第七話 ブラッディ・サンタクロース
迫る悪徳奴隷商(推定)の馬車と、追いすがる人相の悪い盗賊団(偏見)を前に、遊馬・フィーナ・エレナの三人は裏街道の手前にある森の中で円陣を組んで作戦会議を開いた。
「俺の親父が言ってたんだが、チンピラやヤクザは兵士や武道家と違って、殺すか手足の骨を折らないとダメージというのを理解できないらしい。だから、相手をする時には半端な攻撃じゃなくて、殺すつもりでないと玄人でも往々にして反撃されて負けるらしい」
「ゾンビみたいですねー」
「殺しましょう。盗賊は見つけ次第処分するのが暗黙の了解ですから、退治しても問題になることはありません」
遊馬の言葉に即座に剣呑な手段を提示するエレナ。
「……やっぱりそうなるか。じゃあ、奴隷商の方はどうなる?」
「微妙なところですね。未登録の奴隷商、もしくは国で定められた奴隷以外の人身売買をしているのでしたら重罪ですので、その場で断罪されても問題はありませんが」
「奴隷ってそもそも人身売買と違うんですか? アンクル・トムみたいに」
軽く眉を顰めて首を捻るフィーナ。
相変わらず片言ながら、奴隷ってなに? と訊かれたらしいと判断したエレナは、なるべきわかりやすいように、単語で区切りながら答えた。
「そのトムなる人物はわかりませんが、我が国では奴隷は犯罪奴隷、戦争奴隷、債務奴隷の三種類しかいません。他国で見られるような、生まれながらの子孫奴隷は認めていません。あくまで個人がなるもので、それも一定期間の労働や対価、返済が完了すれば解放されます」
それから一転して、後ろめたそうな顔で付け加える。
「ですが、どこにでも下種な人間はいるもので、非合法の……多くが農村部から攫われた幼子や少女、場合によっては口減らしのために親が売るなどして、奴隷にされた者が金持ちや好事家の性奴隷などにされる例もまた後を絶ちません」
「どこの世界も変わんないなぁ」
「ひどい話ですね、ご主人様」
うんうん頷いて相槌を打つフィーナを不思議そうにエレナが見た。
「卒時ながら、フィーナ殿はアスマ様を『ご主人様』と呼んでいますが、どのような関係――あっ、ご夫婦でしたか」
「いやいや、違うから!」
お前もなんとか言え、と遊馬がフィーナを肘でつついて促すが、当人は腕組みをして考え深げに答えた。
「まあ、一生面倒を見てもらった、扶養していただくので、たいして変わらないかも……あ、でもエレナさんが将来正妻を目指されるのなら、その時は半分こですね」
「むう、半分か……私の座右の銘は『戦いは常に全力』なのだが」
日本人的な折衷案を出すフィーナに対して、難しい顔で考え込むエレナ。
「をい、何の話をしている!?」
そんな馬鹿な話をしている間に、目の前の道を巨大なモルモットのような動物に引かれた馬車(?)が通り過ぎていき、それに追いすがる盗賊たちが、ダチョウみたいな鳥に乗ったまま矢を射かけた。
「……なんだあれは?」
「改良された魔物で、荷馬車を引いているのが〈大齧鼡〉で、人を乗せているのが〈騎鳥〉ですね。アーカディアでは割と一般的な庶民の足です」
「たまげたなぁ」
はじめて異世界らしいものを見たなぁ、と感動する遊馬。
見る間に追いつかれた馬車というか、獣車は寄ってたかって盗賊たちに蹂躙され、御者や数人の用心棒らしい男たちが、次々と剣や槍で貫かれて地面に倒れ伏す。
「行きます!」
遊馬が止める間もなく、エレナは抜き身の剣を構えて駆け出した。
「お、おいっ」
慌てて遊馬もその後を追いかけるが、『俊敏』に差があるのか、あっという間に引き離されてしまう。
「ありゃ、もうたどり着いてますね。困りましたね~、混戦になると酸欠技は使えませんから。あれって加減を間違えると脳に深刻なダメージを残すんですよ」
その隣を涼しげな顔で併走するのはフィーナである。
さすがは風の精霊というべきか、足取りも軽く余裕が感じられる。
あれ? もしかして俺が一番のお荷物!?
