第三話 トイレ・イリュージョン
「ありがとうございますぅ」
間の抜けた声で感謝の意を伝える。
しかしそれを伝えた相手はこちらを見ようともせず、手元のスマホを凝視したまま去っていく。
いつもの光景なので慣れたものだ。
すぐに次の人が商品を持ってくる。この人もスマホを見たままで無言で商品を置く。目を合わせようともしない。
「ありがとうございますぅ」
同じセリフの繰り返し。
これを毎日続けているのだ。
「良子ちゃん、ちょっとレジよろしくね」
僕はお客さんが少なくなった時間を見計らい、サポートで入っていたバイトの良子ちゃんにレジを任せると、そそくさとトイレに向かった。
特にトイレに行きたかったわけではない。唯一"逃げられる"場所がトイレなだけだ。
僕はこの生活にうんざりしていた。
調剤薬局で勉強し『いつかは自分の薬局を持つ』という大きな目標を持ち薬剤師として就職するも、わずか1年でドラッグストア勤務へ。会社の方針もあり調剤部門を縮小しドラッグストアをメイン事業とする事になる。
今や登録販売者制度も始まり薬剤師の存在意義が減るばかりである。
こんな事ならば、最初から病院に就職しておけば良かったのかもしれない。
もちろん転職は可能だが、今の職場・・・何かおかしいと感じている人が多いのか、我先に辞めていく人が多く退職願をなかなか受け取ってくれない。
ひょっとしてここはいま流行のブラック企業なんじゃないか?
そう思ってしまうほど僕は憔悴し切っていた。
『従業員用トイレ』と書かれたドアを開け、中に入る。
するとさっきまでの雑踏が嘘のように消え、僕だけの空間が出来上がる。
さすがに防音設備になっていないとは思うが、それでも店舗で一番静かな場所なのである。
僕はこの空間が凄く気に入っていた。
ポケットに入っていたスマホを取り出し、いつものようにニュースとSNSをチェックする。
今日も色んな出来事があるようだが、毎日のように何か起きるので神経がマヒしているのか、いちいち驚くことはない。
立つのにも疲れてきたので、便器に座る事にした。忙しい(であろう)時は一呼吸してから出る事が多いが、今日のように(たぶん)大丈夫であろう時は、ちょっと時間を使い座って休憩するようにしている。
とあるアイドルがグループから卒業する、というニュースを何気なしに見ていた時のことだった。
突然お尻から「ゴポォ」という音が響いた。
え?尻から?
とビックリして座ったまま股下を覗いたが、正確には『お尻の方角から』音がしていた。つまり便器からである。
最近は自動で自分自身を洗ったりするトイレがあるが、こんな音は今までで初めてだった。
しばらく見ていると、どんどん音が大きく繰り返すようになってきた。
(なにかヤバイ)
すぐ立とうとしたが、何故か尻が浮かない。
というより引っ張られているような感覚だ。
見ると、トイレの水が明らかに渦を巻いている。しかも見た事ない速度で。
思いっきり力を入れるが、ますます尻が引っ張られていく。
(うおおおおおおおおお)
僕は声にならない声を上げながら、ついに尻からトイレへ突入してしまうのであった。
…
最後までお読みいただきありがとうございます。
文章がかなり未熟ですが頑張って最後まで書きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします!