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「嬢の許可が降りたんなら、あとは根回しだけだなぁ?」
「ガンス、あんた配達ついでにお屋敷に寄って「休憩時間に遊びに来たザーム坊ちゃんが、うちの仕事がとんでもなく忙しいのを見かねて、仕事を手伝ってくれてるんです」って伝えといで。 ああ、夕暮れの鐘が鳴ったら責任持って送り届けるともね」
「――おうよ!」
おかみさんの言葉に、ガンスはニカっと笑って大きす頷く。
「――でも……」
そんなやりとりを見たザームは、少し居心地が悪そうに言い淀みつつ、なにかを伝えようとする素振りを見せた。
「ははは! 確かにヴァルム様はこんなウソに騙されちゃくれねぇなぁ?」
そんなザームの様子を店主が笑い飛ばし、その言葉にリアーヌがあっ⁉︎ と小さく声を上げた。
「そうですよね⁉︎ ヴァルムさんウソが分かっちゃうギフト持ってますもんね⁉︎」
「でもよ、そういうことにしたほうが人聞きがいいじゃねぇか、なぁ?」
店主がおかみさんたちにそう笑いかけると、おかみさんたちも同意するようにニコニコと笑って頷く。
「……でもそしたら、この店に迷惑がかかるかも」
「おいおい、ここいらの店は殆どが子爵様に守ってもらってるんだぜ? その店が嫡男の名誉を守ろうって動いたのに、子爵家が店を邪険にするわけねーだろうよ」
不安そうなザームを安心させるように笑い飛ばし、わざと戯けた仕草で言うガンス。
「そう、なのかな……?」
「坊の居場所さえとちゃんと分かってりゃ、後はヴァルム様が上手くまとめてくださるさ!」
「――確かに……?」
店主の言葉に、ザームはじわじわと顔を輝かせて店主を見つめ返す。
「おっちゃん頭いいな⁉︎ 凄え‼︎」
「そ、そっかぁ……?」
キラキラと輝く瞳で真っ直ぐに見つめられた店主はまんざらでもなさそうに鼻の頭をかく。
「――ったく……いい歳して本気で照れてんのかい?」
店主を揶揄うように言ったおかみさんは、そのままクスクス笑いながら、手に持っていたお茶の道具をテーブルに置き、手早くお茶を入れていく。
「いいじゃねぇかよ……――本当のことだもんなー?」
店主のほうも、ザームにそう声をかけながら菓子を置いてテーブルについた。
リアーヌたち姉弟はそんなテンポの良いやり取りにクスクスと楽しそうな笑い声を上げる。
そんな姉弟のそっくりな笑い方を見て、ガンスは(お貴族様になっても、変わんねぇなぁ……)とニヤける頬をごまかすように菓子に手を伸ばした。
◇
「本日のデザートはプチシューでございます」
ヴァルムはそう言いながら、サージュとリエンヌ――リアーヌたちの両親――の前にだけフルーツやチョコレートソースで美しく飾られたプチシューが乗った皿を並べていく。
「プチシュー……」
「美味しそう……」
その皿をジッと見つめる姉弟。
ザームは絶望したような表情を浮かべ、リアーヌは悲しそうに顔を歪ませた。
(なんで私まで……悪いのはサボったザームなのに……)
食後のデザート抜き。
これが授業をサボったザームと、そんな弟を黙認したリアーヌに課された罰だった。
(――でもザームのが可愛そう……カスタード系のお菓子大好きなのに……)
未だにこの世の不幸を全て背負ったかのような絶望感を漂わせながら、両親の前に置かれたプチシューをジッと視線で追い続けるザーム。
そんな弟をチラリと横目で見たリアーヌは気の毒そうに小さく肩をすくめた。
そんな子供たちの様子に、サージュとリエンヌは困ったように苦笑を浮かべながら顔を見合わせる。
そして少しわざとらい仕草で両手をポンッと叩いて見せた。
「――そうだわ。 母さんいいこと考えちゃった!」
「……俺たちにプチシュー分けてくれるとか?」
ザームは、かすかな期待を滲ませて母を見つめた。
「それはダメよ。 そんなことしたら母さんのデザートまで取り上げられちゃうじゃない」
その言葉に再びガックリとうなだれるザーム。
――リエンヌとて、息子にデザートを譲るのはやぶさかではなかったのだが、今回は理由が理由だけに今後のことを考え二度目が起こらないようしっかりと反省させるつもりでいた。
「……じゃあ、いいことってなんだよ……」
不貞腐れたように少し唇を尖らせながらザームはたずねる。
そんな息子の様子に母はクスリと笑いを漏らしながら話を続けた。
「ザームがマナーのレッスンで合格をもらえたら、なんでも好きなデザートを出してもらえるとかどうかしら⁉︎」
ザームはその言葉に、キラキラと瞳を輝かせながら「プチシュー」と、元気よく答えた。
「今じゃないわよ」
「そんなに食いたいなら、きっと頑張れるぞ!」
息子の様子から、この方法がきっと有効であると確信した二人は、クスクスと笑いながらそう声をかけ、チラリと執事のほうに視線を送った。
「ふむ……――では“優”ならば、なんでもお好きなだけ。 “良”ならば、なんでもお一つだけ。 “可”ならば、手のかからない菓子をお一つ――ではいかがでしょうか?」
アゴに手を当てながら答えるヴァルムは、そのまま主人たちの答えを待つように目を伏せる。
「――……なんでも?」
少し迷うような態度で、念を押すように確認するザーム。
「はい」
ヴァルムはそんなザームを安心させるように、胸を張って力強く頷いた。
「好きなだけ……⁉︎」
瞳を輝かせ始めたザームに困ったように笑いながら、再度大きく頷く。
「ええ。 ですが夕食後、でございますよ? それと手のかかる菓子がたくさん、となりますと当日お出しすることが難しい場合もございます」
「でもなんでも好きなの食べられる……?」
「――優をお取りになりましたら、どんなデザートでもご用意致しましょう。 このヴァルムめがお約束いたしますとも」
力強く言い放たれたその言葉に、ザームはパアァァァッと顔を輝かせると「頑張る‼︎」とやる気を漲らせながら答えた。
「やる気になられたようで、なによりでございます」
そんなザームのにヴァルムも満足そうに頷く。