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(――いや、ありがたいけどね? サイズのお直しとかも必要も無かったし……なんならあと四、五キロ太ってても着れそうなくらいにだし……? ――でもさぁ……これって優しさなのかな⁇ 私が見るからにスレンダーな――ビアンカみたいな体型だったら、この形のワンピースはプレゼントされなかった気がするんだけど……⁇)
「お嬢様……?」
肌着姿のまま、眉間にシワを寄せつつジッとワンピースを眺めていたリアーヌに、メイドがやんわりと声をかける。
「……はぁい」
ため息混じりに応えると、釈然としない思いを抱えたままワンピースに袖を通した。
◇
ボスハウト邸、応接室。
部屋の中ではソファに腰掛けたゼクスが、隣に座っているリアーヌに向けて、額縁のような形の白くて大きな箱の中身を見せている。
「うわぁ……」
感嘆の声ともドン引きの声ともつかないような声を上げたリアーヌは、ヒクリと頬をひきつらせながら箱の中身――ピンクのサテン生地の上に刺繍のたっぷり施されたチュール地が重ねられた、華奢でいて、とても華やかで豪華な印象を受けるドレスから目が離せなくなっていた。
(――高そうなことはこの際置いておいたとしても、こんな繊細なドレスを私に着て歩けって言ってる⁉︎ こんなん、どっかにひっかけた段階でアウトのやつじゃんっ⁉︎)
「刺繍に宝石も混ぜてほしいってお願いしたら思ったより時間が掛かっちゃってねー。 でも素敵に仕上がっただろ?」
ジッとドレスを見続けるリアーヌをどう感じたのか、ゼクスは得意気に胸を張りながら言った。
(あー……このキラッキラしてるやつ宝石なんだぁ……――よく見たら青いのや赤いのまであるじゃーん……――どんだけお金かけたの⁉︎ えっこれって……ダイヤとかルビー……? ――どうしよう……一つでも落としたら這いつくばってでも探したくなっちゃうんだけど……)
「――絶対に傷つけないように家に飾っておくっていうのは……?」
「うん。 それだと贈った意味無くなっちゃうからね? 俺のスーツだってこのドレスと合うように仕立ててもらってるし」
「……――二つ並べて飾ります?」
「――考え直してもらっても?」
そんなやりとりを見かねたのか、声をかけるタイミングを測っていたのか、コレットが青いビロード地の箱をテーブルの上に置きながらリアーヌに声をかける。
そしてさりげない動作でリアーヌの手元から、とんでもなく豪華で華奢なドレスを引き取るのだった。
リアーヌがその箱に手を伸ばし、ゆっくりと慎重に開ける。
箱の中身はネックレスとイヤリングのセットで、ネックレスは中央に大粒のドレスに似合うピンク色の石が嵌められていて、ドレスの刺繍のように細かい金細工や同じような色合いの宝石で飾り立てられていた。
宝石に詳しくないリアーヌの目から見てもはっきりと高価なものだということが理解できた。
そしてイヤリングもネックレスにそっくりのデザインで、やはり鮮やかなピンク色の石が使われていて、その片方だけでもペンダントトップになり得るほど大粒のものだった。
(それまた高そうな……――でもこのピンク色のはなんて石だろう? 水晶のすっごいいいやつ……とか?)
リアーヌがそう考えると同時に、その背後から感嘆のため息と共に楽しげな声がかかる。
「まぁまぁ、こんなに濃い色のピンクダイヤ初めて見ましたわ!」
通常、このようなタイミングでメイドが勝手に発言をすることは許されない。
しかしそのメイドは、コレットの軽い咳払いで嗜められただけだった。
――それもそのはずで、この発言は、リアーヌに『これがピンク色のダイヤモンドであり、とんでもなく高価である』と伝える意味合いがとても大きかった。
「ダッ⁉︎」
メイドがもたらしたその情報に、言葉を詰まらせつつギョッと目を見開いて、テーブルの上のアクセサリーたちを凝視するリアーヌ。
(ーえっこの大きさでダイヤモンド……? あれ⁇ 色付きのダイヤモンドってめっちゃ高かったような……)
「――えっ……こんなの怖くてつけてられない……」
アクセサリーを見つめながら、少し顔色を悪くしたリアーヌはポソリと呟く。
(万が一盗まれたり、無くしたらどうするの⁉︎ これこそ家から出しちゃいけないヤツじゃん⁉︎)
「えー付けてよー。 ……気に入らないわけじゃないだろ?」
ゼクスはリアーヌの顔を覗き込みながら、冗談めかしてたずねる。
しかしその瞳には(本当に気に入らなかったのだろうか……?)と、少しの不安が入り混じっていた。
「そりゃそうなんですけど……でも落としたら大変だし……――このダイヤ、本番はガラスに変えちゃいます⁉︎」
それなら安心できる! と、顔を輝かせるリアーヌに、口の中に砂利を詰め込まれたような顔を向けるゼクス。
「それはうちの評判にも関わっちゃうからさ……?」
「――確かに?」
(ラッフィナート家が婚約者に贈ったアクセサリーがガラス製でしたー。 とか、わりと大きめのスキャンダルになりそう……)
「……そのワンピースもよく似合ってる。 だから、あのドレスもこのアクセサリーもきっと似合うと思うんだ」
そっとリアーヌの指先に自分の指先を重ねて、照れ臭そうに、しかし優しく微笑むゼクス。
「ゼクス様……」
「――なんたってこの俺が選んだし!」
そう言いながらパッと手を離し、意味もなく首の後ろを撫で付ける。
そんなゼクスを隣で見ていたリアーヌは気がついてしまった。
その耳が赤く染まっていることに。
(――……は? ――……はぁ⁉︎ なにこのゼクス⁉︎ ギャンカワなんだけど⁉︎ えっ実はゲームの中でも、主人公にチャラいこと言いながらも照れて耳赤くしてたってこと……⁉︎ ――はぁ……? なにそれ――好きっ‼︎)
「……それにさ? プレゼントって、大喜びしてもらうのが一番のお返しだと思うんだよね……?」
頬を染めたリアーヌにジッと見つめられていることに気がついたゼクスは、気恥ずかしそうに、しかしどこか満足気に口元をによによと動かしながら声をひそめた。




