第三話 シルフィ・フィーナ
目覚めると森の中のちょっと開けた場所だった。
「……知らない木立だ」
そこそこサバイバルには自信のある遊馬だったが、目に入る木や草の種類は見覚えのないものばかりだった。
せいぜい広葉樹が主だとか、イネ科雑草に似ているとか、花の形から被子植物の進化具合は地球と同じくらい……程度しかわからない。
「よっと」
起き上がると妙に体が少し軽い気がする。余っているステータスポイントは割り振っていないので、素の状態に近いはずだけど、多少なりともレベル二十六の影響があるんだろうか? と思いながら、とりあえず現状を確認する。
身に着けているものは麻の上下に茶色のチョッキ、革靴とどれもきちんとサイズが合っているのが嬉しい。ミシン縫いなのは後々問題になりそうな気もするけど……。
それと脇に置いてあった背負い袋を手に取ってみると、ずっしりとした重さが手に掛かる。
気になって中身を確認すると、水の入った革製の水筒らしいものが全体の半分を占め、隣に紙袋があって、開けて見るとコンビニオニギリ(梅・鮭・おかか・ツナマヨ・明太子・いくら)が各二個ずつとカロリーの友(チーズ・フルーツ・チョコレート・メープル・ポテト)が同じく各二箱ばかり。あと、なぜかサ○マ式ドロップスが一缶。
どうやらこれが三日分の食料らしい。
「思いっきり既製品だけど、生態系の保全とかいいのか、をい……」
ポテト味はいらねーなーと思いつつ、思わずツッコミを入れる遊馬。
それと替えのパンツとタオルが入っていたのは何気に嬉しい。
多分、これはルチアではなくて戸中井の気遣いだろう。逆に何のつもりか、本当にブル○ーカーが突っ込まれていたが、これは間違いなくルチアのお節介だろう。
ため息をつきながら、ブル○ーカーを武器代わりに手にもって振り回してみた。
「――まあ、木の枝よりは役に立つか」
それと背負い袋の別ポケットに香水の瓶のようなものと、青い石の指輪が入っていた。
これがガチャの景品の『万能薬』と『風精霊の指輪』である。
「あれ? スキルは?」
慌てて背負い袋を引っ繰り返してみるが、それらしいものは見当たらなかった。
はっと思いついてステータスを確認してみると(ちゃんと表示された)、スキルの欄に『固有スキル・奪取(LV1)』と表示されていた。
ついでに思いついて残ステータスポイントを操作してステータスを上げておく。
・名前 東條 遊馬
・種族 普人族(元異世界人)
・年齢 17歳
・職業 無職(元学生)
・レベル 26 (3355/10364)
・HP 300/300
・MP 50/50
・力 9
・体力 10
・器用 8
・俊敏 9
・魔力 3
・スキル 奪取(固有スキル)1 生存術4 ナイフ術3 汎用語会話(お試し版)1
・残ステータスポイント 78
とりあえず百ポイントを消費してHPを上げて、その他の数値も上げられるだけ上げてみた。MPと魔力については不明な点が多いので今回は手を付けない。
「どっか変わったのかなァ」
軽くその場でジャンプしたり、ブル○ーカーを引っ張ったりしてみた感想としては、体が少し軽くなって柔軟性や腕力が増した感じである。
「で、次に万能薬はいま使う必要がないので、いざという時の保険にして、と」
『万能薬』の瓶を元の場所に仕舞って、遊馬は本日のお楽しみである『風精霊の指輪』の指輪を手にとった。
「指に嵌めれば使い魔の精霊を使役できるって話しだけど」
とりあえず左手の中指につけてみる。
「よし!」
ちょっと大きいかなと思ったのだが、指に嵌めてみると丁度良く収まった。
「――ご主人様、そこは空気を読んで薬指にすべきでは?」
「どわ――ッ!?」
お互いの額が接するような真正面から、空色の髪と目をした美少女に文句を言われて、遊馬は大仰に仰け反った。
「だ、誰だ誰だ誰だ!?」
「ガッ○ャマンですか? ご主人様も古いですね」
「違ーう! つーか、このボケた会話……さてはお前、ルチアの関係者だろう!」
この頭がトロけるようなボケた発言に、確実にあのサンタ・ルチアの関係者だろうと当たりを付けてそう遊馬は問い質す。
