第十八話 艶やか唇と月夜の出来事
【登場人物紹介】
綾瀬雷人:主人公 地球出身 薬剤師 フツーの人
ユーリン・ドーランド:女魔法使い ドS
セシル・フリード:女僧侶 天然
竜王:迷惑な言葉を残し死亡したラスボス
【あらすじ】
トイレから転生イリュージョンした薬剤師ライトは何故かラスボス竜王に「転生先」と名指しされてしまう。
しかし何とかこうにか自由の身を得たライトは冒険者の資格を得るため試験に臨むのだが、着いて来たユーリンが毒に侵されてしまう。
助けようとする中で何か変な力に目覚めるライト。これはいったい・・・
「綾瀬さん、ちょっと…」
久々にその名前を呼ばれた気がする。
ずっとライトだとか浮気者だとか言われていたからな。
呼ばれた方に振り向くと、そこには職場のバイト―良子ちゃんの姿があった。
良子ちゃんは半年ほど前にバイトとして入ってきた女子高生だ。
ここの店長はバイトの子を顔で選んでいる(男も女も)だけあって、美少女とまでいかないまでも可愛らしい女の子だ。
入りたての頃「これ出しといて」と商品出しをお願いしたら、本当に"ダンボール箱から出しただけ"という事をしでかした天然な子でもある。
そんな良子ちゃんが恥ずかしそうにこちらを見ている。
また何か失敗したかなと勘ぐったが、どうやら違うようだ。
何かモジモジしている。
「ここじゃあれなんで、倉庫で待ってます」
・・・んっ?
おいおいこのシチュエーション。
まさか人生初の"アレ"か?
都市伝説とばかりにおもっていたが、まさか本当に起こるとは!?
ドキドキしながら倉庫へ向かうと良子ちゃんがすでに待っていた。
モジモジしていて目は潤んでいる。
気のせいか唇も艶やかだ。
あれ、最近のJKってこんなに色っぽかったっけ・・・。
「綾瀬さん、こちらです」
そう言って倉庫のドアを開ける良子ちゃん。
ええっ。まさかこの中で!?
どどどうしよう。これ以上すると犯罪のかほりが。。
などと妄想しつつ中に入ると、そこは真っ暗。一寸先も見えやしない。
振り返ると、良子ちゃんにドアを閉められてしまった。
「えっ」
驚いていると、暗闇から激しい鼻息とともにラスボス竜王が現れた。
思わず逃げ腰になる僕。
しかし後ろの扉は、まるでつっかえ棒でもしているかのように開かない。
扉としばらく格闘していると、すぐそばまで来た竜王が喋りだした。
「我の言う通りに動かなかったな」
そういって口を大きく開け、僕を食べ・・・
「ぎゃあああ」
・・・られそうになったところで目が覚めた。
心臓がバクバク言っていて苦しい。
どうやらベッドで寝ていて、さっきまでのは夢だったようだ。
落ち着くのを待って周りを見渡すと、置いている物や部屋の雰囲気から日本ではない事が分かる。
「帰ってきたわけじゃ…ないのかぁ」
こちらの方が夢であって欲しかったが、そういう訳にはいかなかったようだ。
「起きたのか」
部屋のドアを開けて入ってきた美少女・・・一瞬分からなかったが、私服を着たユーリンだった。
手にはおぼんを持っている。
茶色の髪をダンゴ状にまとめているので、これまた印象が違う。
「起きた…。変な夢を見ていて…って、そんなことより身体はもういいのか!?」
彼女はゴブリンの毒に侵され動けなくなっていたはずだ。
確か解毒には数日かかると聞いたと思うが。
と、彼女がおもむろに上半身の服を、はだけはじめた。
「なっ…!?」
胸元があらわになりそうでならないギリギリまで開くと
「ほら、もう傷跡もないだろ。セシルが来てくれて強力な毒消しと回復の魔法をかけてくれたんだ」
と、無邪気に報告してくれた。
「そそ、それは良かったね」
こっちは恥ずかしいやら気まずいやらで、それどころではない。
目を逸らしていいのかどうかさえ分からん。
セシルというのは確か4人パーティの中で僧侶をしていた天然の女の子だ。
変な予言を教えてくれた人物でもある。
落ち着いたら彼女を尋ねても良いかも知れない。
しかし魔法というのはやはり凄い。傷跡も綺麗に治せるものだな。
「あ、あのさ。あ、ありがと」
服がはだけた状態で恥ずかしそうに礼を言うユーリン。
ちょっと恥ずかしそうにするところが違うと思いますけど…。
とは思ったが、あのドS魔法使いが一生懸命に言った(のであろう)お礼なので素直に受け取る事にした。
