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アオしろ黄色  作者: なめ
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菜の花

入校式を終え、割り当てられた第二校舎B教室へ向かったアゲ。担任の指示で前後の席同士で自己紹介を行う為に後ろを振り返るとそこにいたのは…

 膨大な人数の為に冷房の効きがすこぶる悪い講堂で入校式はガイダンスを含めおよそ一時間に及んだ。入校式が終わり各々に割り振られた校舎へ向かう為外に出たのだが、如何せん講堂の中が暑すぎて猛暑日である今日でさえ外気の方が涼しく感じる。滴る汗のせいで女子生徒の白いシャツに下着が透けて見える光景はサウナと化した講堂で罰ゲームとも言える辛い入校式を耐えた俺へのご褒美だと勝手に解釈し、俺はこれから約一か月を過ごす第二校舎B教室へと歩を進めた。


 教室に入り、席は自由らしいので適当に席に着き辺りを見渡したが、知った顔は見当たらない。恐らく志望校や成績を勘案し、生徒を割り振ったのだろう。アイランドにある公立五校の中で偏差値で見ると二番目に位置する西神実業だが、基本的に専門科しかない。齢十四、五にして自分の将来の展望が決まっている者は少ないのだろう。俺みたいにこの歳で軍事科を志望する奴なんて友達の中ではいなかったからな。知った顔が見当たらないのも無理はない……か。


「私が今日から一カ月君達を担当する教官の明村あきむらだ。そうだな、私は堅苦しいのは嫌いだからメイソン先生とでも呼んでくれ。一応この教室には第一から第五問わず西神実業を志望している者が集められている。半年後は同じ学び舎で共にするかもしれないメンツだ。そこで、だ。ベタに順番に一人一人自己紹介するのも有りだがどうだ、席の前後で向き合ってまずは自己紹介という形を取りたいと思う。ということで前から数えて奇数列の席の奴は椅子を後ろに向けてくれ」


 見るからに体育大出身的なガタイをしているメイソンの指示に従い俺は椅子を後ろに向けて、どうも――と呟きながら目を合わせた先にいたのは……


「初めましてーって。あ、――」

「なんでお前がいるんだよ!? 」


 ここまでの流れを知っているそこのアナタならお気付きだろうか? これがもし物語だとしたら俺の視線の先にいる人物は一人しか予想出来ないだろう。 

 そう、入校式で人を皮被り野郎扱いしたあの口の悪い西訛りの女子生徒一択だ。


「なんでと言われても西実せいじつが第一志望やもん。自分かて西実志望やからここにおるわけやろ? 考えんでも分かるがな」

「そんなことはどうでもいい。いいか、俺にはちゃんとした名前がある」

「知ってる知ってる。アゲやんやろ? さっきの話聞いとったからなー」

「知っているなら名前で呼べよ!? 大体あんなもの女子が口にする言葉じゃない、このでかパイ野郎」


 ケタケタ笑いながら奴は答える。


「皮被りよりマシやわ。やかましいで、おこちゃま君♪」


 ふと我に帰ると二人一組で自己紹介しているクラスの皆の視線が一点に注がれているではないか。無論、その一点とは俺達なのだが……


「私の名前は菜花、夏川菜花なのか。なんて呼んでくれても構わんけど、さっき口にした『でかパイ野郎』だけは許さんからな?」


 そう奴は笑って言うが、目は笑っていない。


 はあ、と溜め息を交えつつ俺はようやくというか冷静になって菜花って言う奴の顔を見て気付いたことがある。


 あれ? こいつ結構可愛くね?


 自己紹介と一通りの事務連絡が終わると本日の予定はこれで終了だ。俺達は一カ月ここに缶詰状態になるわけで、全生徒はアイランド内に点在する養成所の寮に入寮することになる。とりあえず今日の所は早く帰ってこの重い荷物を置きたかったのだが……


「これにてHRは終了だ。今日のところはここで解散となるが、今から名前を呼ぶ生徒は放課後教室に残るように。相沢、上田――」


 あれ?俺何かしましたっけ――?




 残された男子生徒のほとんどの理由は頭髪検査であった。中学生の分際でロングヘアーにしているような軟派男はいないが、それ以上伸ばさないようにとの注意を受ける程度の長さの奴らが大概だ。


 頭髪検査を終え、帰路に着こうと校門から出たところで本日三回目のご対面、菜花様がいらっしゃるではないか。


「お前まだ帰ってなかったのか?」

「うん、私の下着が華美でブラウスから透けてたからやってさ」

「あー、確かに派手だな。制服の下にそんな色の下着着けてたら汗で濡れなくても透けるわ」

「見んなや、変態。てかあんた、入校式終わって講堂から出る時、汗で透けてる女子生徒の下着ジロジロ見てたやろ?」


 げっ。見られていたのか……。


「ところでアゲやん、私お腹減ったんやけど」

「それはなんだ、あれか。一緒にご飯食べに行きませんか? って誘いか?」

「まあそうとも言うかな。ま、寮の夕食あるから軽めに食べていきたいなーって感じ」

「じゃあ近くのファミレスでも行くか。言っとくが奢らんぞ?」

「別におこちゃまに奢ってもらおうなんて魂胆はありませーん」

「やかましい! いつかは俺も――」

「はいはい、さ、行くで」

 

 こいつと喋っていると完全にペースを持っていかれるな……




「お前にとっての軽めの食事ってこれなのか……」


 目の前のテーブルに運ばれてきたピザにパスタにカレーを見て俺は驚嘆の言葉を発した。


「まあ育ち盛りやしー。アゲやんも軍事科目指すんならそんな華奢な体してたらあかんで」


 余計なお世話である。とは言えろくに運動部に所属していた期間がないため、お世辞にも筋肉隆々といった体ではないが。


「その制服、神尾市の中学か」


 そう言えば名前は知れど、ろくに自己紹介をしていないので実際菜花がどんな奴かよく分かっていない。


「せやで。私は神尾一中でバスケ部。不幸なことにうちのクラスに同じ中学の子はおらんかったわ。そう言うアゲやんは制服にNのワッペンがついている所を見て察するに西阪やろ?」

「ああ、俺は西阪中だ。同じくうちの中学の奴はいなかった」

「ま、寂しいもん同士これから仲良くやろうや!」


 そう言って菜花は屈託ない笑顔を俺に見せた。顔は整っている方なのだから、口さえおしとやかにしとけばそれなりにモテるんじゃないか、こいつ。


「ちょっとションベンしてくるわー」


 だーかーらー。少しはおしとやかにしろよ!

 はあ。……あ、グラスが空だな。トイレ行ってる間にあいつの分も入れといてやるか。


 あいつ確かコーラ飲んでたし同じのでいいよな。なんて思いながらグラスをサーバーの受け皿に置こうとしたら先客がいた。

 いや、別に普通の光景である。見ず知らずの他人がドリンクバーでジュース注いでいるだけ。なのに、なのに何故か俺はそれを見つめていた。

 次の瞬間、俺の意識がこの先客に向けられていた理由が分かった。ジュースを注ぎ終え席に戻ろうとするその先客に俺は声を掛けた。


「今度はオレンジジュースか。てかお前トイレに行ったんじゃなかったっけ?」


 突然声を掛けられビックリしたのかその先客はオレンジジュースを数滴床にこぼしてしまった。床に浸る液体に向けた先客の視線は次に俺へと移された。


「ええと……どちら様ですか?」


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