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記憶の花と悪魔の神様  作者: うさぎ荘
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第十話 「美津子という名の昔話」

私は目を覚ますと祠の中にいた。


隣には鼻提灯を膨らませた私の本体が眠っていた。


何と呑気な・・・。


この部屋を見渡して、『間の世界』ではここがこんなに広かった事に気付く。


神様はいなかった。


疲れはすっかり取れていて、痛みも傷も服も元通りになっていた。


少し夜風に当たりたくて、外に出てみた。



裏山の中腹の畑がある原っぱに神様がいて何か丸い物をこねくり回していた。


私は見ていいのだろうか・・・と、どぎまぎしていたが、神様は私に気付いて、こちらの方を見ながら、よく寝れたか?と他人事のように聞いてきた。


私は「はい。」とだけ伝えた。


「何そこに突っ立ってんだ?こっち来いよ。みかんジュース飲むか?」


「・・・大丈夫ですか?」


「何がだ?」


「いやらしい事・・・してる最中じゃないんですか?」


「してねぇよ!あぁ、これか?これは俺の『異なる力』をここに溜めてるんだが・・・、おい!やっぱり、って顔すんな!仕事なんだよ!仕事!」


私は恐る恐る神様に近付き、体を強張らせながら隣に座った。


「ほらよ。」


いつもお供えしてる側なのに、神様の方から施しを受けるなんて・・・。



私は物凄く喜んだ。

何ならもう神様に恋しそうだった。


その様子を見た神様は、


「お前、みかんジュースくらいで、意外とチョロい女だな。」と、ケタケタ笑っていた。



夜の山から見る風景がまた綺麗で、月の光が眩しいくらいに注がれている。きっと、この光も「間の世界」ならではなのだろう。


その光に照らされながら飛んでいく虫の羽が月の光を反射して、目の前を無数の光の粒が右に左に飛び交っている様は元の世界では決して見る事の出来ない光景だ。しかと目に焼き付けておこう。


「綺麗・・・。」


私はそう小さい声でもらすと、神様は、


「美津子もこの景色見て同じ事言ってたなぁ。血筋ってあるんだな。」


「神様から見たおばあちゃんて、どんな人だったんですか?」


「美津子がこの『間の世界』に来た時の事、知りたいか?」


私は黙って頷いた。


声を出すと泣きそうなのがバレるから・・・。


私は今でも祖母の事を思い出すと泣きそうになってしまう。


周りにはどれだけ立ち直ってみせてはいても自分だけには欺く事など出来ない。忘れる事も出来ないし、今だにふと思い出して泣いてしまう事がある。


出来る事ならまた会いたいし、私以外の人から祖母がどんな人だったのか聞いてみたかった。


「今から六十年前、あの『記憶の花』の種を向こうの世界から持ち込んだ奴がいてな、最も育成に適した場所を探して、当時はまだ村だったこの町の土地が選ばれた。奴らはこの場所に植えるための環境を作り出すために雨雲を呼び寄せて大量の風と雨を使って土地を削り取ったんだ。当然ここの村の家や畑、田んぼに動物、

終いには人も流された。」


私は恐怖を感じた。


祖母が若い頃にそんな大変な事が起こっていたなんて、全く知らなかったし、聞いてもいない。


「だがこの家の周りだけは俺の力のおかげで被害は少なかった。だけど、村の半分以上が流されていくのを黙って見てはいなかったんだ、あいつは・・・。」


少し言葉につまりながらも神様は私のために話してくれた。


「あいつはこの厄災が起こる少し前に母親を病気で亡くしていた。更に運の悪い事にあいつの父親と婚約者がこの厄災の最中に川の氾濫を防ぐために、川の近くで土嚢を積む作業をしているところを流され、死んだんだ。」


私は顔が青ざめた。

こんな事思い出したくもないし、話したくもない事だと思う。


だけど私は子供の頃、よく祖母に昔の事をいつも聞きたがっていた。


この大好きな町や祖母の事をもっと知りたかったから。


私はこの続きを聞くのをやめようかと思ったけど、でもやっぱり聞く事にした。


「そしてあいつは俺のとこに来た。何度も何度も祈り続けてな。毎日雨が続いていて、ずぶ濡れになっても祈り続けるあいつを見かねて俺は祠を出たんだ。」


私は怒った。神様に対して怒りを全てぶつけた。


「何でもっと早く助けなかったんですか!?もっと早くに助けていればおばあちゃんは・・・。」


「仕方ねぇだろ。俺、祠の中に封じ込まれてたんだからよ。それに、もし出れてたとしても一対六で敵の圧倒的有利だ。誰か協力者が必要だったが、同時期に三人も肉親失ってる奴に頼めねぇだろ。絶対戦意喪失してるからな。」


「確かにそうですね・・・それで、おばあちゃんは戦えたんですか?強かったんですか?」


「あぁ、強いなんてもんじゃねぇ、六人中二人もあいつの力だけで倒したんだ。剣だって一日で覚えてたな。あの気迫は・・思い出しただけで鳥肌が立つぜ。」


「へぇー!おばあちゃん凄いですね!!知らなかったなぁ。」


「いや、あいつの凄いのはそこじゃねぇんだ。」


「これ以上に凄い事があったんですか?」


「あぁ・・・あいつな・・・全然泣かなかったんだよ。祠の前で祈ってた時からずっと・・・『私が泣いてたって誰も救われない。』って言ってな。多分、相当歯食いしばってたと思うぜ、ありゃ。」


私は何も言わなかった。

何も言えない。

だって、私と全然違うんだから。

私より辛い状況なのに、どうしてそんな前を向いていられるんだろう。

どうしてもっとその強さを教わらなかったんだろう。

すっごく悔しい。

でも私はそれを聞いても我慢が出来なかった。その辛かった時の事を想像しただけで涙が溢れてきた。


「そんで、激闘の末、俺達は勝ち、種も全部破壊したんだ。まぁ、あれだけ大きいのが育ってるって事はどこかに取り残しがあったんだろうが、当時は全て解決したと思ってたんだ。そしたら急にあいつ、泣きだしやがって。『何でもっと早く動きださなかったんだろう、何でもっと早く異変に気付かなかったんだろう、もっと自分に力があれば•・・。」って、大声で泣くもんだからなだめるのに凄げぇ苦労したぜ。」


私はそれに対して何も答えなかった。

もう涙が溢れすぎて何も答える事が出来なかった。


風が吹き、月の光に照らされた水滴がまるで宝石のように輝きながら隣に座っている神様の方へ飛んでいった。


それを見た神様は立ち上がり、眠くなった、と言って祠へと戻っていった。


最後に神様は「お前も早く寝とけ、明日も早いんだから。」

と言った後に小声で、


「お前は我慢しなくていいんだからな。」


と呟いていた。


きっと床に着けるまでにもう少し時間がかかりそうだ。


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