「いや…無事で良かったね」
「う、うるさい!」
顔を真っ赤にしながらおぼんを投げつけ、外に出て行ってしまった。
見事におぼんの"角"が頭にヒットした僕は、またしばらくお休みの時間となるようだ。
お礼の返事をしただけなのに「うるさい」ってどういう事だ・・・。
・・・・・・
次に気付いた時は、すっかり夜になっていた。
窓から月明かりが入り込んでいる。
こっちの世界にも月があるもんだな。
「いてて・・・」
頭を触ると、そこに塗れた布が置いてあった。
どうやらたんこぶが出来てしまったらしい。
ベッドの脇にはユーリンが寝ていた。
看病してくれていたのか。てか、たんこぶは彼女のせいだけど。
月明かりが彼女の頬で反射していて、綺麗な肌をしているのが分かる。
こうやって見ると本当に美人なんだけどな。性格を除けば。
眠気もすっかり覚めた事だし、寝ている彼女にシーツをかけてあげてから、少し外を散歩することにした。
外は本当に明るい。
夜空なのが信じられないくらいだ。
見上げると、そこには地球にあるものとは違う月が存在していた。
地球のそれより数倍ありそうな大きな月がそこには存在していて、もう一つ小さめの月も浮かんでいる。
ひょっとしたらここな地球のどこかなのでは…という淡い期待を完全に踏みにじるには十分すぎる異世界具合だ。
こうやって落ち着いてみると、やはり悲しくなってくる。
辞めたくて仕方が無かった仕事も懐かしく感じ、もう少し頑張れたのかもと思ってしまうから不思議なものだ。
こちらに来てから色々な事がありすぎた。
トイレから吸い込まれ、気付いたら勇者がラストバトルしていて、しかもラスボスに「転生先」とか言われる始末。
一番ビックリしたのが、手から剣のようなものが出た事だ。
あれはどうやって出したのだろう。
何故か興奮しまくっていてほとんど覚えていない。
覚えているのはラスボス竜王が現れたことと自由に動く剣と、あの残虐性だけだ。
その時の気分を思い出すと今でも肩が震える。
あの剣をもう一度出せないだろうかと思い、念じてみたり無意味に右手に力を込めてみたりしたが上手くいかない。
残虐な気持ちが必要なのだろうか。
覚えているその剣の姿からは、煙や炎のように揺らめいていた。
いわゆる漫画などでよくみる『気』のようにも思える。
もしくは魔法の一種なのかもしれない。
当たり前だが魔法など生まれてこのから使った事がないので、それが本当かどうかさえ分からない。
ここは専門家に聞くのが一番であろう。
明日の朝にでもユーリンに聞いてみることにする。
自分の中で一定の結論が出たので、今日はもう寝よう。
そう思い、背伸びをした時に後ろの方で鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
小さな羽音ではなく、それが大きいものである事がよく分かる、ゆっくりとした羽音であった。
振り返り見上げると、大きい方の月を背に羽ばたいている"何か"が見えた。
想像していたよりも小さいが明らかに鳥ではない。
自分の知識の中から必死にそれが何であるか当てようと考えるが、該当するものはまったく思い浮かばない。
こちらに向かってきているようで、どんどん近付いてくる。
何となく姿形が見えてきたが、やはり見たことのない生物だった。
その姿形を簡単に言ってしまうと"羽の生えたヒト"である。
こちらの世界にはミキティのように頭に獣の耳を持つ獣人のような生物が存在するので、そりゃ鳥のような羽を持つ人型の生物がいてもおかしくない。
おかしくはないが、実際に目の前で動いているのを見るとやはり唖然としてしまう。
その"鳥人"はついに僕の目の前まで来て、地上に降り立った。
背丈はそれほど大きくはない。
異様なのは羽だけでなく、その姿もだった。
性別としては女性のようだ。胸も出ているし、くびれもある。
だがその肌にまとっているのが水着のような露出の高いもので、それがまた布というよりも"鱗"に近い形状をしている。しかも灰色の鱗だ。
こちらを見ている目は赤色で、気のせいか少し光っているようにも思える。
だがそれ以上に驚いたのが、彼女(?)の第一声であった。
「お迎えにあがりました。竜王様」




