結婚葬送式
結婚式の華やかな会場。そこに蠢く噓達。私は主役。主役の私は綺麗に見えるよういつもよりも何重にもおしろいを重ねた。そう、その顔も嘘に塗れているのだ。一組、二組とやって来る来賓達に、幸せの笑顔を送る。
「来てくれてありがとう。嬉しい」
「うん、すごくきれい」
「似合ってるよ」
「おめでとう」
の声。
お世辞の数々。この会の間だけに通じる魔法の言葉。皆着飾った自分を別人だと思っているのだ。
「これからもよろしくね」
と私は応じる。
上司がやってきた。
「結婚おめでとう。これからも頑張って」
「はい、よろしくお願いします」
にこやかな職場の上司。新郎に「いい子なんで、よろしくお願いしますね」と挨拶をしている。新郎は、少し緊張の面持ちで、はっきりと返事する。
しかし、なんて嘘くさいのだろう。あなたが私を邪険にしていたことも、結婚後も仕事を続けるという私を誰よりも疎ましく感じていたことも知っている。顔無き陰口、表情に現れる嫌悪感、私は全てを感じていた。
「お幸せにね。本当にきれい」
「ありがとう」
にこりと笑う同僚の一人。
「結婚の先輩としていろいろアドバイスしてね」
まかせて、と満足そうに笑う彼女。だけど、あなたにアドバイスしてもらうことなんてないわと私は思っている。あなたが私にアドバイス出来るとすれば、結婚後の愚痴の吐き方くらい。独身なんだから、一人なんだから、と様々な雑用を押しつけてきた。そんな私を馬鹿にし続けてきたことも知っている。
だから本当は縁を切ってしまいたかった。うんざりしていたの。
「まさか結婚するなんて。よほどいい旦那さんなんでしょうね」
照れ隠しに笑う私。
「ありがとう」
「本当におめでとう。幸せになってね」
だけど、あなたは一年前、私を無視して、汚れたものを見るような視線を送ってきたの。私はあなたに近付くことすら恐怖したわ。あなたを友人として扱いながら、深い溝を眺めるようになったの。
私はあなたに傷付けられて、壊れた。
あなたは裏切り者。これからもずっと。同志だと思っていたのに。
大切な人は呼んでいない。大切な人は誰一人いない。ここにいる全ての者は、私の敵。私を作り出した全てが憎い。
お色直しの時間だ。司会のお姉さんが皆に伝える。
「では、ここで花嫁はお色直しとなります。その間お食事とご歓談をお楽しみください。今日は、新婦たっての希望により新婦お手製の飲み物が配られます」
弾けんばかりの作り笑顔に澄んだ声。その声と共に、来賓の方々の作る道を通り、扉の外に出た。扉が閉まる。
新郎はDV。飲み物が配られた後に退出予定。そして、……。
扉の前で、大きな拍手を浴びて微笑む私の歪んだ笑顔には誰も気付かなかった。おしろいに隠された笑顔の向こうが痛みに喜ぶのを感じた。
こんな結婚を祝福している全ての者が憎い。誰もが私の不幸を喜んでいるのだ。
第二の衣装は赤くに染まった深紅のドレス。復讐と呪いの黒い薔薇が胸元に飾られる。
次にこの扉が開く時、私は全てから解放される。