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「お、大喜び……」
「――嬉しい?」
リアーヌの呟きに被せるように、ニヤッと笑ったゼクスが、リアーヌの顔を覗き込むようにしてたずねる。
「――はい」
リアーヌは目を伏せ、はにかむような笑顔を浮かべると、大きく頷いた。
「……だめ」
なにが気に入らなかったのか、ゼクスは唇を尖らせながら呟くように言った。
「えっ⁉︎」
目を見開くリアーヌにゼクスは拗ねたように続ける。
「大喜びだよ? もっと沢山喜んでよー」
「大喜び……」
ゼクスの願いに、ギュッと眉間にシワを寄せるリアーヌ。
ゼクスはそんな“大喜び”とは真逆の表情にクスクスと笑いを漏らしながらも、再度たずねた。
「――嬉しい?」
「……はいっ!」
満面の笑みを浮かべ、大きく頷いて見せる。
「本当? 気に入ってくれた⁇」
リアーヌの返事に、ゼクスも笑顔になると楽しそうに質問を重ねる。
「凄く! すっごく気に入ってます!」
「やった!」
ゼクスがそう言って胸元で小さくガッツポーズをする。
そして目があった二人はどちらからともなくクスクスと笑い出し、やがてじゃれあうように互いの腕や手に触りながら、楽しそうな笑い声がしばらく続いていた――
ぅをっふぉんっ! という、ヴァルムの大きな咳払いが響き渡るまでは。
「ぁ……」
「その……」
ぎこちない動作で距離をとり、ソファーに座り直す二人。
気まずそうに髪や鼻、首などに触れて、視線を揺らしている。
「――お茶のご用意が遅くなりましたようで……」
ヴァルムはそう言いながら、今まで気配を消していた、メイドのコレットたちに鋭い視線を向けた。
気まずそうに顔を伏せたり視線を逸らすメイドたち。
リアーヌは、コレットたちが責められているのは自分のせいだと感じ、視線を彷徨わせつつも口を開いた。
「あ、あの違うんですよ? ちょっと会話が弾んだだけで……」
「――……そうでしたか」
リアーヌのフォローに気がついたヴァルムは、困ったように微笑みながら息を漏らすと、手に持っていたトレイをテーブルに置き、芳しい香りを放つカップを、二人の前に並べていく。
「――会話が」
ゼクスのカップを置いた瞬間放たれた鋭い言葉に、ゼクスは顔を凍らせながらゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ーおや? どうかなさいましたか⁇ ラッフィナート男爵」
初めてゼクスに向ける満面の笑み。
その笑顔に息苦しさすら感じたゼクスは再び唾を飲み込む。
そしてグッと腹に力を込めるとゼクスの瞳を見据えながら、意地で口角をひきあげ口を開いた。
「――いいえ?」
必死に笑顔を取り繕い、平常心を心掛けて答えたゼクスだったのだが、その声は、やはりいつもよりも少し上ずっているようだった。
◇
「紹介、ですか?」
ラッフィナート商会本店の応接室でリアーヌは今聞いたばかりの言葉を繰り返す。
プレゼントを渡すため、予定よりも早い時間にボスハウト邸を訪れていたゼクス。
しかし諸事情により、少々早めにボスハウト邸を出発することにした。
その少し空いた時間を潰すため、遠回りで家まで向かうか、どこかを散策してから向かうか、と複数のプランを立てていたゼクスだったが、下手な時間調整などするよりも予定を前倒しするのが有意義だと思い直し、出発前に手配を済ませていた。
予定時刻よりも早くラッフィナート邸に着いたリアーヌは本邸の中ではなく、そこに隣接しているラッフィナート商会本店の控え室に案内されていた。
そしてゼクスから「食事会の前に紹介したい方々がいてね?」と言葉をかけられていた。
「うん。 うちの従業員なんだけど、ギフトをコピーしさせてくれるって人がいてね?」
「本心からですか……?」
ゼクスの言葉に思わず疑わし気な視線を送るリアーヌ。
コピーする相手が“従業員”で、その相談を持ちかけたのが跡取り息子であるならば、そこには強制的な力が働いているのでは……と疑っているようだった。
「本心からだよ! ……そりゃ無条件でってわけじゃないけど、それでもこっちが提示した条件で、快く引き受けてくれた人たちさ」
(たち……? え、複数いらっしゃる感じです⁇)
「――そもそも、本心からコピーすることを許可しないと出来ないんだろ?」
「……そうだとは思うんですけど……」
少々歯切れ悪く答えるリアーヌ。
家族やヴァルムの時はそうだったが、必ずしも“本心から”であるかどうかは自信が持てていなかった。
(本当は嫌々でも、心の中で『コピーしていいですよ』って言葉を唱えてたら、コピー出来ちゃう、とかいうクソ仕様だったらどうするのかと……)
「――問題が起こるような交渉はしてなから……」
「はぁ……」
ゼクスの言葉に曖昧に頷きながら、リアーヌは(ぶっちゃけ私との婚約話の時も、問題“は”なに一つ怒らなかったんですよねぇー……)と、少し不満気に顔をしかめていた。
そしてそんなリアーヌの態度から、リアーヌがなにに引っ掛かっているか、正しく理解したゼクスは、気まずそうに眉をかいて、テーブルに用意されていたお茶に手を伸ばした。
少しの間の後、応接室のドアがノックされる。
ゼクスが許可を出してすぐ入ってきたのは二人。 ガッシリした体格の男性と、真面目そうな眼鏡の女性だった。
「お待たせいたしました」
二人並んで綺麗な仕草でお辞儀をして見せる男女。
その光景を見てリアーヌの心はさわり……と波立ち、ゆっくりと背筋を伸ばす。
「忙しいところわざわざ悪かったね? リアーヌ嬢、紹介させてください。 こちらラフィナート商会のオットマー・バーレと、エルナ・ケプラーです」
ゼクスもわざわざソファーから立ち上がり二人のそばに立っての紹介を始めたところでリアーヌは覚悟を決めなくてはいけないのだと悟っていた――
ゆっくりと唾を飲み込んで、ニコリと口角を上げて見せる。