改めてみれば服装も全体がブルーで統一され、お洒落ポイントとして腰とかに長いリボンがあるなど差異はあるものの、恰好も顔立ちもルチアと非常に良く似ていた。
「さすがはご主人様、ご慧眼ですね。私はその指輪に宿った風の精霊でフィーナです。ルチア姉様とは同一系統の分霊という関係なので、まあ妹のようなものだと思っていただければ」
コンゴトモヨロシク、オレオマエマルカジリと挨拶をするフィーナ。
「なるほど、わかった」
わかりたくもないことまで色々と理解した遊馬は、改めてフィーナの顔をしっかりと見直して訊ねた。
「で、お前はなにができるんだ?」
「風魔法が使えます」
「そうだろうな。他には?」
「空が飛べます」
「便利そうだな。他には?」
「えーと、料理とか家事全般は人並程度には……」
「俺も似たり寄ったりなので気にするな」
「……よ、夜のお相手は、未経験なのであまり」
「誰がそんなことを聞いているか!?」
顔を赤らめて上目づかいにモジモジするフィーナに向かって反射的にツッコミを入れる遊馬。
「とりあえず、風魔法を使える、空が飛べる、というのがお前の能力なんだな?」
「ええ、あと魔法はご主人様のレベルに応じますので、いまのところ初級魔法全部と中級魔法の一部が使える程度ですね」
「それがどの程度なのかわからんけど、竜巻を起こすとか、真空の刃で敵を斬るとかか?」
なんとなくゲームとかで序盤に使えそうな魔法をイメージして訊いてみると、フィーナは呆れたように遊馬の顔を見詰めた。
「ご主人様、カマイタチ=真空の刃なんていうのは創作ですよ。空気圧の差で人間の皮膚が切れるわけないじゃないですか。非科学的ですねえ」
アレは単にシモヤケとかアカギレで皮膚が裂けるだけですよ、とドヤ顔で解説するフィーナ。
風の精霊に非科学的とか言われ、無知を指摘されると物凄くウザいと思う遊馬であった。
「……まあいい。とりあえず差し迫った問題を解決するのが先だ」
「問題ってなんですか?」
にこやかに訊ねるフィーナに対して、遊馬は人差し指を立てて周囲をぐるりと指差した。
「見ての通り、この場所は深い森の中。コンパスも地図もない――ま、あっても異世界で使えるか知らないけど――見たところひと気も、人が来た痕跡もない場所にふたりっきり。以上、どう思う?」
「――えーと」
俯いて考え込むフィーナ。どこかで鳥がギャース! と鳴いたところで遊馬に視線を戻した。
「つまりは青い欲望を前に、いままさに私の乙女がピンチ?」
「お前の頭の中にはピンクの靄しか詰まってないのか!?」
こいつのボケに付き合っていては日が暮れる、と思わずにはいられなかったが、それでも反射的にツッコミを入れる遊馬であった。もっとも遊馬本人に自覚があるかどうかは不明だが、こうした他愛ない遣り取りをすることで、精神的な負担が相当に軽減されているのは確かである。
「土地勘のない異世界、しかも剣と魔法の世界だから当然魔物もいるだろう森で、三日分の食料しか持たずにどうやって生きていくか、それが問題だろう!」
遊馬としては、これが日本国内の森なら食べられる野草や山菜、山芋など採って一ヵ月程度生き延びるのはわけはないが、異世界となると葉っぱ一枚食べられるかどうかすらわからない。
当て推量で木の実とかキノコとか食べて毒だった場合、『万能薬』があるので、一度だけなら挽回はできるけれど、逆に言えば一度しか使えない切り札なのでそう簡単に使うつもりもない。
なのでできるだけ早く人里へ下りる必要がある。
遊馬の言葉にさすがに危機感を募らせたのか、フィーナは難しい顔で眉を寄せた。
「食料がひとり分で三日だけですか。だったらふたりで一日しか持ちませんね」
「お前も食う気か!? それも二人前!」
愕然とする遊馬に向かって、フィーナは唇を尖らせた。
「それはそうですよ。精霊だって生きているんですからカロリーは消費しますから、消費分は補給しないと生きていけません」
そう言って物欲しげな視線を遊馬の背負い袋に向けるフィーナ。
精霊というと漠然と霞を食べて生きているイメージのあった遊馬は、咄嗟に背負い袋を抱え……ついでに頭も抱えた。