第六話 万能薬・エリクサー
転がっている黒装束の男たちを身包み剥いだところ、ナイフや短剣、銀貨や銅貨、携帯食のようなものの他に、毒だの解毒剤だのワイヤーだのがでてきたので、とりあえず遊馬はワイヤーを使って手足の親指同士を結びつける特殊な縛り方で拘束した。
「特殊な縛り方っていうので亀さんかと期待したんですけどね~」
微妙に残念そうな顔のフィーナ。
「お愉しみはあっちですか?」
視線が、肩で息をしながらその場に踏ん張っている美少女騎士へと向かった。
「――ッ!」
なんとなく不穏な気配を感じたのだろう。警戒するような顔で、遊馬たちがテキパキと作業している間、いったん下ろしていた長剣を掴んで持ち上げた。
「やらんやらん。あんたも痴漢を見るみたいな目をするなよ。なんか哀しくなってくるから」
じっと遊馬の目を見詰めて、続いて隣でのほほーんと微笑んでいるフィーナの太平楽な顔を見るエレオノーラ。
「……私はそれを信じる。悪い人が考えることができない、それはお前である(信じよう。あなたがたは悪人には思えないからな)」
そう言って長剣を腰の鞘に収める。
「多分、こっちのことを信用するって言ってるんだろうな」
「う~~ん、ターザンと意思疎通しているみたいですね」
「もどかしいな。早めにこっちの世界の言葉を覚えないと、街とかに行っても仕事もできそうにないし」
「そうですね。なら、せっかくなのでこの人にイロイロと教えてもらうのはどうですか? 見た感じ身分も教養もありそうですし」
「ふむ……」
値踏みするように相手の顔を見る。
肩より少し長く伸ばした髪は、地球ではあと三~四世代交換で絶滅すると言われている、ストレートのプラチナブロンド。身長はフィーナより少し高いくらい。菫色の瞳をしたかなりの美少女。それも『美人』と分類され、さらには『凛々しい』と形容される顔立ちである。
パッと浮かんだ遊馬の感想としては、『お姫様みたいだな』だった。と言っても平和な時代の深窓の令嬢ではなく、戦国時代の巴御前とか山吹御前といった武器をもって戦うお姫様である。
「なにやらわたくし――いや、私に頼みごとがあるようだが」
遊馬たちの会話の大まかな意味は掴めたのだろう、青い顔で息も絶え絶えにエレオノーラが口を開く。
「生憎と毒の影響でそう長くは持たんだろう。そうでなくても病魔に冒されて、国からも狙われる身なので、何もできん。助けて貰った恩返しができず申し訳ないが、せめて私が死んだ後はこの剣――レーヴァテインを持っていくがいい。捨て値で売ってもしばらくは遊んで暮らせる筈だ」
そう言うと緊張の糸が途切れたのが、その場にガックリと跪いて吐血混じりの咳を吐き出す。
「おい、大丈夫か? なんか話が長くてよくわからなかったんだが、毒とか病気とかなのか?」
「剣がサービス品価格で販売されていて、長く住んでるとか、ご主人様に返済できないとか……ひょっとして、売れ残り抱えた販売員なんでしょうか?」
相変わらずわけのわからない事を言っている二人組の会話を朦朧と聞きながら、これで終わりか……と、諦観と不思議な満足感を感じながらエレオノーラは目を閉じた。
「――しかたないか。目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いしなァ」
「もしか使うんですか、ガチャの『万能薬』?」
「ああ。これも何かの縁だろう」
「まあ、美人ですからねー」
「……別に下心があるわけじゃないぞ」
意識が消え去る直前、頭の上で呑気な会話が繰り広げられていた……ような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇
「わたくしの父であるユベントス国王陛下が亡くなられたのはおよそ三月前。お忍びで城下を視察している際に賊に襲われ腹部を包丁で刺されたのですが……」
「包丁?」
「ええ。賊の正体は城下町の魚屋の親父で、ちょうどその日、博打の借金が原因で妻子に逃げられたらしく、自暴自棄になって暴れ回ったそうなので。挙句、『ムシャクシャしてやった。誰でも良かった』とのことで、裏づけも取れています」
「はた迷惑な話ですねー」
「まったくですね。そして暴れる魚屋の親父を、止めようとした近衛騎士十人以上が抵抗むなしく三枚におろされ……」
「魚屋が凄いのか、近衛騎士が弱いのか判断に苦しむな」
「逃げようとした陛下もバッサリやられたところで、騒ぎに気付いた近所の肉屋や八百屋の親父が割って入って抑え込み、どうにか即死は免れたのですが……」
