第一話 サンタ・ルチア
クリスマスまでの特別短編です。
基本、何も考えないで定番のテーマで書きなぐりました。
毎日0時更新します。
目覚めると真っ白い銀世界の中、十五~十六歳くらいの女の子と長テーブルを挟んで対峙していた。
「――ハァ?」
と、思わず『(゜Д゜)』な顔で周囲を見回す。
見渡す限りの銀世界にはしんしんと粉雪が舞って、三百六十度、地平線の彼方まで雪のほかには、山も街も一本の木さえ本当に何もない。
目に入るのは目の前の木のテーブルと、それを挟んで対面に座っている女の子と、その背後に付き人みたいに立っている黒スーツに赤いセルフレームの眼鏡をかけた茶髪の……たぶん二十代半ばくらいの青年だけだった。
あと何のつもりかテーブルの上にはガラガラ――福引なんかで使う抽選機っていうんだっけか?――が冗談みたいに乗っているだけである。
「……なんだ夢か」
非日常空間に置いてある、妙に俗っぽいシロモノを目にして、動転していた気持ちが平常に戻った――白けたとも言う――東條遊馬は、納得して浮き上がっていた腰を椅子に戻した。
別に現実逃避しているわけではない。冷静に分析した結果である。
ここで夢だと納得できる根拠としては、
①最後に覚えている記憶は、自宅のベッドに就寝したものである
②パジャマで寝たはずなのに、いつの間にか高校の制服に着替えている
③周り一杯雪景色なのに全然寒くない
④この場所だけドームで遮断されたかのように雪がテーブルとかの上に降り積もらない
⑤女の子が金髪碧眼の人間離れした北欧風美少女である
と軽く列挙できるのでまず現実ではないだろう。ま、⑤はちょっと根拠としては薄弱かも知れないが。
「いえ、夢だけど夢じゃないんですよねー」
困ったように遊馬の呟きに返事をする美少女。
見た目北欧風美少女に反して訛りのない日本語に、これはますます確実に夢だな。それにしても、俺ってこんなタイプが理想だったんだろうか? なにげに新発見だなァ……と思って少女を無遠慮に上から下まで眺める遊馬。
改めて見るとつくづく容姿端麗な少女だった。
腰の辺りまで伸びた金髪は混ざりけのない金糸のようで、小ぶりな顔に大きな青い瞳、長い睫毛に通った鼻筋、桜色の唇。身長はいまは座っているので良くわからないが、たぶん百六十センチくらい。ひょっとするともうちょっと高いかも知れない。形容詞としては『可愛い』というより『綺麗』と言うべきだろうが、どこか愛嬌のある表情が可愛らしい。
「まあ、時間もないのでざっくりと進めますが……コホン、東條遊馬さん、貴方は選ばれました。今宵、聖夜に祝福されたラッキーなお子様として、異世界転移とクリスマスの贈り物を受け取る権利を得たのです!」
ただし中身は限りなく残念らしく、わけのわからないことを言い切って、ドヤ顔で胸を張った。年齢の割に発達した胸元は流石は外国産、日本人とはボリュームが違う。
突き出された胸のふくらみをガン見しながら、遊馬は首を捻った。
「お子様って、俺はもう十七歳なんだけど?」
来年受験生だぞ。
だいたい親からのクリスマスプレゼントも中学までしか貰えなかったし、昨夜のクリスマスイブも恋人はいないんで、普通に家族でケーキとチキンを食べて、親父とビー……いや、麦からできた飲み物を飲んだだけだし。と、続ける遊馬。
「いやまあ、この場合の“子供”というのは成人してないという意味ですね。一応世界標準として、十八歳を平均成人年齢として扱っていますので、それ以下なら対象として候補に挙がります」
日本の場合は二十歳ですけど、国連加盟国の半数以上が十八歳成人なので、遊馬さんはギリギリセーフでした、良かったですねーと笑う少女。
「……なるほど、流石は夢だ。脈絡がない」
「いやいや、本当に夢じゃないんですよ。と言うかクリスマスの夜、プレゼント、雪景色、わたしのこの格好を見て連想できるものがあるでしょう?」
言われて改めて少女の格好を確認してみる。確かに、なかなか個性的な服装だった。
赤で統一された帽子とミニのフレアスカート、肩にはストールを羽織っているが、いずれにも白いファーが付属していた。この紅白おめでたい色の衣装といえば――。
「ミニスカサンタ?」
「いえ、普通のサンタです。あ、ご挨拶が遅れました、これわたしの名刺です」
そう言ってテーブルの上に差し出された、白地にリースの縁取りが描かれた名刺には、『サンタクロース協会極東支部所属S2級サンタ ルチア』と書かれていた。
「………」
ニコニコと上機嫌に笑う少女の顔と名刺とを二度見したところへ、これまでの遣り取りを黙って見ていた黒スーツ眼鏡が同じく名刺を出してきた。
「私はルチアお嬢様のマネージャーを勤めます、戸中井と申します」
いかにも仕事という感じで折り目正しく頭を下げる青年。
サンタにトナカイという頭痛くなる展開に、ツッコミを入れたくなった遊馬だが、どうせ夢だろうということで最後まで付き合うことにした。
「……まあいいか。で、サンタさんにクリスマスプレゼントを貰えるわけだ。なにはともあれ、貰えるものなら貰っとくけど、個人的には一生遊んで暮らせる現金とかが嬉しいかな」
身も蓋もない要求に対して、ルチアは「あははっ」と慣れた笑いで軽く流す。
「残念ですけど、プレゼントはこのガチャを使ってのランダムになります。あと遊馬さんはもうお亡くなりになっているので、一生も何もないですよ」
さらりと言われた重大事に、数拍子置いて遊馬は血相を変えて立ち上がった。
「なんだそりゃ!? 勝手に殺すな!」
「殺すんじゃなくて、勝手に死んでるんですよ。そもそも贈り物を貰える条件が、『未成年でクリスマスにお亡くなりになり、なおかつ生前の善行値がプラス十以上の方限定』ですから。――あ、ちなみにお亡くなりになった死因は、酔ってベッドから落ちてパソコンの筐体に頭を打って、打ちどころが悪かったからです。据え置き型ではなく、ノートパソコンにしておけばよかったですね」
テストのケアレスミスを指摘するように、軽く付け加えるルチア。
「アホか! そんな間抜けな死因があるか!」
夢だという前提も忘れて怒鳴りつける遊馬の肩を、いつの間に背後に回っていたのか戸中井が軽く抑えて、そのまま椅子に戻した。
たいした力を入れているようにも見えないのに、抑えられたところからピクリとも動けない。つーか、痛みも感触もあるんだけど、もしかしてこれってただの夢じゃない……?
