第十二話 11連・ガチャ
半透明のブヨブヨ動く流動体。
婉曲な表現をすれば、地面にぶちまけられた、ちょっと卵帯(でろでろの紐みたいなやつ)と、肉斑(こ汚い木屑みたいなやつ)の多い生卵――ただし卵黄部分はピンポン玉大で煤けた梅干みたいな色をしている――か、もっと直裁に言えば、半透明の動くゲロにしか見えない、〈スライム〉に向けて右手を掲げる。
(来い来い! 〈核〉よ、来いっ!)
通常の『奪取』なら、軽い手応えの後、一瞬で目当てのものが手元に来るのだが、さすがに生物の体内器官となると勝手が違う。三日目の餅の中に手を突っ込んで掻き回しているような手応えと、強力接着剤で張り付いているものを無理やり引き剥がすような粘着力が右手にかかる。
『………』
発声器官がないので声こそあげないものの、スライムもどこか焦った様子で、その場で踏ん張って抵抗しているような気配がする――を、無理やり根性でねじ伏せる遊馬。
「きやがれ、ゲロの中の梅干野郎ーっ!!」
ブツン! と、音がしたわけではないが、なんとなく視覚的にそんな感じで、次の瞬間、スライムの中の〈核〉が遊馬の手の中に移り、同時に核を失ったスライムの体が支えを失ったかのように、だらりと地面に広がった。
当分、卵かけご飯は食えそうにないな……。
ポリバケツ一杯分くらいありそうな気持ち悪い粘液質の残骸を眺めて、遊馬はため息をついた。まあ世界広しといえど生卵を食べるような民族は日本人くらいなので、たぶん異世界にはそんな食習慣はないだろうけれど。
それから、ふと思い立って自分のステータスを確認する。
・名前 東條 遊馬
・種族 普人族(元異世界人)
・年齢 17歳
・職業 ヒモ(無職)
・レベル 26 (3355/10364)
・HP 300/300
・MP 132/200
・力 9
・体力 10
・器用 8
・俊敏 9
・魔力 5
・スキル 奪取(固有スキル)1 生存術4 ナイフ術3 汎用語会話(お試し版)1 ハーレム体質2(new!!)
・称号 女性専用フラグ建築士(new!!)
・残ステータスポイント 0(ガチャポイント1)
なにか……。気のせいか、職業とスキル、新たに称号とかがひどいことになっている気がするけれど、それはとりあえずさておき、いま重要なことは三点である。
レベルに関しては魔物を倒してもステータスポイントは変わらず、やはりステータスポイントで振るしかないこと。
スライムを一匹倒してもポイントは小数点以下であること。
もうひとつは、スライム一匹から〈核〉を引っこ抜くのに、多分、現在MAX200のMPのうち78を消費したこと。
つまり、奪取では二匹から核を抜き取るので限界だということなのである。
「――よし。わかった。帰ろう」
遊馬の決断は早かった。
「「「「この状況で帰れるわけないでしょう!!」」」」
だが、世間がそれを許さなかった。
途端、街道全体をヌラヌラテカテカと埋め尽くす、半透明のスライムの群れ相手に奮闘している女の子たちから抗議の声が上がる。
「……ですよね~~」
納得して、両手でナイフを構える遊馬。
できればこのままとっととフルミネ村に戻りたいが、気がつけば周囲は足の踏み場もないほどスライムで埋め尽くされていて、完全に退路が断たれた状況であった。
とは言えいまのところ戦況は悪くない。
「はあああああッ!! でやっ!」
先頭に立ったエレナが〈神剣レーヴァテイン〉を一閃するごとに、スライムが束になって両断され、
「よっ、ほっ、次っ!」
剥き出しになった〈核〉をウィアが確実に射抜き、
「エレナさん、回復をします!」
僅かにスライムの飛沫がエレナの手足にかかり火傷のような症状が出ると、即座にソフィが神聖魔法で回復をかける――と、いつの間にか流れるようなチームワークが出来上がっていた。
