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「……海はともかく、港町にそこまで興味を示す女の子は珍しいね……?」
「港町は美味しいものの宝庫です!」
「あーうん、そうだね……?」
軽く頬を引きつらせたゼクスは、多くの言葉を飲み込みながらリアーヌの言葉に同意してみせる。
(港町ってことは海外とのやりとりもあったりする……? そしたらお米とかも見つけられるかもしれない⁉︎ ――別にそこまで米が好きだったわけじゃないんだけど、全く食べないのも違うんだよねー……いや、うちの料理長のご飯は文句なしにめっちゃ美味しいんだけど……ーそろそろカレーとかオムライスとか食べたいよねー……)
言葉を飲み込んだゼクスと、港町で出会えるかもしれない食材に思いを馳せているリアーヌを乗せて、馬車はボスハウト邸へと進んでいった――
◇
「では……王家主催のものは全て参加。 ミストラル家とシャルトル家それから……パラディール家の茶会にもエスコートをよろしくお願いいたします」
「大切にお預かりいたします」
ボスハウト邸、リビング。
執事であるヴァルムの言葉に、ゼクスはリアーヌに微笑みかけながら大きく頷いた。
子爵であるサージュはまだ出先から帰ってきていなかったが、ゼクスの申し出を聞いたヴァルムは、子爵夫人であるリエンヌの許可を得てリアーヌが出席すべきパーティや茶会をリストアップしていった。
「ディナーパーティーはジェネラーレ家のお嬢様参加するもののみ、でよろしいですね?」
「はい。 それ以外は祖母に同伴してもらえることになっていますので、それで問題ありません」
ゼクスには姉妹はおらず、母親も彼が幼い頃に亡くなっている。
そのため、パーティーにエスコートしても誤解を生まない相手は、彼の祖母しか残っていなかった。
「ごめんなさいね? リアーヌもまだデビューには早いと思うのだけれど、そもそもうちがまだパーティーを主催する準備が整ってないのよー」
リエンヌがコロコロと笑いながら手をパタパタと振って言う。
ゼクスの婚約者として茶会等に出席するならば、世間的には社交界デビューとなにも変わらないのだが、この国での正式な社交界デビューとは、その家主催のパーティーで、招待客に紹介をされて初めて“正式にデビューした”とみなされる。
リアーヌ同様、マナーや立ち振る舞いに少々の不安を抱えている現ボスハウト子爵夫妻は、子供たちの教育が遅れていることを隠れ蓑に、子供たちのデビューを出来うる限り引き伸ばすつもりのようだった。
「代替わり直後はなにかと手間取るものですから……――それと、これは貴族の社交ではないのですが、ラッフィナート商会が主催するパーティのほうへの出席は可能でしょうか?」
「――もろもろ多めに見ていただける、という認識で大丈夫かしら?」
「平民ばかりの会ですので……」
「……なら良いんじゃないかしら?」
目を閉じ、こめかみに指を当ててゼクスの言葉を検討するリエンヌ。
少し間を置いてパッと顔を上げると、満足そうに頷きながら応えた。
「――ではそのように……」
リエンヌのその態度をしっかりと確認したヴァルムは、恭しくお辞儀をして再び調整作業に戻る。
そしてヴァルムは、ゼクスが持ち込んだラッフィナート家への招待状リストとビアンカのパーティー出席リストを眺めながら、リアーヌの夏休暇の予定を次々と決めていく。
その様子にホッと胸を撫で下ろしているゼクスと――その隣で羊皮紙に続々と書き込まれる予定の数々に眉をひそめる人物が一人――
(……え、待って? なぁにあの量……⁇ 私ってばそんなに出席しなきゃいけないんです……? ――休暇って夏休みのことですよ? お休みですよー⁇)
そんなリアーヌに、ようやく本日の課題を終えたザームが近付いて行く。
ゼクスに軽く会釈をしつつニマニマと揶揄うような顔つきで歩いて行くその姿が、あらかたの事情を聞かされてここにやってきたことを物語っていた。
「……うわ。 あれ全部出んの?」
ザームは姉の視線を辿り、ヴァルムが書き込んでいる羊皮紙に目を丸くするとニヤニヤ笑いを引っ込め、気の毒そうに姉を見つめる。
「――そう、みたい……?」
「……がんば?」
「……何個か代わる?」
「ムリだろ……?」
「――だよねー……」
基本はゼクスに届いた招待状。
ゼクスの婚約者であるが故に同伴すべきと判断されたパーティーに婚約者の弟が代打出席は常識的にありえないだろう。
そのくらいのことは、リアーヌたちでも理解できていた。
「……なんか俺も狩りに行くこと決まった」
想像以上に予定を組み込まれ、予想以上にゲンナリしている姉を気づかうようにザームは口を開く。
それは『俺も頑張るから姉ちゃんも頑張れよ』という、ザームなりの励ましだった。
「狩り?」
「ん。 同い年の奴らと狩り行って友達作るんだと」
ザームの言葉にリアーヌはハッと大きく目を見開いた。
そしてゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。
「――超頑張れ?」
「おう。 ――イノシシ捕まえてきてやる。 そしたら肉パーティーだからな?」
そう言ってニッといたずらっぽく笑うザーム。
彼の中での姉は――自分が未だにそうであるように――山盛りの肉が食卓に並べは、その瞳を輝かせて幸せそうに笑っている少女のままだった。
ゲンナリしている姉が少しでも元気になれば……と、思いやりの心からそう伝えていた。
――その優しさ溢れる発言にボスハウト家の使用人たちは、ギョッと目を剥くことになったのだが……
「絶対大物捕まえてきてやるから、姉ちゃんも美味い菓子持って帰ってこいよ?」
「……え? あれって持ち帰りOKなの⁇」
(なんとなく「お育ちがお悪いことっ!」とかイヤミ言われそうな気配が……?)
「バレなきゃ問題ねーだろ。 ハンカチにくるんでコッソリ持って帰ってこいよ」
(そうか。 バレなければ問題は起きないな……?)
「――私に出来るかな?」
「サッと持ってサッと隠すだけだろ。 ――どこの菓子が一番美味かったか決めようぜ」
「――それはちょっとやってみたい……!」
ニヤリと笑って提案してくる弟に、同じように人の悪い笑顔を浮かべて同調する姉。
その笑い方は瓜二つで、二人の間に濃い血のつながりを感じさせた。




