表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼執事  作者: 空暮
5/11

1-5

 間が空いてしまい、申し訳ありません。区切る箇所を見つけることが出来ず、少し短めに分割して更新させていただきます。誤字脱字、おかしな表現があるかもしれません。

 その後、クロは死体を一通り確認して帰ってしまった。応援を呼んでくると言ったその言葉通り、朝になると十人以上の仲間を引き連れて帰って来て「まぁ、こんぐらいのことしか出来ないんだがなぁ」とバツが悪そうにそっぽを向いた。彼らは死体を回収し、当分の間はこの屋敷の周りを見張っていてくれるそうだ。

 結局、お嬢様を襲った悪漢たちの正体は分からず、『金銭目当てのチンピラ』ということで一応の解決を向かいそうだ。今後の調査でどう変わるか分からないが、出来ればこんな事件はこれっきりにして貰いたい。

 ただ、一つ気になるのは死体を見たクロが「あぁ……ん? あー、えっと、何だっけかぁ」と不安を煽るような態度を取っていた事だけがやけに気になるのだが。

 大事を取ってお嬢様は本日の予定を全て取り消し。家で大人しく療養する事となった。

 「はぁ……」

 机に頬杖をついて物憂げな表情を浮かべているお嬢様は、お手元の本も手につかないようだ。

 「どうかなされましたか?」

 “出来た執事”ならお嬢様を煩わせることなく、その悩みを解決する事も可能なのだろうが私にはまだそこまでの力は無い。だからこうして、阿呆のようにお訊ねしなければならない。

 「うん、少し寝不足……って言うのもあるけど、何もしないで家に居るのって辛いね」

 口元に手を当て「ふふっ」と笑うその顔は確かに少しやつれているようにも見える。

 (一度昼寝を……いやいや、それでは体内時計が狂ってしまわれる。運動――いや、屋敷から出るのは難しい。お嬢様の安全を考えるならこの屋敷の中が一番だ。ではどうするシロ!? 私に出来る事は何か無いのか!?)

 とにかく『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』、頭に思いついた解決策をお嬢様にぶつけてみることにした。

 「豆茶を用意させましょうか?」

 「あれ、気持ち悪くなるからいい」

 「肩でもお揉みしましょうか?」

 「別に凝ってないよ?」

 「歌でも歌いましょうか?」

 「歌はいいよぉ」

 全て断られてしまう。お嬢様に何もしてあげられない自分が情けなく、思わず肩を落としてしまった。

 「私、シロとお話したいな。誰かと喋ってたほうが眠気も紛れるし」

 本を閉じ、私に席につくように勧めてくる。だがしかし、いつ何があるか分からない。私はお嬢様の傍に居るべきだ。

 「申し訳ありません。私はここでよろしいでしょうか? 私の居場所はここですので」

 お嬢様より半歩下がった左側の空間、此処こそ私の場所。何をするにしても基点は決めておきたい。最適化した行動があってこそ、安全性が証明されるものだ。

 だがしかし、お嬢様は不満があるようだ。頬を膨らませ、私をレンズ越しに責めてくる。

 「……私、この体勢だと首が痛いんだけど。執事たるシロは、自分のこだわりの為に主人に無理を強いるの?」

 「そ、それは……!」

 どう返すべきか。お嬢様、壁、窓の向こうの空と視線を泳がし、答えを探す。

 「私にとっては、その”こだわり”もお嬢様の為。刀があのように反っているのは伊達や酔狂ではありません。あの形こそ、あの切れ味を保つための条件。私の立ち位置も、お嬢様の身を守るための条件です。どうか、ご理解を」

 若干説教めいた言い草ではあるが、理由は見つかった。あとはお嬢様の反応しだいだが……。

 「……………………」

 何も答えない。お嬢様は私の目をじっと見つめたまま視線を動かそうとしない。母から受け継いだ漆黒の瞳。昨夜の桜色の輝きは失われているが、その眼は魔力を持っているようだった。

 (こ、この無言の圧力は……!)

 どうしてもわがままを通されるときに使われる力技。いつもなら簡単に折れてしまう私だが、今回ばかりは事情が違う。今はお嬢様の命が掛かっているのだ、おいそれと情に流されてしまうわけにはいかない。

 「お嬢様から離れるわけにはいきません。私が椅子に座るのは足が立たなくなった時、その時だけです。私はお嬢様の安全のためなら、お嬢様の意志を無視すると心に決めていますので」

 かなりきつい言い方になってしまったことは否めない。だが、これは大切な事だ。分かってもらえるまで何度でも伝えるべきだ。

 「もし、その席に座らないともう口をきいてあげないって言ったら?」

 「どうぞ」

 本当にそんなことになったら私は絶対に苦しむだろう。だが、きっと後悔はしない。後悔をしないということは間違っていないということだ。

 恨みがましい目でお嬢様は私を見てくる。何がそこまでお嬢様を意固地にさせるのだろうか? 

 (やはり、家族と離れていると寂しいのだろうか……?)