そこそこ体力や運動神経に自信のあった遊馬だったが、異世界チートどころか足手まといの状況に密かに落ち込むのだった。
と――
「なんだお前ら!?」
「女か?」
「おおう、上玉じゃないか!」
「あっちの髪の長い方も極上だぜ」
「なんか軟弱そうな野郎も付いてきてるな」
「うほっ、いい男!」
長剣を構えて一直線に向かってくるエレナと、その後に続く遊馬とフィーナを見て一瞬、警戒を見せた盗賊団(ほぼ確定)だが、相手が若くて美貌の少女ふたりと少年ひとりと見るや、途端に油断しきった顔で、口々に好き勝手なことを口に出す。
その野卑な言動と目付きに、エレナとフィーナは眉を顰め、遊馬は最後の台詞にお尻がキュッとなった。
「どうやら手加減をする必要はないようだな」
「ですねぇ」
剣呑な笑みを浮かべたふたりの少女――エレナが長剣を一振りし、フィーナが掌の上に小型の竜巻を生み出す。
「あん? 何を言ってやがる」
そして、虐殺がはじまった。
◆ ◇ ◆ ◇
鍋からグツグツと良い香りが漂ってきた。
野生のハーブと荷台にあった塩と調味料とで味付けをして、小枝を削って作った即席のオタマで念入りに灰汁取りをする。
手馴れた仕草で鍋をかき混ぜていた遊馬は、こんなものかな? という感じで軽く小首を傾げると、快活な笑みをふたりの奴隷に向けた。
「これで、特製タヌキ汁ができ上がりだ」
異世界でタヌキ汁作るとかシュールだなぁ……と思いつつ、念のために周囲を警戒していたエレナにも声をかけて、簡単に地面を掘って作った竈を囲む形で、適当な石や倒木を椅子代わりに腰を下ろすように指示を出す。
現在の時刻は午後5時。目測では陽が落ちるまであと1時間というところだろう。
人里で食べる分には夕食には少々早いが、野宿ともなれば明るいうちに火を起こした方が良いので、このくらいの時間が適当なところになる。
本当なら、当初目当てにしていたフルミネ村を目指すべきだったろうが、盗賊団の処理と皆殺しにされていた奴隷商の後始末など、やることが多くて結局は半日棒に振る形になり、さすがに血に塗れた場所で一夜を明かすわけにもいかずに、少し離れた場所まで獣車を引っ張ってきて野宿をすることになった。
ちなみに準備は分担で、遊馬が手頃な石で竈を作り枯木を集めて火を起こしてる間に、フィーナとエレナが周囲の安全を警戒しつつ、そこいらに生えていたキノコや野草・山菜の類を集めるという形になった。
あとは手持ちの携帯食を使って……と思っていたが、幸い近くに食用できる鎧狸がいたので、これを投げナイフで遊馬が仕留めてレパートリーに彩りを添えることができた。
その間、警戒してか怯えてか、お互いに身を寄せ合っていたふたりの女の子――ひとりは背中に純白の翼を持った金髪の『天使族』の十四~十五歳の清楚な美貌の少女と、もうひとりは尖った耳をした緑色の髪の快活そうな十七~十八の『妖精族』の娘であったが、温かい火と汁物の匂い、見たことのない三角形のオニギリを前に、興味と空腹が勝ったらしい。
「タヌキ汁はお代わりあるけど、オニギリはひとり一個だからな……つーか、思いっきり動物性タンパク質だけど、いいのかな?」
インド人は牛は食わない。アラブ人は豚を食わない。天使族は殺生を嫌い。妖精族は菜食主義者……そんなふうに思っていた時期が俺にもありました。
「どうしました、ご主人様?」
競うようにして残っていた八個のオニギリを二個ずつお腹に収め、タヌキ汁も最後の一滴まで飲み干して、心なしか満ち足りた様子で寝転がっている美少女四人を前に、自分の分のカロリーの友をボソボソ食べながら、遊馬は遠い目をして述懐した。
「なんでもない。それよりも、そろそろ自己紹介してもいいかな、そっちのふたりも?」
促されて、フィーナに貰ったサ○マ式ドロップスを口に入れて、幸せそうな顔で頬張っていた天使とエルフのふたりが居住まいを正して、お互いに顔を見合わせた。
その首には無骨な首輪が付けられている。
「そう……ですね。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。そして、助けていただいたことに感謝いたします。わたしは天使族十六支族クルアーンに連なる者でソフィエルと申します。どうぞ、ソフィとお呼びくださいませ」
折り目正しく天使が頭を下げると、エルフ娘は仕方ないという風にぶっきら棒に答えた。
「あたしは見ての通り妖精族で冒険者をしている、“春の通り道”――ウィアって名で通している」
「――ふぅん。あ、俺は東條遊馬。トウジョウが姓で、アスマが名前だ。出身はこの世界ではなくて地球って異世界になる」
「私はご主人様に仕える風の精霊――こっちの世界だと下級神扱いになるのかしら?――のフィーアです」
「私は元ユベントス国の王女で姫騎士などと言われたエレオノーラ・ジーナ・クレメンティだが、いまはアスマ様を主と仰ぐ一介の騎士に過ぎない」
ふたりに併せて、遊馬たちも挨拶をした。
「「「「「…………」」」」」
しばしの沈黙ののち、全員の問いが唱和した。
「「「「「あなた方、どういう関係のどういう集団なんですか?」」」」」