クリスマス・キャロル
しんしんと降る雪の中、一台のリムジンがまるでそこに見えない道路があるような滑らかな動きで、空を飛んでいた。
後部座席に座って、手にしたスマホの画面を見ていた金髪碧眼の美少女――サンタ・ルチアが、
「――へえ」
と、小さく呟いて微笑んだ。
「なにか楽しいことでもございましたか、お嬢様?」
運転席でハンドルを握る赤いセルフレームの眼鏡をかけたスーツの青年――マネージャーの戸中井が、ちらりとルームミラー越しにルチアの表情を確認する。
「ええ。アーカディアに行った東條遊馬さんなんだけれど、随分と異世界を満喫しているみたいだから」
「ほう」
「なんかもうハーレム築いているみたいね。そりゃまあ、イケメンだったらからモテるのは予想できたけど、初日に女の子四人と行動をともにするとか、リア充もいいところじゃないかしら?」
「それは凄い」
「なんかもう、フィーナも完全にデレてるし……あれは完全に一目惚れよねー」
妹を心配する姉のような、軽くやっかむような口調で唇を尖らせるルチア。
分霊というのは、基本的な性格・嗜好はルチアのコピーなのである意味自己紹介乙なのだが、そこらへんにツッコムほど戸中井は野暮ではなかった。
「その後もナチュラルに女の子を増やしているし……まあ、あの王女様に万能薬を使ったのはナイスな判断だし、そうしなかったら軽蔑していたところだけど」
「左様でございますね」
「その後も普通にハーレムルートを選んでいるけど、万能薬以外は特にアイテムやスキルを使わずに素の状態で慕われているんだもの、どんだけ主人公なのよ」
「ほほう。奪取スキルは使用していないのですか?」
実際のところ、ルチア以外のサンタがクリスマスプレゼントとして異世界転移や転生を行っている例は少なからずあるし、その際に『異世界でハーレム!』という希望も割と多い。
だが、アイテムやスキル、或いは財力など使わずに素の魅力でそれを行える例は極少数である。
「少なくともスキルで恋を奪ったとかはないわね。まあ、まだレベル一だし、できるわけもないけど」
ちなみに奪取スキルは、レベル1では物質を奪うだけだが、レベル2になるとエネルギーを直接奪えるようになり、レベル3になると精神や他人のスキルなどを奪うことが可能になり、レベル4で『概念』を奪うことが可能になる。
「たいしたものですな」
「本当にね。フルミネ村で流民の女の子を助けて旅の仲間にしたけど、この子は魔王の血を引く半魔族だし、いまはオルフェーヴルの街でドワーフの娘と縁ができたみたいだし……ほんと、どこまで行くのかしら」
どこか羨望を覚えるルチアの口調に、戸中井は軽く目を細めた。
「そうですね。今晩の仕事が終わって、余裕ができれば一度あちらの様子を見に行くのもいいかも知れませんね」
「……そうね。フィーナがちゃんとやっているか気になるし」
「では、まずは今宵のクリスマス、しっかりを励んでください、お嬢様」
「わ、わかっているわよ!」
しんしんと舞い落ちる粉雪の空を、世界各地でサンタクロースたちが駆け回っていた。
今宵はクリスマス。
聖夜は等しく人々の上に舞い降りていた。
これで終了です。