもうあったまきた!っもうあの小娘許さないわよ。っホントに殺してやるー!」
おネコさんはわめき散らし、私は「大人なんだからもう少し落ち着いていきましょう。」
と話しかけた。
ついにおネコは神様の胸を借りて泣きだし、神様もなだめるのに必死だった。
「とりあえずお前は黙っとけ!何もしゃべるな!」
なぜ私がここまで怒られなければいけないのだろうか、と少し頭にきたが、神様の忠告通りしばらく黙っている事にした。
神様は嫌そうな顔をしながらおネコさんの頭を撫でて、「まぁ、あいつも悪気があって言ってるんじゃねぇんだし・・・。」
と、ゆっくりとした口調で慰めている。
「キィーーー、無垢が憎い!若さゆえの無垢が憎いわぁ!それとも私の心が醜いのぉ?」
もう完全に迷走状態だった。
「みっちゃんの時は全然違ったのに・・・。あぁ、みっちゃんは覚えるのも早かったし、理解力もあって、何より私とウマが合ったのよねぇ・・・。」
「まぁ、しょうがねぇって、美津子が特別だったんだよ。今時のやつは大抵あんなもんなんだから、気にすんなって。」
私は全部聞こえていた。
そんな事言われたら私が気にするわ!と、腹を立てた。
「わ、私だって、覚えるの早いし、今ここで私が何をすべきか理解してるつもりです。勝手に祖母と比べて落ち込まないでもらえますか?私が物凄く劣っているみたいじゃないですか!?」
それを聞いて、おネコは泣き止んだ。涙は乾いていなかったが、止まってはいた。その目でこちらをゆっくり見てきた。
「言ったわね?」
おネコさんは鎌を両手に持って、落ち着いた状態で戦闘態勢に入った。
「刀、抜きなさい。」
私もこの緊張した空気に呑まれそうになりながらも落ち着いて刀を鞘から抜いた。
その日はボッコボコだった。
もう無残なくらいボッコボコ。
顔も体も傷と痣で埋め尽くされるくらいだった。
神様が「今日はここまで。」と言った瞬間、地面に崩れ堕ちた。
夜、気付けばまた祠の中にいた。
隣には私の本体が眠っていて、奥の方では神様がスヤスヤ眠っている。
体の傷は全て消えており、痛みもやっぱり残っていなかった。
今日は昨日よりも疲れていたのでぐっすり眠れそうだった。
しかし、今起きたのは変な夢を見たからだった。どこかぼんやりとしてはいたが、とても恐ろしい夢だった気がする。
私は夜風に当たる事にした。
外にはおネコさんがいた。山の中腹にある広場の隅に丸太が置いてあり、そこに座っていた。
「何してるんですかぁ?」
「ちょっと考え事・・・。」
今まで会った事のない感じの大人だ。
実は私はおネコさんに大人として、とても興味があった。
私は急いで祠の中に戻り、ガサゴソと物色を始めた。
中から大量のみかんジュースの缶が出てきた。
私はそれを二本ばかり拝借して、おネコさんの横に腰掛けた。
「ど・・どうぞ。つまらない物ですが・・・。」
「私、酸っぱいのあまり得意じゃないんだけど・・・、丁度喉乾いてたし、もらうわ。ありがと。」
なぜ祠の中に大量のみかんジュースが置いてあったのか、私はお供えした事がなかったので、しばらく誰のお供えだろうか思い出して、史香ちゃんがお供えしていたのを思い出した。
川之江家にはみかんジュース大好きな人がいるし・・・。
「あんた、好きな人いんの?」
「えっ?何を突然・・・。」
「だって、今その缶を見つめながら凄く遠い目をしてたわよ。『恋する女の瞳』だったわ。」
「何でもお見通しって感じですね。凄いです・・・実は・・・。」
私は瀧君の事を一通り話した。
こんな事、親友の麻友ちゃんでさえここまで話せなかったな。