「……で、フィーナ。お前は何をしてるんだ?」
モゾモゾ蠢いているスライムの上に両手を翳して、じーーーっと中腰になっているフィーナに尋ねる。
「いやぁ、酸欠も高圧酸素も効果がないので、真空状態にしたらさすがにイチコロかなぁと思ったんですけど、なかなかしぶとくて、もう十分間もこのままでいるんですけど、せいぜい半殺し状態です」
言われてみれば、なんとなく断末魔のように蠢いているが、この調子では一匹倒すまでに奪取スキル以上に効率が悪いだろう。
「なんかアホな小学生が道端のダンゴ虫で遊んでるみたいだからやめておけ。つーか、普通に切って叩いた方が確実に早いぞ、あっちみたいに」
遊馬が指差す先では、お姫様と天使とエルフが殺戮に興じていた。
「そうみたいですねー。下手に捻って考えるよりも、やはり力はパワーなんでしょうか」
所詮は人類の英知など蛮人の腕力の前に無力なんですねぇ、と鎧袖一触・縦横無尽に暴れまわる、美少女の姿をしたゴリラたち(フィーナ視点)を横目に嘆く風の精霊。
「……しかたない。面倒なので、一度真空状態を切ります。ご主人様とどめをお願いします」
遊馬が頷くのと同時に、パチンと小さく風船が割れるような音がして、萎んでいたスライムが一瞬だけ膨らんだように広がった。
無言でそこへナイフを突き立てる。レベルとステータスで力が向上しているせいか呆気なく刃は通って、そこから抉り出すように〈核〉を取り出すと、スライムは頭の上から落した水風船のように、地面の上でぐしゃりと潰れて、液体となって広がる。
「〈核〉があるうちはシリコン並の強度があるんだけど、なくなるとほとんど水だな」
「その〈核〉で表面張力をコントロールしているんでしょうか? そういえば風の噂に聞いたんですけど、その〈核〉って水に入れとくと浄化作用があるとかで、一個賤貨五枚くらいで買い取ってくれるそうですよ」
「ふーん。おかしなもんだな。スライムの体内にある時は、頑固な油汚れみたいな膜を作るくせに」
「そーですね。油汚れだったら界面活性剤でひと拭きなんですけどねェ」
「まったくだ」
「「あっははははははははははははははははははははははは……!」」
ひとしきりふたり揃って笑ったところで、同時に真顔に戻った。
「「――あるじゃない!!!」」
◆ ◇ ◆ ◇
「魔法だわ……」
ゴム手袋をかけて、ポリ容器に入った台所用液体洗剤を軽く振り掛けるだけで、スライムが弾けるように溶けていく。後に残るのは粘液まみれの〈核〉だけという光景を前に、エレナが茫然と呟く。
必死こいて剣を振り回していた自分が道化になった気分で、悄然と肩を落す彼女。
一方、フィーナは得意満面で、「ふふふん。さすがは人類の英知! 主婦の頼もしい味方だけのことはありますね!!」と、遊馬の後ろを歩いて落ちている〈核〉の回収に余念がない。
たかが一個賤貨五枚というなかれ、まとまった数になれば馬鹿に出来ないのだ。だいたい遊馬たちの全財産は、あちこちで――襲ってきた暗殺者や死んだ強盗や奴隷商の懐から――拾った半金貨が六枚に銀貨二十枚、半銀貨三十二枚、銅貨、賤貨がそれぞれ五十枚といったところなので、単純計算で八百万円ちょいあり、普通に暮らせば五人でも半年くらいはどうにかなるが、逆に言えばその後に続くものがない。
とにもかくにも先立つものが必要だというのが、遊馬、フィーナ、ウィアのスタンスであった(エレナとソフィのお嬢様コンビはそのあたりの認識がイマイチ甘い)。
そんなわけで、フィーナにとっては落ちている〈核〉は、そのまま五百円玉のように見えるので、ホクホクであった。
その間に、ソフィはとりあえず一休みして息を整えていて、その傍らではウィアが、
「スライムに効く毒があるとは知らなかったな」
と、単純に台所用液体洗剤=スライム専門の毒と理解して、感心していた。