 私では家族の代わりにはなれないのかもしれない。そんな悲観的な考えが頭をよぎる。

 「じゃあ執事をクビにするって言ったら?」

 「……どうぞ」

 命令違反といったら違反なのだろうか。喉元に冷たいナイフを押し当てられたように呼吸が震える。お嬢様はそんな事はしないと分かっていても、恐い。

 それでも私は、いや執事なら、主人の安全を第一に考えるべきだ。それが大原則、守るべき矜持のはずだ。

 直立不動の私を睨みつけていたお嬢様は、諦めたように苦笑すると眼鏡を外された。

 「――シロの石頭につける薬はなさそうだね?」

 「迷惑をお掛けします……」

 頭を下げる。どうにか分かってもらえたようだ。胸を撫で下ろし、ほっと一息を吐いていると、

 「じゃあ、私がこうするのはいいよね?」

 そう言うと、椅子を抱えたお嬢様は私に向かい合うように席の向きを変えてしまった。ニコリと笑い、椅子に腰掛けてこちらを見つめてくる。

 「私はね、シロとこうしてお話したかったんだ。顔の前には顔が無いとねっ」

 このままでは私が見下すような形になってしまう。すぐさま膝を付いて目線が合うようにして言葉を返す。

 「その、うーん……どうなんでしょう。これはアリなんですかねぇ……」

 これだけ距離が近ければ何かあったらお嬢様の盾にもなれるし、担いで逃げることも出来る。しゃがんではいるが、この部屋の何処にでも一息で飛び掛ることが可能だ。そう考えれば、問題は無いのではないだろうか。