「あんた、それ絶対好かれてるわよ。」
「えっ?そうですかね。でも瀧君、何考えてるかわからないし、あまり言ってもくれないし・・・。」
「それはあんたからも信号送んないと、向こうだって不安かもしれないわよ。他の男子にお菓子作ってあげちゃうとか。」
「えっ・・でも、皆お腹すかせてたし・・・。」
「な訳ないでしょ!男なんて皆、可愛い女の子の手作りが食べてみたいものなのよ。」
「えっ、私可愛いんですか?」
「そうね、まぁ上の下ってとこかしらね。ま、美津子ちゃんは上の上だったけど。」
私は何とも言えず、肩を落とした。
「でもその瀧って男の子はあんた自身が好きなのよ。だからあんんたのその軽率な行動見て絶対嫉妬してたんだと思うわ。」
「えっ!?男子も嫉妬するんですか?」
「あたり前でしょ!!嫉妬に男女なんて関係ないのよ!特に十代の男子は顕著なんだから気付けなきゃ駄目。自分の好きな子が他の男の子に愛想振りまいてるだけでも苛立つだろうに、ましてや手作りなんて、気が気じゃないわよ!ちゃんとあなただけが好きって、特別な存在だって信号を送らないとわかんないんだから。」
「うぅ、そうなんですね、私・・・信号送るべきだったんですね。反省します。」
「そうよ。今度会えたらちゃんと信号送りますなさいね。まぁ、でもあんたもちゃんと青春してるのね。あぁ・・・あんたの気持ちもわかるわぁ。その相手が何考えてるのかわからない時のモヤモヤ感、そんな時の相手の言動に一喜一憂しちゃうのよねぇ・・・。」
「そうなんです!普段何も言ってくれないのに、急にお弁当美味しいとか言ってくれるともうそれだけで生きてて良かったぁーって思うし、私といてつまんなそうな表情見るともう世界が滅亡を迎えたんじゃないかってくらい気持ちがドン底に落ちたり・・・。」
「っわかる!っわかるわぁ!」
「べ、別にそんな涙流す程の事話してないですけど・・・。」
「違うの、私も思い出しちゃったから・・・あんた結構話せるじゃない。」
「おネコさんこそ、もっと怖くてキツい性格の人だと思ってました。あ、あの、もし良かったらネコ姐さんて呼んでもいいですか?」
「いいわよ、真帆ちゃん。よし、決めた!私が真帆ちゃんを立派な戦士兼大人の女性に育て上げてみせる!」
「ネコ・・・姐・・・さん。」
私達は手を取り合いその後もしばらくおおしゃべりが続いた。
朝、神様が起きると祠の隅に二人が寄り添って、まるで姉妹のように眠っているのを見て、ドン引きしていた。
それからの私は真剣に修行に取り組んだ。
ネコ姐様の教えは厳しいけれど、とても勉強になる事が沢山あって、刺激をとても受けた。
「神様ぁ、やっとこの眼の扱い方がわかってきたわぁ。これ本当に凄いわねぇ!」
口調まで影響されていた・・・。
朝から夕方までは剣のお稽古、夕方からは女としての立ち振る舞いや作法も教えてくれた。
「真帆ちゃん、あなた和服すっごく似合うと思うわよ。本来はおっとりした性格してるし首も長くてうなじも綺麗だし、色気増すと思うわぁ。」
「もうー、ネコ姐様ったらぁ、お上手ぅ。」
神様は何か言いたげにしてたが、そそくさと祠を出ていった。
私はまたあの夢を見た。段々とはっきり見えるようになってきた。夢自体は全く同じではない。でも終わりがいつも同じなのだ。
私は少し怖かったけど、ただの夢だろうし、神様には話さなかった。
朝起きると神様は外にいた。
「記憶の花」がある方角を見たまま、ずっと動かなかった。
私は神様にどうかしたのか聞いてみた。
珍しく神様は焦っていた。
「こりゃあ急いだ方が良いみてぇだな。」




