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(お茶会やパーティーのお菓子ってちょっと小さめだし、食べたふりしてハンカチに隠しちゃえばバレない気がする……! それでカーテンに隠れたら完璧でしょ。 絶対バレない)
「なんかイケる気がしてきた!」
リアーヌはザームと視線を合わせ力強く頷き合い――
「――冗談だよね……?」
珍しく威圧的な笑顔を浮かべたゼクスに話しかけられて、姉弟揃ってその視線を左右に揺らした。
「ゼクス様……。 あの……ダメ、ですよね……?」
その視線が自分を咎めていることだけは分かったリアーヌは、その視線から逃れるように俯いた。
「――アスト」
ゼクスが口を開くよりも早く言葉を発したのはヴァルムだった。
ザーム付きの侍従をジロリと見つめながらその名前を呼ぶ。
「はいっ! 坊ちゃん兎です! ウサギや鳥を狙いましょうっ! 間違ってもイノシシだなんて危険な生き物に手を出してはいけません‼︎」
「……鹿は安全?」
「危険にございますっ」
「――でも兎じゃ肉パーティーが……」
そう言いながらザームは面白くなさそうに唇を尖らせた。
たった今、姉と約束したことを止められ、面白く無さそうに顔をしかめた。
そんなザームがくれぐれも独断で暴走したりしないように、ヴァルムは諭すように言葉をかける。
「――坊ちゃん、今回の狩りの目的は、肉を得ることではなく狩りを通じてご友人を作ることでございます。 もしもその日、友人と呼べるような方が現れたのであれば、祝いとしてたくさんの肉を食卓に並べましょう――どうですか? 出来そうでしょうか⁇」
「――友人作ってくれば肉パーティーか…… いいぜっ!」
過程はどうあれ、自分がする行為で肉パーティーが開けるのだと理解したザームは、ニカっと笑って胸を張った。
――しかしすぐに首を傾げると、リアーヌを見つめて言った。
「……狩りって獲物の取り合いだよな……?」
「――確かに……?」
ザームにたずねられ、リアーヌもそれでどうして友情が育まれるのか分からなかった。
しかし姉として弟の質問になんとか答えたかったリアーヌは必死に頭を回転させてそれらしい答えを提示する。
「――ウサギと鳥の交換とか……?」
「……俺、ウサギがいい」
「……私も」
(鳥は骨が多くて食べるところ少ないもんね……)
「……うん。 多分違うと思うよ……?」
二人の会話を見かねたゼクスが、チラチラとヴァルムやアストたちに視線を向けつつ口を挟んだ。
ヴァルムたちとて、姉弟のこの勘違いを放置するつもりなど微塵もなかったが、音もなく笑っている子爵夫人に視線と仕草で口出しを咎めてられていたため動きようがなかったのだ。
リエンヌとしては、すぐに答えを教えられるよりも二人で考えて心ゆくまで話し合い、答えを見つけるほうが身につくと考えた結果なのだったが……
――それは母親としてはよく聞く教育方針だったのかもしれないが、子爵夫人としてはあまり聞かない教育方針であった。
特に、その場にリアーヌの婚約者であり現男爵であるゼクスが同席しているこの状況で、この会話を続けさせる決断を下す子爵夫人はリエンヌだけであると断言できた。
「――え、違うんですか? じゃあ……あ、あれじゃない? 「俺二匹とったからあれはお前にやるよ」的な! きっと獲物を譲ってもらったら感謝して友達になってくれるよ」
「――ああ」
そんな姉弟の会話にゼクスは頭痛を覚えながら乾いた笑みを貼り付ける。
そもそもこの狩りの趣旨は“交流”である。
狩りとは銘打ってあるが、獲物など捕まえなくても良い――というか、捕まえた獲物を家にまで持って帰ろうとする者など、ザームの他にはいないだろう。
獲物を見つけるまでに協力し合い、意見を出し合い狩りの手順を踏んで、獲物に弓が当たろうと当たらなかろうと、その結果に一喜一憂する……そして狩りを共にした人物の人となりを見て、その後の距離感を測る――
それこそがこの狩猟大会の大きな目的であったのだから――
なまじ狩りに慣れているザームであるからこそ、その考えに至れない……というよりも、その考えを理解できないようだった。
そんな姉弟の様子に、ゼクスは小さく長いため息をソッと吐き出し続け、決してため息を吐かないように努力する。
そんなゼクスに強くもわかりやすい視線が注がれた。
ゼクスはその視線の主を探るまでもなく、自分に視線を向けているのかが誰なのか理解できた。
耳では姉弟が、ああでもないこうでもないと好き勝手に言っているのを聴きながら、ゼクスは決意するように唇を引き結び――数秒ののち、未だに強い視線を送り続けているヴァルムに、チラリと視線を走らせた。
「――ゼクス様。 狩りの日のご予定は?」
「……開けときまぁーす」
有無を言わせない笑顔でたずねられたゼクスはハッキリとした愛想笑いで答えるたのだった。
「そんなに心配しなくても……あの人が決めたことなんだから大丈夫よ」
リエンヌが呆れたように笑いながら言うが、言われたゼクスとヴァルムたちの心の声は『それはそれ、これはこれですよ……』と一致していた。
いくらサージュの運が良いと言っても、どうにもならないような状況に追い込まれてしまったからこそ、貧乏な時代があったのだ。
そして――運はあくまでも運であり、すでに決められた絶対の未来では無い。
そのことをきちんと理解しているヴァルムたちであったからこそ、打てる手は全て打っておくべきだと考えていた。
「――ご迷惑でなければ、ぜひご一緒させてください。 私も未来の義父殿や義弟殿との親睦を深めたいので」
「あらそう? 迷惑なようなら無理してはダメよ⁇」
「とんでもございません」
ゼクスはそう言うと恭しくお辞儀をした。 そして顔を上げるといたずらっぽくニヤッと笑って見せる。
そんなゼクスの態度にリエンヌはふふっと笑うと、未だに見当違いな意見を交わし合っている姉弟に向かって口を開いた。




