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第十一話 スライム・ハンター

 遊馬たちがフルミネ村にたどり着いた翌日。


「それでギルドでスライム退治を請け負ったんですか? まあ、確かに序盤における定番の雑魚ですけど、まさか武器はヒノキの棒とかじゃないですよねぇ?」


 村に一軒だけあった旅籠(はたご)に泊まって一晩過ごした一行は、必要のない荷物を売り払い、足元を見てくる村人と交渉をして食料品を仕入れた後、オルフェーヴルの街とフルミネ村を結ぶ街道……というか、踏み固められ、わずかに馬車の轍の跡があるだけの村と村を結ぶ道を、てくてく歩いていた。


 歩いている人数は六人分(、、、)で、そのうち荷物も武器も持たずに、ぶらぶら散歩するように歩きながらぼやくのはフィーナである。


「まあ、正確には正式な冒険者であるウィアが受けて、俺たちは助手扱いで同行する形なんだけどな。あと、武器の方は適当にナイフとダガーを何本か持ってきた」


 隣を歩く遊馬が軽く訂正した。

 こちらはアーカディアに転移してきた時に付いてきたリュックを背負っている。

 中には村で買った黒パンや干し肉、干しイチジクなどの食料(食べたフィーナ曰く、「カロリーの友が王侯貴族のご馳走に思えますねえ」という代物で、遊馬もおおよそ同意見であった)や、予備のナイフ、現地人に見せちゃマズい物――ブル○ーカー、プラスチックのゴミやガチャで出てきた洗剤など――が入っている。


 なお現在、街道は馬車や獣車では通行するのが難しい状況だというので、獣車や〈騎鳥(エミュー)〉等は、旅籠(はたご)に預けての移動であった。


「あらら? 冒険者登録とかできなかったんですか?」

「出張所だと無理だとさ」


 ダメもとで訊いてみたのだが、フルミネ村にあるのは雑貨屋兼業の冒険者ギルドの出張所なので、ここでできるのは、冒険者登録している者なら売買。あとは簡単な村単位での依頼なら受けられると、けんもほろろに断られた。


「つまりは便利屋扱いですか。まあ、街道が通れないと困りますからね。トイレのトラブル並にちゃちゃっと朝飯前に――ま、朝飯は食べてきましたけど――処理しちゃいましょう」


「いえ、油断は禁物ですよ。確かにスライムは動きも鈍いですし、強靭な皮膚や爪などを持っているわけでありませんが、決して雑魚と侮れる相手ではありません。特に遮蔽物の多い場所で数が増えれば脅威度が一気に跳ね上がり、場合によっては下級竜(レッサードラゴン)すら倒されることもある…と、言われています」

 遊馬を挟んでフィーナと反対側を歩く、こちらは白銀の鎧と、その気になれば魔王でも斬れるという〈神剣レーヴァテイン〉を装備して、ちょっと本気過ぎやしませんかねお嬢さん? と言いたくなる――スライム相手にはオーバーキルもいいところである――エレナが大真面目に答えた。


「〈スライム〉ですか? わたしの住んでいた〈浮島(ラグーン)〉には生息していませんでしたけれど、そんなに危険な相手なのですか?」


 パタパタと背中の翼を羽ばたかせて、わずかに地面から浮き上がりながら、遊馬の背中を追うソフィが小首を傾げた。

 それを見て、フィーナが小さく「むぅ、飛べるという私のアイデンティティが侵害されている」と、唸っていたが、幸か不幸か隣でスルーしている遊馬以外は気がついていない。


「そうですねぇ……ものにもよりますが、平均して五十セチほどの半透明の粘々……生卵の中身をぶちまけたような見かけです。で、これがズルズル動くのですが、中に〈核〉と呼ばれる胡桃大の中枢があって、ここが弱点になります」


 盗賊の持ち物の中では比較的上等であった弓の調子を確認しながら、遊馬の前を歩くウィアが首だけ半分振り返って答えた。言葉遣いが丁寧なのは、主にソフィ相手に説明しているからだろう。

 

「攻撃方法は相手を飲み込んで、体から出す酸で徐々に溶かすやり方ですね。それ単体では、よほど油断――木の上から落ちてきた奴に呑み込まれるとか――しない限り、まず大丈夫です。問題があるとすれば、半透明の体は意外と弾力があって、叩くのは勿論、斬ったり突いたりの攻撃も効き難いというところですが、弱点である〈核〉は剥き出しですから。慎重に狙えば一刀両断できますし、あたしなら弓でちょっと狙って、ヒョイと射れば、バシーンと破壊できる自信もあります」


 背中に背負っている矢筒の矢、三十本ばかりを指し示す。


「なんというか、表現の仕方が理論でなくて感覚に基づいたナガシマ方式で微妙ですねえ。たぶん実力は凄いんでしょうけれど」

 と、フィーナが呆れと感心が半々のような口調で呟いた。


「ただ『巣』となると話は別です。かなりの数のスライムが一カ所にいるとなると、到底剣や弓では対処できなくなります。その時は一気に連中を焼き尽くせるような魔術師か、大量の油が必要になるでしょうね」


 いずれにしても状況を確認しないとどうしょうもありません、と締め括るウィア。


 だけど今回は確実に巣があるらしいからなあと、一瞬重くなりかけた雰囲気の中、

「でも、それは一般常識ですよね。動きが鈍くて、なおかつ目視で〈核〉が確認できるんでしたら、これはもうご主人様の『奪取スキル』のカモみたいなものですよ!」

 フィーナがあっけらかんと言い切った。


 『固有スキル・奪取(LV1)』の条件は、①目に見えること。②腕力と同等の力で奪えるものであること。③距離と重さに応じてMPの消費が激しいこと。なので、おそらくは半透明の寒天状の体にボールのような〈核〉が浮いているというスライムから、スキルで〈核〉だけ抜き取ることは可能だろう。


