第十六話 戦闘
【登場人物紹介】
綾瀬雷人:主人公
ユーリン・ドーランド:女魔法使い ドS
ザイザル:ラウール国宰相 黒光り筋肉
竜王:迷惑な言葉を残し死亡したラスボス
【あらすじ】
トイレから転生イリュージョンした薬剤師ライトは何故かラスボス竜王に「後継者」と名指しされてしまう。
しかし何とかこうにか自由の身を得たライトは冒険者の資格を得るため試験に臨むのだが…。
冒険者協会で教えてもらった洞窟の場所は、貰った地図に書き記されていたが、予想以上に…
…近かった。
門から歩いて数分の場所にあり、さっきまでの高揚感は何だったのかというくらいの近さである。
洞窟は土が盛り上がったところにポッカリと穴が開いており、少し奥まったところに壊れた扉が見える。
以前は銅の採掘場として使われていたようだが、現在は廃坑となっている。
横に腐りかけた木の看板があり、文字はかすれて見えないが採掘場の名前でも書いていたのだろう。
少し入り、扉に手をかける。
奥は真っ暗でどのような状態かまったくうかがい知れない。
この奥に魔物が…。
と思うだけで緊張が走る。
ゴブリンは超駆け出しの冒険者でも倒せるレベルの魔物らしいが、戦いの経験が一切ない僕にとっては心臓の鼓動で胸が張り裂けそうだ。
真っ暗なのを見て、今さら松明などを持ってこなかった事に気付いた。
松明を手に入れるために街に戻るか…と思案していると、ユーリンが何事か唱え、手のひらから光源が生まれた。かと思うとユラユラと頭上で輝き目の前を明るく照らしはじめた。
「松明忘れるなんて…バカ。さっさと入りなさい」
照明の魔法のおかげで洞窟内は真っ暗ではなくなった。
といっても半径数メートルほどでその先は光が届かずのままだが、それでも何も見えないよりかは雲泥の差だ。
円形に掘ってあるようで、少しかがむ程度の高さしかない。
所々にあるランタンが昔ここが使われていた証としてぶら下がっていた。
いつでも使えるようにと右手は左側に帯びている細剣を握り締め、ゆっくりと歩を進めていく。
さすが高級品の防具は動いてもほとんど音がしない。身体の動きに合わせまるで曲がっているかのように動きやすい。
自分の足音と鼻息の方がうるさいくらいだ。
30歩ほど歩いただろうか。
少し広い部屋のようなところに着いた。
そこは天井も高く、腕を伸ばしても上まで届く事はない。
ユーリンがまた何事か唱えると、さっきまでフワフワ浮いていた光源が天井へと飛んでいき部屋全体と照らしはじめた。
ほええ。魔法って便利。
素直に感心していると突然、キシャアアと紙が擦れるような音が響いた。
聞いた事のない音だったので最初、何の音かまったく分からなかった。
しかし同時にジャリ、ジャリと規則正しい石の擦れる音がし、それは足音だとすぐに分かった。
何か大きな生物が近付いてくる。
そう直感した僕は自然と剣を抜き腰を低く身構えていた。
部屋の奥に光の届かない場所があり、たぶん通路となっているところから音が聞こえる。
徐々に音が大きくなり、ついにそれは姿を現した。
ゴブリンというのはファンタジー世界でよく出てくるので大体の姿は想像できていたのだが、実際そこに"存在"しているのとでは比較にならなかった。
背丈は大人の半分程度、顎と耳は尖がり、緑色と茶色を混ぜた色で洞窟のような皮膚をしており、頭は禿げて申し訳程度に数本の毛が付いていた。
全ての動植物が生存するために進化するのだとすれば、この魔物というやつは憎まれるために進化したに違いない。
そう思えるほど、ここまで醜い生物を見たことが無かった。
先ほどの紙が擦れるような音は、ゴブリンの鳴き声だったのだ。
同じような音を出し威嚇してくる。
はっきり言って僕は萎縮していた。剣を持つ手は震え、足も震えていたのかもしれない。
ただゆっくりと後ろに下がっていた。
もうすぐ奴らが飛び掛ってきそうな距離まで詰め寄られた時、背中をポンと押され同時に「ほれ。行け!」とユーリンの声が聞こえた。
その瞬間、何かが吹っ切れたように僕は剣を振りかざし奴らに突っ込んでいった。
「う お お お お っ!」
後の事はあまり覚えていない。
気付くと自分の周りに2体、ゴブリンの死体があった。
肩で大きく息をしている僕に「やるじゃん」とユーリンが声をかけてくれた。
どうやら僕が奴らをやっつけたらしい。
なんとなく感触だけが残っている。
間もなく、ゴブリンの死体が黒い霧に包まれるように消えた。
不思議に思ったが、ユーリンによると魔物は地界から来ており本来この現界にいられない存在なので、死ぬと消え去ってしまう。一説によると地界へ還っているとも言われているが、実際のところ分かっていないらしい。
ともあれ、死体をずっと眺めなくて良いというのは助かる。
やはり見ていて気持ちの良いものではないから。
不思議と気持ちは落ち着いていた。
震えも止まっている。
黒い返り血も先程の霧と共に無くなっていて、まるで何事も無かったかのようだ。
呼吸も落ち着いてきたので、このまま探索を続けることにした。
かねてから聞いていた通り、それほど洞窟は大きくなかった。
一本道でもうひとつ同じような空洞があったが、そこで行き止まりであった。
戦闘もその後ゴブリン3匹が現れたが、落ち着いて対処する事が出来た。
まるで剣を以前にも扱っていた事があるかのようにしっくりくるが、これはユーリン曰く『剣にかかっている魔法のおかげ』らしい。
少しばかり期待していた宝箱を見つける事もなく。
僕の初任務はあっけなく幕を閉じた。
「まあこんなもんだよ」というユーリンの言葉を背に出入り口の扉を開きかけた時、
顔の真横で風を切る音が聞こえた。
一瞬あとに「ぐふっ」という声が聞こえ、振り向くと、ユーリンがみぞおち辺りを抱え崩れ落ちるところだった。
手で抑えている場所には矢が一本刺さっている。
正面に向きなおすと、弓を構えたゴブリンが不敵に笑っていた。