 「じゃあ良いでしょ? 何か問題があるなら言ってみて。―――それじゃ、お話しよ!」

 半ば押し切られるようにして、お嬢様は嬉しそうに話を始めてしまった。

 「秋になったら山登りできるかな?」

 「可能でしょう。夏よりは日差しは強くないですし、空は澄み、遠くの掴雲島の山頂まで見渡せるでしょう」

 お嬢様は自然が好きだ。それは海や山のように壮大なものから、小さな花や風の匂いと言った些細なものまで、だ。

 「今年は頑張って頂上まで一人で歩くんだ。いつもシロにお世話になってるからね」

 「ならば、私も応援させていただきます。自分の力で何かをやり切るという醍醐味もあるでしょう。お嬢様の成長のためなら、このシロは助力を惜しみません」

 「でも、私が疲れたらおぶっちゃうんでしょ?」

 「世の中には臨機応変という言葉がありますゆえに」

 口元に添えられていたお嬢様の手は突然、私の右手の甲に重ねられた。

 目を細められて、お嬢様は私の手を撫でる。癖の強い毛がビシビシとはねっ返る。

 「シロの手って大きいね。それにすごく硬い……私が触ってるの分かる?」

 「はい、それは勿論です」

 幾度も幾度も人の骨を砕いた私の手は、岩の如き硬さと歪さを得ていた。いや、失った記憶の時から私の手はこんな風に『何かを壊す』ために作りかえられていたのだ。

 「私……この手、覚えてる。いつもお布団の中にあった。大好き……」

 そう言えば大昔、お嬢様と一緒に寝ていた時はよく手を握られていたと思う。尻尾に抱きつかれることもあったが、手持ちぶさたになると私の手を触っていたものだ。

 五つにも満たない頃の事を覚えているとは思わなかった。私は驚きと嬉しさ、そして懐かしさを感じ、知らず知らずのうちにその頃の事を話していた。

 「お嬢様は小さい頃はそれはそれはお転婆で、よく私にイタズラをしてきたものです」

 「えっ!? そう……だったの……?」

 驚き、目を見張るお嬢様が可愛く、さらに話を進めていく。

 「それはもう。いきなり尻尾を引っ張ったり、寝てるところを圧し掛かられたり――そうそう! 公園に散歩しに行ったときに迷子のフリをされるのは本当に弱りました」

 あの頃の苦労も、今となっては微笑ましい思い出。私にしてみれば何から何まで初体験で、どれもこれも鮮明に覚えている。

 「私、あの時はシロに構ってもらうのが嬉しくて嬉しくてそれぐらいしか……」

 少しでも覚えてくれていたことがひどく喜ばしく感じた。

 「あの頃の思い出はどれもこれも大切な宝物です。もちろん、今この時間もとても貴重なものですが。誰かと共有する時間は、どれもこれも素晴らしいものです」

 私の手を撫でていたお嬢様は、その言葉を聞くとひしと手を握ってすぐさま俯いてしまった。

 何があったのだろう、どうしたものかと私が二の句を繋げないでいると、

 「――こんな時間がずぅっと続けばいいのにね」

 今にも掻き消えそうな小さな呟きが、私の耳に届いた。



 暗い陰気な部屋に宿る無数の蠟燭。ぼんやりとした灯が照らすのはフードを被った死人のような男たち。彼らは目の前の火を揺らすことなく、その時を待っている。

 彼らの種族は様々だ。背に生えた翼が生えている者、体中が水で濡れている者、体の内側から光が漏れ出る者など、一人として同じ者はいない。

 いつまでも続くと思われた静寂を破ったのは、一際背の大きい男だった。彼はゆったりと椅子に座って、頬杖をついている。

 「――今日、ついにあの”黒拳獣”が帝都から帰ってくる」

 その言葉に場がざわつく。どれも否定的な囁きで、歓迎するような雰囲気ではない。

 空気がゆらめき、蝋燭の灯も揺れる。踊る火が照らすのは石壁と木製のテーブル。天井まで石が敷き詰められており、この部屋が地下にある事が分かる。

 「あのような組織の規律も守れない狂人を此処に呼ぶのはあまりに危険ではありませんか? 確かに腕は立ちますが……爆弾を抱えるようなものですよ?」

 「そうだ! アレにどれだけの同胞を殺されたと思っているんだ!? 仲間殺しの咎で即刻処刑すべきなのに、野放しにしてる事自体が特例なんだ! 私の部下も殺されている。出来るならこの手で殺してやりたいほどだ……!」

 噴出した不満に対して大柄の男は喉を震わせるような笑い方で答える。嘲りにも似たそれは、他の者をいきり立たせるには充分だった。

 「ならば、汝らもその”組織の教義”に従ってヤツを殺せばいい。ヤツは汝らが作った下らぬ規律よりも、我が教義に忠実だ。木っ端どもよ、口を慎め。己の手を汚す事も厭う潔癖症に毒された蛆虫どもめ。”強者を求め、仇なす”という教義を忘れたのか」

 立ち上がった者たちも、フードの闇から覗く鋭い眼光に臆して席に着く。その目の鋭さは、知性を湛えた野獣のものだった。どんな風に生きてくればこんな飢えた瞳になるのか。

 「ふん、愛玩動物のように怯えよって。牙がもげた汝らに任せたばっかりに、この前は失敗したのだ。その尻拭いは”黒拳獣”にやってもらうことにした。――入れ、ルッガ」

 またもざわつく地下室。やけに響く音は軋む蝶番と階段を下りる足音。他の者が立てるような乾いた足音とは違う、ズシャと踏みしめる力強い音は少しずつ近づいてくる。

 席に着かず、壁際に立っていた男たちは自ら退いて道を作った。そこを歩いてくるのは、黒毛の人狼だった。その毛は濡れているのか思わせるほどつややかで、暗闇の中でもその「黒さ」を主張する程だ。

 だが、何よりも特徴的なのはその「存在感の無さ」だった。いやでも目を引く黒毛、やかましい足音、それなのにまるで其処にいる気がしないのだ。

 その存在感の希薄さは、肉食獣が茂みに姿を隠すのに似る。中には己の目を擦る者までおり、目の前にいることが信じられないようだった。誰も彼もフードで顔を隠しているのに対し、その人狼は皮製のズボンを身に付けているだけで、上半身は何も着ていない。

 「よく来てくれた、ルッガよ。帝都での長い勤め、ご苦労だった。道中での疲れはないか?」

 先ほどとはうって変わって嬉しそうな男は、歓迎の意を示すように手を広げる。

 「……これはこれは。俺の顔を見ると心臓が止まっちまうような臆病者が雁首を揃えて何をしているかと思ったら、悪口大会か。まったく、この町みたいに魚臭いのがお似合いのようで」

 途端、突き刺さる無数の殺気。それを頬を歪ませて受け流すルッガと呼ばれる人狼はおどけるようにして振り返り、恭しく頭を下げる。

 「それとルッガと呼ぶのはやめていただきたいですなぁ。その名前は随分昔に捨てたのでね。俺は”黒拳獣”だ……お忘れなく」

 顔を上げた彼の隻眼が、部屋にいる全ての人間を貫いた。無意識に唾を飲む者、汗を滲ませる者、反応は多種多様だが、彼らは「怯えている」という点では同じだった。

 一度に掛かれば目の前の人狼を殺せるかもしれない。だが、そのためには相応の屍を築かなければならず、彼らにはそんな勇気はなく……ただ鬱屈した怒りを抑えることしかできない。

 「で、どうして俺を呼んだ? 俺には帝都で自堕落な生活を送るっていう崇高な任務があるんだがねぇ」

 おどける仕草を崩そうともせず、傲岸不遜な態度を取り続ける。フードの中を覗く彼は背中を他の者たちに向けた。

 良く見ると、彼の黒毛の中には白い毛が線となって生えている箇所が見受けられる。それはあちらこちらに走っており、模様にも見える。

 「汝にしてもらう事はいくらでもあるが……ふむ、取り合えず此処にいる者たちを黙らせる為に、中断されている仕事をしてもらうとするか」

 「さっき言ってた「尻拭い」か。何だ、その仕事は?」

 大男はルッガだけでなく、この部屋にいる者たちに聞こえるように告げた。

 「スニーラーク家の一人娘、『桜』の誘拐だ。ただし――生死は問わない。"肉体"さえ誘拐できれば良い」

 「……やけに楽な仕事に聞こえるのは、帝都と港町の格の違いですかな? それとも、格が違うのは配置されている人材ですかね」

 慣れた調子で皮肉を言うルッガ。その彼が『スニーラーク家』という単語に僅かながら反応をしていた事に気付いた者はいなかった。

 「……………………」

 ――ただ一人、除いて。


 次へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