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◇
その日の夜――
ダイエットを決意したはずのリアーヌだったが、しっかりと夕食を食べお土産のエクレアまで堪能していた。
そしてそんな美味しいエクレアを食べながら、家族団欒の話題の一つとして、放課後に遭遇した新手の詐欺師たちの手口を説明していく。
「怖いわね?」「気をつけなきゃな?」なんて会話ののち、弟と残りのエクレアをどちらが食べるかの口論をし、無事に一口ずつ味見出来ることで決着がついたリアーヌは、満足感と満腹感に包まれ、幸せを噛み締めながらベッドに入った。
「――あれ? もしかして今日のもイベントだったり……?」
寝支度を済ませたリアーヌは、ベッドの横に置いてあるランプだけが灯る薄暗い部屋の中でポソリと呟いた。
(――確か、ゼクスルートでごろつきに絡まれるってデートイベントあったよね? 好感度の数字は忘れたけど、設定されてる好感度を上回った状態でデートすると発生するってやつ……――3回目くらいまでに発生してないと恋愛エンドにいかないかもとか言われてたやつ……)
「――いやでも、あのイベントでGETできるスチルって、主人公とゼクスが手を繋いでゴロツキから逃げてる時のやつでしょ……?」
(颯爽登場した割にさっさと逃げちゃうから、結構印象に残ってるスチルなんだけど……――でも……今日のゼクスめちゃくちゃ的確に追い払ってたな……? 詐欺師とごろつきの違い? いや……紙一重みたいな詐欺師だったけど……)
「――でも……手はしっかり繋いじゃったりして」
そう呟いたリアーヌは昼間のことを思い返しながらニヨニヨニヨッと口元を緩め、頬を赤くしながら「ひゃぁー」と奇声をあげながらクネクネと身体をくねらせ、ふと気がついた。
「――……あ、そっか詐欺師か。 ごろつきっぽく見えちゃったから勘違いしただけで、そもそもイベントとは関係なトラブルだったんだ」
納得したリアーヌは、ゴロリと横向きになると、ランプに照らされた自分の手をジッと見つめる。
(……確かにあんなイケメンと手なんか繋いじゃったら赤面ものなんだけど……――繋がれた瞬間、私ウソみたいに(そ、そんな破廉恥なのはダメだと思います⁉︎ ……あ、婚約してるから良いのか……)とか普通に思ったもんな……私ってば中々にこの世界の住人やってるじゃん……)
見つめていた手をぎゅっと握り締め、どこかホッとしたような寂しそうな曖昧な微笑みを浮かべるリアーヌ。
(……このまま本当にゲームの住人になったとしたら、もしも主人公がゼクスと結ばれる未来がやって来たとしても「そっかぁー……だって守護のギフト持ちだもんね? そりゃそうだよ」って受け入れられたりするのかな……?)
「――あ、この世界の住人として立派な悪役令嬢になっちゃったらどうしよう……? やだぁ……結局フラれるのに悪者にまでされたくなーい……」
ため息混じりにそう言って、再びゴロリと寝返りをうつ。
(なんて…… いくらなんでも私の心まで変わるわけないかー……――馬鹿なこと考えてないでもう寝よ……)
基本的に寝つきのいいリアーヌだったが、その日はいくら目を閉じていても眠気頑張ろやってくることはなく――
リアーヌは久々に眠ることに苦労することになった――
◇
「えっ……夏休暇、遊べないのー……?」
春の暖かな日差しが、夏のジリジリとした日差しに変わり始めた頃、リアーヌとビアンカは、あいも変わらずいつものベンチで昼食をとっていたのだが――
その会話の中で、まもなくやってくる夏休暇のほとんどの期間、ビアンカが王都を離れる予定だと聞かされたリアーヌ。
残念そうに肩を落としながら、子供のように唇を尖らせる。
「そうなるわね。 こちらでのご挨拶まわりもあるからすぐには戻らないけれど、それが終わり次第領地に戻ることになっているから……」
困ったように微笑みながら肩をすくめるビアンカ。
リアーヌは夏休暇中一度も会えないのが、残念だと気持ちも、ちょっとくらい……とゴネてしまいそうになる気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
しかしそれを口にしなかったのは、肩をすくめるビアンカがどこか寂しそうに視線を伏せたからだった。
その仕草からビアンカだって不本意なんだろうと察し、グッと言葉を堪えてみせた。
そして「そっか……」と短く答え、ビアンカとそっくりの仕草で肩をすくめる。
「――むしろ私はあなたがそこまで悠長にしていられるほうが信じられませんわ? 挨拶回りの予定はありませんの⁇」
ビアンカのスケジュールがここまでタイトになってしまっているのは、ひとえに婚約が決まったからだった。
両親と共に挨拶する家に、パトリックと共に訪れる予定の家々も沢山あった。
婚約したのが少し早いとはいえ、ほぼ同時期と言っていいリアーヌが、こんなにものほほんと夏休暇を満喫しようとしていることのほうが、ビアンカには信じられなかった。
「挨拶回り……? そんな予定ないよ⁇ 私まだ社交界デビューしてないもん」
あっけらかんと伝えられた言葉にビアンカは自分の失言を反省すると同時に、大きく納得もしていた。
通常であれば、高校に入学する年までに社交界デビューを果たしておくのが普通だ。
そうでなくては『あの家は子供の教育もまともに終えられなかった――』などと侮られる原因になるからだ。
――しかし途中から貴族社会に足を踏み入れたリアーヌには社交界デビューに割くような時間は残されていなかった。
ボスハウト家の令嬢となってからすぐに始まった受験勉強――ボスハウト家はリアーヌの社交界デビューを一年や二年遅らせても、リアーヌを教養学科に入れることを優先したのだ。
そして社交界デビューしていないのであれば挨拶回りの予定が無くてもなんの不思議もない。
社交界は子供の遊び場では無い。
デビューもしていない子供がいたずらに顔を出すべき場所ではないのだ。




