第十七話 決意
【登場人物紹介】
綾瀬雷人:主人公
ユーリン・ドーランド:女魔法使い ドS
ザイザル:ラウール国宰相 黒光り筋肉
竜王:迷惑な言葉を残し死亡したラスボス
【あらすじ】
トイレから転生イリュージョンした薬剤師ライトは何故かラスボス竜王に「後継者」と名指しされてしまう。
しかし何とかこうにか自由の身を得たライトは冒険者の資格を得るため試験に臨むのだが…。
「油断しちゃった…」というユーリンの言葉が聞こえたような気がしたが、僕の身体は勝手に飛び出していた。
右手には剣を抜いている。
目の前にいるゴブリンは先程のとはまるで違う大きさだった。僕より大きいかもしれない。
しかし大きさに比例して動きは遅いはずだ。次の矢を撃つ前に片をつける。
いきなり突っ込んでくることは予想していなかったのだろう。
奴は矢を構えるのを止め、にぶい音を立てながら弓で剣を受け止めた。
僕は一気に切り崩そうと、様々な角度から剣数を増やしていった。
さすがは魔法の剣なだけあって紙を扱っているかのように軽く自然に動く。
「早くこいつを倒してユーリンを助けなければ」その一心のみで攻撃を繰り返していく。
何故か頭だけは冷静だった。
その攻撃がしばらく続いたが、そのうち奴が僕の太刀筋を綺麗に受け流している事に気付いた。
木のような素材で出来た弓を上手く使い、見事にダメージを最小限にしている。
僕自身は魔法のおかげで最低限の動きは出来ているが、元々は剣など扱ったことのない剣筋である。完全に見切られてしまっているようだ。
疲労の蓄積も魔法ではかばい切れないようで、徐々に動きが遅くなり、ついに剣の動きが止まってしまった。
ヤバイ、やられる。
心が敗北を感じた時、奴の弓を払った一撃で剣が弾き飛ばされてしまった。
地面に虚しく刺さる魔法の剣。
それを確認したゴブリンは、嬉しそうに弓を構えこちらへ向けてくる。
終わった…殺される。
そう覚悟し後ろを振り向くと、ユーリンが完全に倒れて横になっている。その顔は真っ青でかなり苦しそうだ。
矢に毒が塗られていたのかもしれない。
もしそうだとしたら一刻を争う。
「まだだ。まだ終わらんよ」
赤い人が言ってくれたような気がした。
見るとゴブリンは矢を使って僕に止めを刺そうとしている。
さっきと同じでスキだらけだ。
チャンスだ。
ここでいかないと漢が捨たる。こうなったら最後の手段、突撃しかない。
突撃し、奴がバランスを崩したらすぐユーリンを担いで逃げる。
もうこの方法しか思い浮かばなかった。
僕は、意を決した。
「うおおおおお」
叫びながら、右肩を突き出し奴に猛突進した。
また突撃してくるなど想像していなかったらしい。驚いた奴はバランスを崩し、倒れ・・・
・・・倒れなかった。
大きいゴブリンは思っていた以上に重く、僕が当たっても少し震えた程度だった。
すぐにやつの豪腕が振り下ろされ、身体ごと飛ばされる。
派手な音を立て僕は地面に叩きつけられた。
あまりの衝撃で目の前が真っ暗になっていく・・・。
その時である。
突然、真っ暗の中に竜の姿が現れた。
この竜は見たことがある――こちらの世界へ来た時ラスボスとして君臨していた、あの竜だ。
こちらをじっと見つめている。
そのまま近付いてきたかと思ったら、突然咆哮した。
本来なら声だけで萎縮してしまいそうだが、その時は逆に力を僕に与えているようだった。
気付くと僕自身も同じように咆哮し、両手を握りしめ立っていた。
目の前には先ほどのゴブリン。驚きというより恐怖を含ませた目でこちらを見つめている。
さっきまでの大きな息遣いは消え、身体中から力が満ちあふれてくる。
まるで獲物を狙う肉食動物のような不思議な興奮状態であった。
僕はもう一度大きく咆哮し、再び奴に突撃した。
右手には何も持っていないはずだが、剣を握りしめている感触がある。
見ると半透明で煙のようなものに包まれた、大剣の形をした"何か"を握りしめていた。
それが何かは分からなかったが、まるで自分の一部のように自由に動かす事が出来る。
そのままそれを奴に振り下ろす。
慌てて弓で防御体制を取るゴブリンだが、その勢いは強く弓自体を真っ二つに切り、しかも出っ張った腹を少し切る事にも成功した。
今までの苦労は何だったのかというほど、いとも簡単に。
僕は笑っているようだった。
獲物を追い込み猟を楽しんでいる。
狩られるものへ成り下がったゴブリンは、恐怖に顔を引きつらせ腹を押さえながら逃げようとしている。
「逃がすか」
残虐さを隠すことなく、緑色の生物を殺すべく再び大剣を振りかざした。
その時、目の端にピクリとも動かないユーリンの姿が入った。
止まる右手。
一瞬あの竜の姿が浮かび語りかけてくる。
『やれ。殺すのだ』
ゴブリンは背中を見せて逃げようとしている。
今なら簡単に止めを刺せるだろう。
しかし、ユーリンを今すぐにでも助けなければ死んでしまうかもしれない・・・。
その葛藤が一瞬だったのか数秒間だったのかは分からない。
僕は残虐性を必死に抑えこみ、逃げるゴブリンを尻目に彼女へ駆け寄った。
「ユーリン!大丈夫か!」
矢が刺さっている場所を中心に大量の血が広がっている。
上半身を起こすと彼女は少し目を開けピクリと動いた。
<顔は真っ青だが、まだ生きてる>
そう判断した僕は、すぐに街へ運ぶことにした。
薬剤師というのはこういう時に役立たない。
目の前に死にそうな人がいても、応急処置が出来ないのだ。
薬や身体の知識はあっても治療の知識が無い。
何度となく感じた事だが、今回ほど強く思った事はない。
彼女を担いで街に入ると魔導師がいて、すぐに回復魔法をかけてくれた。
準備万端だった事に驚いたが、ロングアイの魔法で観ていた冒険者協会の人が手配してくれたようだった。近くには心配そうなネコ耳と衛兵も数名見て取れる。
魔法をかけながら近くの施療院へ運ばれ、治癒を施される。
やはり毒が塗られていたようで、あと少し遅ければヤバかったらしい。
ユーリンは初級の回復魔法も唱えられるようで、自分で治療していたのも功を奏したようだ。
毒を抜くのに数日かかるそうだが、助かる。
そう聞いたら肩の力が抜けたようで、僕はベッドの横で倒れ込むように意識を失った…。