「近衛騎士を一蹴する魚屋に対抗できる肉屋とか八百屋とか、そこの商店街はどんだけ剛の者が揃っているんだ?」
「その後、治癒魔術や霊薬のお陰で陛下の傷も癒えた頃に、王弟にあたるカスト大公がお見舞いに訪れ、その際に周囲の目を盗んで、ふたりで手土産のワインや海産物をこっそりと平らげ結果、揃って得体の知れない深海魚に中って身罷られた」
「昔、そんな死に方したプロレスラーがいなかったか?」
「あー、いましたねー。カラーテチョップの」
「一国の国王の死因がそれだとはさすがに口外できないので、対外的には襲撃の際の傷が悪化して亡くなられた――と、いうことになっています。いまでは『魚屋に襲われた、ギョッ事件』と呼ばれて、国内はもとより周辺諸国でも近年稀に見る不幸な事件として流布し」
「間抜けな死因に、間抜けな事件名だなあ」
「ご主人様の死因も大抵、他人のことは言えないと思いますけど?」
「………」
すっかり元気になったエレナ――エレオノーラの案内で、『毒の森』という身も蓋もない森を抜けることになった三人。
暗殺者は遊馬が『収奪』のスキルを使って掘った穴に首まで埋めて放置してきた――運がよければ助かるだろう――その後、お互いの状況を話しはじめて、苦労しながらもどうにか大筋で理解できたのがこれであった。
ちなみに『万能薬』で怪我や毒はもとより、死の病まで治ったエレンは、信じられないという顔をした後、遊馬の方を向いて、その場で片膝を突いて深々と頭を下げて、
「一度ならずも二度までも、それも不治の病まで治して貰った恩はもはや一生かかっても返せるものではない。あなた様を主と認めて不肖このエレオノーラ、剣となり盾となって生涯の忠誠を誓います!」
と涙ながらに一席をぶった。
もっとも、相変わらずのエキサイティングな翻訳で、
「またかどうかにかかわらず、不治の病気を治療した。二回人生であっても、それは戻されえないであろう。あなたは認められる。無価値なエレオノーラの剣でありシールドであり、人生の忠誠は約束される!」
と、頓珍漢に聞こえたので、
「多分、感謝されてるんだろうな」
「よかったですねー」
軽く流してお終いになった。そして現在に至る。
「そんなわけで、国王陛下とその弟である大公閣下が亡くなられたことで、現在、次期王位継承権を巡ってユベントス国は大混乱。本来、私は王女とはいえ庶子であり生まれつき病を患っていたため、王位継承権などあってないようなものだったのですが、それでも邪魔だと思う者もいるようで、このたびの襲撃というわけです」
「絵に描いたようなお家騒動だな」
「まあ、人生いろいろありますよ」
一度、人生を終わらせた人間と、そもそも人生すらない精霊が気楽な口調でエレナを慰める。
ほどなく森が開けて、目の前にどこまでも続く草原と、人の足で踏み固められた道が見えてきた。
「この道を右に行けば、徒歩で三刻ほどでフルミネ村に着き、さらに三日ほどの距離に金細工で有名なオルフェーヴルの街があります」
指で示して『フルミネ村』とか『オルフェーヴルの街』とか言うので、これはわかりやすかった。
「左に行くとどうなるんだ?」
遊馬の素朴な疑問に、エレナは軽く肩を竦めた。
「獣人族や蛮族が住む辺境です。こんなところを通るのは、表の街道を通れない裏の商人か、盗賊くらいなものでしょう」
なるほど、じゃあ右に行くしかないな、と納得した遊馬であったが、フィーナの方は軽く目の上に掌を当て、遠方を眺めながら首を捻った。
「あれ? でも左の方から馬車が走ってきますけど。なんか鉄格子のついた馬車を、人相の悪い集団が追いかけてるみたいですねー」
言葉通り遠くから近づいて来る土煙を前に、思わず無言で顔を見合わせる遊馬とエレナ。
言葉はなくてもお互いに意思が通じた。
「盗賊だろうなぁ」
「おそらく非合法の奴隷商でしょう」
「どうします、ご主人様?」
フィーナは無邪気に指示を求めてきたが、エレナの方はできれば何とかしたい、と視線で遊馬に訴えてきた。ただ、あくまで最終的な判断は遊馬に任せるつもりのようで、何も言わずに返事を待っている。
「ま、どちらも犯罪者という意味じゃ五十歩百歩だし、厄介事には係わり合いになりたくないんだけど……」
悄然と肩を落とすエレナを前に、遊馬は言葉を重ねる。
「できれば奴隷は助けたいな。ま、状況次第で助けられるものなら助ける……ってことで。ただ、あくまで自分らの命が優先なので、無理はしないこと」
「はい」
「わかりましたー」
どことなくホッとした顔で頷くエレナと、お気楽に笑うフィーナに念を押す遊馬であった。