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第十話 最初の村・フルミネ

 フルミネ村は人口二百五十人ほどの典型的な村落である。


 と言っても地球の農村風景のように牧歌的な光景が目の前に広がっているわけではなく、

「えらく物々しいな……」

 村の周りを囲む城壁――木製のバリケードと一部石積みの壁――と、人の背丈ほどもある堀に、ちょろちょろと水が流れている。

 

 出入りするには一カ所しかない木製の跳ね橋を通らねばならず、監視らしい村人が常に目を光らせている中、通行税を払って村に入ることを許可されるのであった。


「いや、どこもこんなものだぞ? 魔物の襲撃に対応できるよう、大都市になればなるほど防壁も強化され、街へ入るだけでも下手をすれば半日がかりなど普通のことだ」


 遊馬と並んで獣車の御者台に座り、〈大齧鼡(マグヌス)〉の手綱を握っているウィアが軽く肩をすくめて答えた。

 なるほど、『魔物』という脅威がある以上、閉鎖された都市国家(ポリス)が国の単位とならざるを得ないのか。

 村の造りを眺めながら、遊馬はそう納得した。


 ちなみに他の面子は獣車の中からあまり顔を出さないように、ウィアから言い含められている。


「全員世間知らずだし、第一目立つからな」

 と言うのが彼女の言い分であった。


「まあ、あたしのような妖精族(エルフ)もそこそこ珍しいが、大都市に行けば皆無というわけではないし、まだしも誤魔化しは効く。だが他の連中は駄目だ」


 それに、現役冒険者として世事に通じている彼女しか、いざという時に交渉の窓口に立てないだろうという判断もある。


 実際、説得力のある意見であった。

 なにしろ他の面子は、

①どこからどうみても貴人にしか見えない、しかもこの国では超有名人の姫将軍(かつ現在お尋ね者)。当然世間知らず。

②その珍しさはパンダ並み、隠しようもない純白の羽が生えた天使族(アイオーン)のお嬢様。当然籠の鳥。

③見た目は普人族(この世界でのホモサピエンスの定義)ながら、実はツチノコ以上に稀少な風の精霊にして下級神。人知を超えている。

 という、もはや闇鍋状態の見世物集団と化している。


「あー、でも、私の場合は珍しさが一周回って、精霊だと誰も信じてくれないので……ふふ、本当に精霊なのに。痛い子扱いで信じてくれない…なので……ご主人様の隣にいても問題ない…うふふ、ないと思うんですけど?」

 気のせいか目にハイライトのない、いわゆる『レイプ目』になって、訴えるフィーナが何気に不憫だった。


「フィーナでは汎用語での交渉はできないだろう? それに獣車の手綱を握るのも。アスマの方は馬で慣れているだけあって十分だが」

「――むう。じゃあ、村につくまでにご主人様の隣で、獣車の動かし方をレクチャーしてもらうということで、初めての共同作業ですね♪」

 ウィアのもっともな意見にフィーナが食い下がる。


「ダメだ。昨日も半日アスマは手綱を握っていたんだ。今日は休ませてやれ」

「――ちっ。それじゃあ、ご主人様も獣車の中でお休みしましょう。女の子の膝枕つき。精霊、天使、お姫様とよりどりみどりですよ~♪」

 勝手に決められた他の面子――天使ソフィ、お姫様エレナとも、満更でない顔でモジモジしている。


 そんな年頃の男子ならひとたまりもない誘惑に、「あ、じゃあ」と、お言葉に甘えそうになった遊馬だが、

「それも困る。エルフで女ひとりとなると辺境では足元を見られるし、下手をすれば門前払いされる可能性もある」

 ウィアに渋い顔で首を横に振られ、きまり悪げに続く言葉を飲み込んだ。


 と、ダメ出しをされまくって小考していたフィーナだが、次の瞬間、さも名案を思い付いたとばかり両手を叩いて、

「あ☆ じゃあいっそ、ご主人様には御者台で寝っ転がってもらって、私とウィアさんが人間椅子のご主人様に腰かけて、そのまま村に入るというのはどうでしょうか? 私も一緒、ご主人様も休める、ウィアさんも一人じゃないと、一石三鳥じゃないですか!」