「……意外と考えてるんだな、お前」

 実のところ同じことを考えて、これなら十分に勝機があるし、なおかつ群れているならスキルの習熟にもなると考えて、半ば無理やりウィアに依頼を引き受けさせた遊馬だった。


「――で、それはそれとして。誰ですか、あの()は?」


 フィーナが一同の後ろ、十歩ほど離れて歩く小柄な人影――頭からすっぽりとボロ布をかぶって人相もなにもわからないが、わずかに覗く細い手足(ちなみに裸足である)はガリガリで、なおかつ垢と汚れで薄汚れていた――を指差す。


「――ひッ……!?」

 急に一同の視線を向けられてたボロ雑巾は、怯えたようにその場に立ちすくんだ。

 その衝撃でボロ布の下から、ボサボサの黒髪がこぼれ落ちる。


「道案内らしい。スライムの巣までの詳しい場所を教えてもらおうと思ったら、ギルドの受付の親父が『ちょうどいい流民(デラシネ)の餓鬼がいるので、そいつに案内させますよ。ああ、駄賃は適当に食い残しでもやりゃあ十分ですよ。それに何かあっても問題ないですからね』って、胸糞悪いこと言ってよこしたんだ。――にしても、あれ女だったのか?」

「女の子ですよ。見てわからないですか?」


 逆に不思議そうに言われて、遊馬が他の面子に確認を求めると、

「骨格と歩き方から女の子だとわかりました」

「普通に雰囲気でそうだと……あと、もしかして、なんですけれど。あ、いえ、なんでもありませんわ」

「仕草で丸わかりだね。まあ、辺境でなおかつ保護者のいない流民(デラシネ)の女の子となると、不埒なことを考える馬鹿がいるから、性別がわからないようにしておくのは正解だろうけどね」

 全員が、どうやら最初からわかっていたらしい。


「マジか~。ぜんぜん気付かなかった」

 もしかして俺って鈍いんだろうか? と本気で悩む遊馬であった。


「で、道案内って言いましたけど、あの子のほうが私たちの後をついて歩いてきている件について」

「……さあ? ――なんでだ?」


 遊馬が尋ねてみても、少女は小さく縮こまって答えを返さない。

「………」


 しばし距離を置いて無言の見つめあいが行われたが、

「なんか怯えてますね。迷子のキツ○リスのように」

 フィーナの感想にため息をついて、

「……まあいいか。適当に街道沿いに行けば見つかるだろう」

 遊馬はさっさと先に進むことを提案した。


「そうですね~。ところでご主人様、この世界でもそうですけど古代ギリシャやローマ、江戸時代の日本でも道路は左側通行が基本だったのをご存知ですか?」

「ああ、右利きの人間が動きやすいようにだろう? ヨーロッパじゃ左利きだったナポレオンが右側通行に無理やり矯正したらしいけど」


 いつものように雑談をしながら遊馬たちが歩き始めると、それに合わせてボロ雑巾のような少女も着いて来る。

 小一時間ほど歩いたところで、

「ご主人様、まだあの娘着いて来ますよ?」

「アスマ様、さすがに村から離れ過ぎては危険なのでは?」

「そうだな。迷子になったり野獣や魔物に襲われたら寝覚めが悪いからなぁ」

 嘆息した遊馬たちは再び足を止めた。同じく足を止める少女。


「――なあ、君。えーと……名前はなんて言うんだい?」

「……ゴミ虫……」


 消え入りそうな小さな答えに、遊馬とフィーナは顔を見合わせた。

「さすがは異世界、ネーミングセンスが地球と懸け離れている」

「親御さん、キラキラネームなんてものじゃない、思いっきりの良さですね」


「そんなわきゃないでしょう! そんな名前の人間がいるもんですか! そりゃ、周りからそう呼ばれていただけよ!」

 唯一この世界の常識を弁えているウィアが、間違った理解をしている――恐ろしいことに、ウィア以外が「ゴミ虫なのかぁ」で納得している――一同を怒鳴りつけて、訂正をした。


「ああ、なるほど。周りに(ろく)な大人がいなかったんだな。他にはなんて呼ばれていたんだ?」


 しばし考えて、「……『おい』とか『ソレ』とか」返ってきた答えはより悲惨であった。

 何ともいえないもの悲しい沈黙が落ちる。


 と、案の定、ここ一番で沈黙を破ったのはフィーナであった。

「あ、でも、ここのところ私もご主人様から『おい』とか『お前』とかしか呼ばれていないような……?」

「……お前な」

「ほら、また」

「……。悪かった。今度から『フィーナ』って呼ぶから」

「『フィーナちゃん」でも『ハニー』でもいいですよ?」


 調子こくフィーナを無視して、遊馬は少女に話しかける。

「もしかして、出張所の親父に命令されたから、道案内のつもりで着いてきてるのかもしれないけど、ここまでで十分だ。だからこれを報酬として出す。受け取ったら回れ右をして村へ帰ること。いいな?」


 そう言ってリュックから取り出したカロリーの友(チョコレート味)を道の脇の適当な石の上に置き、さらに銅貨を何枚か重ねて置いた。


「じゃあな。気をつけて帰れよ~っ」


 手を振る一同の姿が木立の向こうに消えたところで、少女は恐る恐る置かれたカロリーの友と、銅貨に手を延ばした。

 それから困ったように、街道の向こうを見詰めるのだった。

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