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「あ、今の人たちナンパじゃなかったんです!」
「――そう、なんだ……?」
小さく息を呑んたゼクスは、リアーヌの反応を窺うように相槌をうつ。
「はい! きっと付いて行ってたら高い品物買わされたり、変な契約とか結ばされちゃう系の詐欺師です!」
「はぁ⁉︎ あ、いや――え、あいつらがそう言った……?」
「まさか! 言うわけないじゃないですか! でも私には分かるんですっ!」
(なんたって日本人だった時の記憶があるからねっ!)
「――分かっちゃうんだー……?」
ゼクスが困惑したように言いながら手を握ったり開いたり、口元に当てたり伸ばしてみたりと不自然に動かし、ほんの少し首を傾げる。
自分の言葉が全く信用されていないと感じたリアーヌはさらに言葉を重ねて説明していく。
「だって私に声かけたんですよ? あっちのお姉さんや、向こうの子たちじゃなくて私ですよ⁇」
視線や仕草で、通りで買い物をしていた可愛い子たちを指しながら、リアーヌは不本意そうに唇を尖らせた。
自分で説明していて微妙な気分になったようだ。
「……人には好みってあるじゃん?」
「多少はあると思いますけど……」
誰に対するフォローなのか、気まずそうにそう言ったゼクスに対し、疑わしげに答えるリアーヌ。
「……――まぁ、とりあえずケガは無い、んだよね?」
「あ、はい! ケガとかはしてないです! それにどこかに連れ込まれる前にゼクス様が蹴散らしてくれたんで、変な契約しなくて済みました‼︎」
「あ、もうリアーヌの中であれはナンパじゃないことになったんだね……?」
(だからずっとそう言ってじゃん? ――もしかしてゼクスも知らない詐欺の手口だったり……? ――そんなのガチで警邏隊に相談案件じゃん……!)
「――ともかく……リアーヌが無事でよかったよ、うん……」
「あっ! 助けてくれてありがとうございましたっ」
しみじみと言ったゼクスに、リアーヌはお礼も言っていなかったことをようやく思い出して慌てて頭を下げる。
「――……ううん。 俺もはぐれちゃってごめんね? ――はい」
そう言いながら差し出されるゼクスの手。
「……はい?」
それがなんのための行為なの分からず、キョトンとその手を見つめ返すリアーヌ。
「手。 もうはぐれないように――ほら」
そう言いながらゼクスはリアーヌの手を取り、ズンズンと力強い足取りで通りを進み出す。
「わわわっ」
急に歩かれたことで引っ張られる形になったリアーヌは、たたらを踏むように前のめりになってしまうが、握りしめられたゼクスの手にギュッと力が入り、転ばないように手を引かれるだけで、その手が離れる気配は全く無い。
しっかりと手を握り締められ、どうしても意識がその手にいってしまうリアーヌ。
チラチラと繋がった手を見つめていたリアーヌはその手が意外にもゴツゴツと骨張っていて日に焼けていることに気がついた。
(なんか――男の人の手って感じ……)
そう感じた瞬間、リアーヌの胸が甘く疼く。
(うわぁ……え、私今ゼクスの手を握ってる⁉︎ ヤバ……お触りとかファンサが過ぎるよ⁉︎こ むしろ反則だよっ! こんな――……こんな……?)
なにかが引っかかったのか、リアーヌは真顔になって繋いでいるゼクスの手をじっと見つめる。
(……――待って? 確かに骨張っててゴツゴツしてるんだけど――えっ、私の指より細くない? ウソでしょ⁇ だっていくら細身だって男だぜ⁉︎ ――いや骨の部分コミコミならまだ私の方が………?)
――リアーヌは繋がったその手存在や、その力強さよりも、その指の細さが気になって仕方がなかった――
「あっちにさ、女の子が好きそうなアクセサリーのお店があったんだー。 行ってみよ?」
「アクセサリー……」
リアーヌはゴクリと唾を飲み込むと、ゼクスが指差した先を思い詰めた瞳で見つめる。
(――指輪……きっとそれでハッキリする……)
「……リアーヌ?」
思い詰めた様子のリアーヌに、ゼクスは訝しげに声をかける。
「――行きましょう」
力強く答えたリアーヌに、ゼクスは(またなにか変なことで思い詰めてるんだろうな……)と、妙な理解を示し、生ぬるい瞳をリアーヌに向けると、なるべく刺激しないように、そっと店までエスコートしていく。
(――……ギリだけど、本当ギリギリだけど、私のほうが細かった……!)
アクセサリー店の中、リアーヌは無言で指輪を握り締め、ホッと胸を撫でおろしていた。
冗談めかしてゼクスに付けてもらった指輪が、リアーヌには少しだけ緩かったのだ。
(――しかし完全に骨の分だったなー……)
手の中にある指輪をジッと見つめながら、その指輪をはめたゼクスの手を思い返していた。
骨張ったゴツッとした指にはまった、ブカッと緩めの指輪。
透かし彫りが美しい金色のその指輪は華奢なデザインであるものの、ゼクスの手に妙にしっくりと収まっているように見えたーー
「それが気に入った?」
「ぅえ⁉︎」
「ずっと持ってるし……買おっか?」
そう言ってリアーヌの腕を引いて店員の元までスタスタと歩いていくゼクス。
「私そんなつもりじゃ……!」
(大体これ、私には大きすぎるんですけど⁉︎ ――……待てよ? つまりこの指輪がピッタリになってしまったとしたら……?)
「リアーヌ? ほら店員さんに見せないと……」
ゼクスはそう言いながら、指輪を握り締めたままのリアーヌを見つめて苦笑いを浮かべる。
そんなゼクスに、リアーヌは大きな深呼吸を一回すると、決意したように頷きながら店員に指輪を差し出した。
「あーこれ可愛いですよね。 とってもお似合いですよ! その透かし彫りカランコエの花なんでお守りにもなるんですよ」
店員の女性はゼクスから金を受け取りながら、リアーヌに愛想よく話しかける。
そしてその言葉にゼクスが反応を返そうとした瞬間、リアーヌが短く言い放った。
「これは戒めなので」
「ぇ……?」
リアーヌのその返答に、ゼクスが小さく呟くように声を漏らし、眉を寄せてリアーヌを見つめる。
「――戒め、ですかー……?」
店員も視線を揺らしながら首を傾げ、曖昧に微笑む。
しかしリアーヌはその店員の言葉に力強く頷くと、手の中にある指輪を決意したようにジッと見つめる。
(――この指輪がピッタリになったら終わりだ。 むしろ私はブカブカを目指さなくてはならない……!)
「……リアーヌ? ――あれ? なんか思ってた反応と違うけど……⁇」
そんなゼクスの呟きは、先程お腹いっぱい食べてしまったエクレアのことを後悔し始めていたリアーヌに届くことはなかった――
しかし店員にはしっかりと届いていて、気まずそうな愛想笑いを返されることになった。