「「斬新過ぎる折衷案だな、をい!!」」

 驚愕する遊馬とウィアであった。


 結局、遊馬当人もウィアの案に賛成し、フィーナもこれ以上トンチを利かせられず、結局のところ折れざるを得なかった。


「おはようからおやすみまでご主人様の私生活を見守る精霊としての立場が……」

「見ないでいい見ないでいい」 

 切実に遊馬が言い切ると、やけ食いするつもりか、サ○マ式ドロップス缶を持って、しぶしぶ獣車の中に入っていった。


「……すまないな。少し言い過ぎたかも知れない」

 その後姿を見送りながら、ウィアがぽつり呟いた。


「いや、俺こそ気を使ってもらって悪かった。ありがとう」


 頭を下げる遊馬に、面くらったような…照れたような、とにかく慌てた様子で、

「べ、別に普通のことを言ったまでだ。感謝される謂れはない……というか、男子が軽々しく頭を下げるな」

 ウィアは踵を返して、そそくさと獣車の御者台に上ろうとする。


「それと、こちらこそ感謝する。昨夜はわざわざ獣車から離れたところで、一晩中周囲を警戒してくれていただろう? フルミネ村までたいした距離ではないが、仮眠ぐらいはとっておけ」

 

 昨夜は、さすがに女の子四人が眠る獣車で雑魚寝するわけにはいかないので、〈騎鳥(エミュー)〉に囲まれた場所で暖を取って休むと宣言した遊馬。

 その言葉とは裏腹に、ほとんど寝ずに周囲の警戒をしていたことをどうやらウィアは気付いていたらしい。


「――むう、デレるのが早い。ご主人様、好感度イベント回収が迅速ですねえ」


 獣車の扉の隙間から、半分顔を出したフィーナがぽりぽりとキャンディーを噛み砕きながらジト目で睨んだ。


「な、なんの話だ!? あたしは世間の良識として礼を言っただけで……と言うか、フィーナ。ひとりで全部食べる気じゃないだろうな!? ひとり一日三個までと決めただろう!」


 慌てるウィアを無視して、フィーナはさらに缶を振って、出てきたキャンディーをこれ見よがしに口に放り込んだ。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「行商人かい? 妖精族(エルフ)たぁ珍しいねぇ」

 

 通行料三半銀貨を支払い、村の中へ入ると村人がわらわらと集まってきた。

 声をかけてきたのは麦藁帽を被った、いかにも農民と言う風情の獣人族(ゾアン)の男である。


 獣人族(ゾアン)と聞いて、現代地球の日本人が真っ先に想像するような猫耳少女や天然バニーガールなどではない。

 直立して服を着たアニマルフェイス、完全なシルバ○アファミリーそのものであった。


「――なし、ちぇんじ」

 密かにネコミミを期待していた遊馬は、すっかり興味を失くして、後のやり取りをウィアに任せると、おつりの半銀貨を巾着入れにしまった。


 なお、この世界の通貨はすべて硬貨で、一番安いのが石でできた賤貨で、次が銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨となる。

 いずれも10枚ごとに上の貨幣に替わり、貨幣価値はそのまま地球の物価に換算はできないが、普通の宿屋(夜に一食付き)に一泊するのでだいたい銅貨五枚なので、銅貨一枚=千円でさほど的外れではない。


「いや、あたしはただの冒険者なんだけど……」

 その一言で、集まっていた村人の半分ほどが露骨にがっかりした様子で離れていく。

「……どうかしたのかい? 旅人が珍しいわけでもないだろうに」


 あからさまに消沈している村人の様子に、不審に思ったウィアが声をかけてきた男に尋ねると、

「ああ、すまんすまん。実はオルフェーヴルの街との街道にスライムが巣を作ったらしくて、ここのところ商隊が来なくて困り果ててるんだよ。てっきりオルフェーヴルで冒険者を雇うなりして、また街道が使えるようになったのかと期待しちまったんだ」


「ふーん、スライムの巣かい。また厄介なことになったね」

「ああ、悪いことは言わないから、あんたらもオルフェーヴル方面には向かわないこった」

「そいつは困ったねえ。オルフェーヴルの街へ行きたかったんだけど、回り道とかないのかい?」

「難しいな。歩きならともかく獣車となると……」

「ふーん。ま、これから冒険者ギルドの出張所へ行くつもりだし、詳しい状況はそっちで聞くことにするよ」

「ああ、それがいいだろう。冒険者ギルド出張所はここを真っ直ぐ行った赤い屋根の建物だ。――じゃあな」


 やがて残っていた村人たちも興味を失くして三々五々散って行った。


 去っていく獣人族の男に感謝を込めて手を振るウィアと遊馬。

「ああ、いろいろありがとうよ、アライグマの旦那」

「じゃあな、タヌキのおっさん」


 と、行きかけた男が足音も荒く戻ってきた。

「――おいッ、間違えるなっ。レッサーパンダ族だ、俺は!!」

 ……逆に怒らせたらしい。

明日も更新します。12時頃更新予定です。

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