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――実はリアーヌとオットマーたち――いやこの世界の住人との間には、ギフトに関する認識の齟齬が存在していた。
リアーヌは『ギフト』という存在の情報のほとんどをゲームのシナリオから得ている。
ゲームの中で取り扱われるギフトは、そのほとんどが特別で、だからこそ自分のギフトに思い入れや愛着を持っている者たちばかりで、そんな描写が数多く描かれていた。
だからこそリアーヌは、他人のギフトをムダだのジミだの揶揄する者たちがいても、その人自身にとっての『ギフト』は、特別で大切な宝物であるのだと信じて疑わなかった。
そんな大切なギフトをコピーさせたがる人物がこんなにも簡単に見つかるのだろうか? しかも『風魔法』と『回復』という、汎用性の高い人気スキル。 そうかんたんに他人にほいほいコピーさせようという人間がそんに簡単に現れるとは思っていなかっのだ。
――しかし、ゲームの舞台はあくまでも学園で登場人物たちはまだ就職前の若者たちの話だ。
平民育ちですでに就職している彼らとは事情が大きく異なる。
国で一番大きな商店に就職を果たしている彼らにとって、ギフトをコピーさせるだけで今の自分の願いが叶うのであれば、それは歓迎すべき提案だった。
昨日までの自分となにも変わらずに、破格の報酬が貰え、次期商会代表とその婚約者に恩が売れる――
この話を一番初めに打診されたのが自分だということに感謝すらしていた。
「あの、無理とか本当にしなくていいんで……」
再度、念を押すようにリアーヌが声をかけたところで、ゼクスが呆れたように声を上げた。
「もー! その辺りは大丈夫だって言っただろ? ちゃんと話がついてるんだよー」
「でもギフトですよ⁉︎」
自分の言葉を全く信用しない婚約者に、ゼクスは、やってられない……とばかりに、その両目をグルリと大きく回した。
そして軽くため息をつくとぎょうぎ悪く頬杖を付きながら目の前に座るオットマーたちにたずねる。
「……これでコピーしないってことになったら、事前に提示してた条件全部チャラになるけど、その辺りのことどう思う?」
ゼクスのその言葉にギョッと目を剥くオットマーたち。
「そんな⁉︎ 坊ちゃん今更、それは……」
「あの、もうそのつもりで予定を立てていて……――冗談ですよね……⁇」
二人ともにすがるような笑顔を浮かべながら、祈るような眼差しをゼクスに向ける。
そんな二人の態度にどこか満足そうな表情を浮かべたゼクスは、チラリとリアーヌに視線を移すと気の毒そうに肩をすくめて見せる。
「……ほら。 二人は本気でコピーしてもらいたいんだよ」
「ええ……?」
リアーヌは困惑した様子でオットマーたちを見つめるが、その様子にウソは感じられず、また演技をしているようにも見えなかった。
(えー……? なんでぇ……⁇ この間のお遊びじゃないんだから、ギフトのコピーとか絶対渋々だと思ってたのに……――え、もしかしてものすごい額の報酬が約束されていたり……? ……だとしたらコピーさせてもらっても良いのかなぁ……⁇)
恐る恐るではあったが、リアーヌがコピーすると決めてしまえば、あとは一瞬だ。
その一瞬のうちに、リアーヌは『回復』と『風魔法』というギフトを手に入れていた。
(――回復も風魔法も結構人気なギフトなのに……――待って? これ万が一にも今回かかった費用が、私の借金扱いとか……無いよね? 前回だってそうだったし、この話はゼクス――ラッフィナート商会が持ちかけて来た話だもんね⁇ 大丈夫……だよね⁇ ――いざとなったらあのピンクダイヤ売って返済したろ……)
コピーが終わり、今度は軽い挨拶をして晴れやかな表情で満足そうに扉に向かう二人に、リアーヌも座ったままの軽い会釈を返して見送る。
廊下に出る際、ほんの少しのジェスチャーと視線の動きでで、ゼクスに今回の報酬のことを念押ししているであろう二人の姿を眺めながら、リアーヌは心の中でピンクダイヤがいくらになるのかを検討していた――
(ダイヤであの大きさでピンク……――下手したら私一人、一生生きていけるくらいの金額になったりしてない……? ――さすがに過言? まさかあのダイヤは『これから借金背負わしちゃうけど、これがあれば最悪チャラになるから!』的なゼクスのなけなしの良心だったり……――それは無いか。 私の知ってるゼクスはムダ金は一銅貨だって支払わない商人だもん)
◇
ラッフィナート邸、ダイニング――
玄関をくぐった瞬間からゼクスの家族に総出で、もてなされたリアーヌの頬は、用意された席に座るまでの期間だけですっかり引きつっていた。
(たかだか子爵家の令嬢如きに、ラッフィナート商会の前会長夫妻に現会長がこの大歓迎って……恐怖しか感じないって! どうしようまた騙されるのかもしれない……――今日はどんな書類であろうとも名前書くのはやめておこう……!)
そう心に固く誓ったリアーヌ。
頭の中で練習してきたマナーを反芻しながら必死に笑顔を貼り付け続けた。
少し前から感じていた満腹感に、ふぅ……とゆっくりと息を吐き出しながら、リアーヌは改めて部屋の中に視線を走らせる。
(――この家本当豪華。 さすがにこの王都一番の繁華街に面してるから、大きさだけはうちとかのほうが全然大きいけど、煌びやかさでいったら断然こっち。 ……貴族の家より豪華な商家って……――まぁだからこそ“国で一番の大商会”なんだろうけどさー……)
そう考えながら、リアーヌはシャンパングラスに入れられた炭酸水を喉に流し込む。
その動作につられるように視線を上げ――
(あのシャンデリア高そー……天井にまで装飾してあるし……)
その煌びやかさに感嘆のため息を漏らす――……少しだけため息のように感じてしまったのは、上を向いた際彼女の胃袋が少々刺激されたからだろうか……
(……――しっかし、ここんちの昼食、全然なくならないんですけどぉ⁉︎)
リアーヌはそんな感情を――引き攣ってはいたものの――笑顔の下に隠しつつ、気力を振り絞ってナイフとフォークに再び手を伸ばす――
(なんなのこの家⁉︎ そりゃ出される料理はどれもこれも、食べるの勿体無いくらい綺麗だし味だって文句無いけど、こんなに出てくるもんかね⁉︎ 終わりはいつ⁉︎ 私の感覚だとメイン料理3回食べてるんですけど⁉︎ しかもテーブルの上には、だれが食べる料理か分かんないのがずらっと並べてあるしさぁ……――無理だからね! 私自分のノルマだけで精一杯だからねっ‼︎ ――はっ⁉︎ もしやこれは、沢山の食べ物を用意して、私のマナーをチェックしようというラッフィナート家の罠⁉︎)
驚愕の表情を浮かべたリアーヌはゴクリと唾を飲み込みながら、カトラリーを握る手に力を込めた。