・名前 東條 遊馬
・種族 普人族(元異世界人)
・年齢 17歳
・職業 ヒモ(無職)
・レベル 26 (3355/10364)
・HP 300/300
・MP 135/200
・力 9
・体力 10
・器用 8
・俊敏 9
・魔力 5
・スキル 奪取(固有スキル)1 生存術4 ナイフ術3 汎用語会話(お試し版)1 ハーレム体質2
・称号 女性専用フラグ建築士
・残ステータスポイント 306(ガチャポイント1)
「おおッ。なんか、もの凄い勢いでポイントが溜まってる!」
あらかた目に付くところのスライムを始末した遊馬が、ステータスを確認して喝采を叫ぶ。
「よかったですね。ちなみに今日のガチャは?」
「ん~。まだやってないから、とりあえずサービスの一回と、端数の六ポイントだけ引いてみようかな」
「そうなんですか。あ、そうそう。ノーマル・ガチャは一回ごとに引く方法と、まとめて十回引くのとふたつのやり方があります。十回の方は景品がランダムで十一個出るので、ちょっとお得なんですけど……ああ、引くんですね。やっぱり」
早速、道端でガチャを引こうとしている遊馬を前に、やっぱりこうなったかと嘆息するフィーナであった。人間が堕落する瞬間を目撃した精霊である(元凶もこいつだが)。
「あ、あと一日一回のガチャポイントは十一連ガチャに加算することはできません。あくまで別枠で一回だけです」
「ふーん。そうなのか。じゃあサクッと」
すっかり十一連ガチャに気持ちが行っている遊馬が、気もそぞろにサービスガチャを回した。
結果――。
「お~~っ! アンコモンです! 『機動少女ガンガール』劇場版に出てきた漢のロマン兵器REX-801GPS03 『シンビジウム』(1/144)プラモデルじゃないですか。これはいいものですよ!」
欲しいような欲しくないような、かなりどーでもいいものが出てきた。
「だが、わかった。要するに欲をかくと昨日みたいに失敗するってことだ。無心で、ハズレても当たり前だと思って、期待しなければ案外良いものが出るってことだろう」
いわゆる『物欲センサー』という、大は宝くじから小は夜店のクジまで、誰しもが一度は遭遇する世界の謎と不条理である。
「普通に普通に……」
自分に言い聞かせながらガラガラのハンドルに手をやる遊馬。
そう言っている割に肩に力が入っているなあ、と思ったものの、言わぬが花と弁える……ぶっちゃけ面倒臭そうなので黙って傍観するフィーナであった。
なお、その間にエレナたちが、落ち葉の下とか、草むらに隠れていたスライムの取りこぼしを見つけては、残っていた液体洗剤を振りかけて、きゃあきゃあ言いながら歩いている。
どうやら先ほどから試してみたくてウズウズしていたらしい。
やがて、どこかで鳥がギャース! と鳴いたところで、
「よし! わが心一点の曇りなし!」
そう宣言して遊馬はガチャを回した。
結果――。
・コモン『テッシュペーパー一箱』
・コモン『レトルトカレー(中辛)』
・コモン『雑誌・モテる男の髪型100選』
・コモン『日焼け止めクリーム』
・アンコモン『ローヒール(女性用)』
・アンコモン『つば広帽子(女性用)』
・コモン『三色ボールペン』
・コモン『板チョコ』
・コモン『たわし』
・コモン『老眼鏡』
・コモン『がま口財布』
「なぜだーーーーーーーーーーーーーーっ!?!」
スライムでもレベルが低いうちはガンガンとポイントが貯まります。
現在、レベル26になっているので、一匹あたり0.32ポイントにしかなりませんが。
明日の更新『第十三話 魔族・ノーチェ』は夕方(18:00)になる予定です。
その後は、ちょっと間があくと思います。……そもそも続きを期待されてるのか微妙ですけど(´・ω・`)
 