「いやぁー、世の中信じられないような死因はたくさんありますからね。……そういえばエクストリーム○殺って競技はご存知ですか?」
「それは競技じゃない! 単なるネタだ!!」
「まあそんなわけでして、基本このプレゼントは現世では使えないものばかりになっています」
いきり立つ遊馬に対して、ルチアは泰然自若マイペースのままテーブルの上のガラガラに手をやる。
大きく深呼吸をした遊馬は、
「……百歩譲ってこの夢が現実として、この世で使えないようなプレゼントを貰っても全然嬉しくないんだけど。つーか、意味ねーだろう」
当然の疑問を口に出した。
いや、俗に地獄の沙汰も金次第というから、ひょっとして閻魔様相手に袖の下が通用するかも知れないけど、逆に怒りを買って地獄直行ヒモなしバンジーになりそうな気がするなぁ――と、いつの間にか真剣に悩む遊馬。
「だーかーらー、最初に言ったように、異世界転移ですよ」
トントンとガラガラを指で叩きながら、ルチアが説明を繰り返す。いちいち遊馬のいらんツッコミにまで返してくれるところを見ると、案外律儀な性格なのだろう。
「異世界転移……つーか、転生じゃないのか?」
オタクというほどではないが、そこそこゲームやアニメ、漫画も読んでいる遊馬の指摘に、ルチアは我が意を得たりとばかり、少しだけ身を乗り出した。
「そうですそうです。普通なら生前の善行ポイントに応じて、輪廻転生をして人間とか他の生物……ポイントがマイナスだと知能の発達してない動物とか、逆にプラスだと天使とか仙人とか上位存在にクラスアップすることが可能ですが、そんなのは各宗教の開祖レベルになるので、普通は現在の記憶や知識をリセットしての人生やり直しになりますが、それに対して今回の『転移』は、現在の人格を保持したまま別世界へ行くことができます。まあ、細菌などを持ち込まないように、一度体の方は作り変えますけど」
生態系保全のための滅菌みたいなものです。汚物は消毒だーってわけじゃないので、気を悪くされないでくださいね、とフォローするルチア。
例えが妙に古いな。こいつ何歳だ? と思う遊馬であった。
「これってかなり好条件ですよ。次回の輪廻転生に有利ですから、ひょっとすると一足飛びに上位存在になれるかも知れません」
「……随分と良い話に聞こえるけど、そもそも見ず知らずの異世界で暮らしていけるのか?」
ありがちな中世ファンタジー世界だと、定番の魔物とか戦国乱世で最初からクライマックス状態じゃないのか? だったらひ弱な現代人が生きていける保証はないわけだけど。
「いちおう安全な場所に転移させる予定です。それとサービスで最低限の衣装と三日分の食料、お試し版で現地語の会話をインストールしておきます。まあ、あくまでお試し版なので三ヵ月で効果が切れます。その前に自力で言語を習得するか、ガチャで正式版の言語スキルが出るのを期待するしかないですね。あ、転移先の世界は『アーカディア』と言って、ありがちですが剣と魔法の世界です」
「やっぱりか……他の世界には?」
「残念ですが空きがありません。嫌なら通常の輪廻転生も可能ですし、遊馬さんなら次も人間から始められると思いますよ。当然、記憶も意識も特典もリセットされますけど」
ですが、いまなら特典付きです! 今晩だけのサービスです! この際、ブル○ーカーもおまけに付けます!
と、胡散臭いことこの上ないセールストークを炸裂させるルチア。
いままでの話が本当だとしたら、ただ輪廻転生するよりも特典貰って異世界転移する方がよさそうな気はするが……。
「ぶっちゃけ、なんか信用できん」
ジト目で睨むと、ルチアは不本意そうな顔で頬を膨らませた。
「そんなことはないですよー。ただ今晩中にノルマをこなさないとアレなので……」
何が『アレ』だと思う遊馬の両肩を抑えながら、戸中井が小声で囁く。
「ルチアお嬢様は見た目が『サンタクロース』というアイコンから少々逸脱していますので、残念ながらその肩書きや実力を疑問視されるケースが多々あります。そのため今回を逃すとS3級に降格させられる可能性がございますので、何としても遊馬様との契約を調印したいと必死なのでございます」
そりゃ確かに、サンタって言えば白髭の太った爺さんだからなぁ、バッタもんにしか思えないだろうなと思う遊馬であった。
「――ということで、異世界転移しましょう♪」
笑顔のルチアと背後の戸中井からのプレッシャー――さり気なく関節を極められている――に負けて、遊馬はしぶしぶ首を縦に振った。