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「…………」
「…………」
そして視線を一度リアーヌに戻すと、そのまま無言で見つめ合う男性たち。
無言のままに視線を伏せ、鼻や髪をいじってなにかをごまかそうとする。
そして少しの沈黙ののち口を開いた。
「――君だって可愛いよ。 な?」
「――おう!」
二人は満面の笑みをリアーヌに向ける。
(ウッソくさぁ……)
「……でもほら、あっちの二人組とか……あ、今こっちチラッと見た人たちとか――二人のほうがいいと思いません……?」
リアーヌの言葉に「あー……」と言葉を探しながら視線を交わし合う二人組。
言葉にするならば、
『おい、どうすんだよ?』
『どうするもなにもないだろ⁉︎』
といったところだろうか。
「その――だから……な⁉︎」
「……一人だって問題ないだろ」
短髪の男の無茶振りにも近いパスに、小柄な男は首や後頭部を撫で付けるながら少々投げやりに答える。
「そうっ! 全然問題ない‼︎」
「あー……楽しく話せればと思っただけだ」
「……二対一で?」
「――人数は一度置いておかないか?」
小柄な男がリアーヌから視線を逸らしつつ気まずそうにこたえる。
「ええ……?」
もはやナンパという体すら剥がれ落ちかけている目の前の二人組に戸惑いの声をあげるリアーヌ。
しかしその心の中では(こんなの絶対に詐欺でしかないじゃん‼︎)と、確信していた。
(絶対にそうだ……! これで言われるがままについて行ったら、もっと大勢に取り囲まれて高いもの買わないと出してもらえなくなるやつだ‼︎ 間違いないっ!)
「――……あの、私お金持ってないですし、実家も貧乏なので……」
そう簡単にこの場から逃げられないのだろうな……と、察していたリアーヌは、それでもどうにか自分がカモとしては不十分であることを二人に伝えようと、言葉を紡ぎ始める。
しかし、この言葉には少々の無理があった。
リアーヌがその身に纏っているのは、貴族や金持ちが多く通うレーシェンド学院の制服であり、汚れや痛みの一切ないそれは、リアーヌの身分がそれなりのものだということを主張していて――そのことに気がついていないのは、この場ではリアーヌのみだった。
だったのだが、二人はそのことを指摘するつもりもないようで、忙しなく視線を交わし合いながら、どうにかリアーヌをここから移動させようと躍起になっている。
「うん。 そんな話してなかったけどな?」
小柄な男が冗談めかして肩をすくめる。
「や、本当ムダ使いとかダメなんで……」
「奢るって言ってるだろ!」
「最初の一杯だけ奢られましても……」
「なんの話だよ⁉︎ 全部出すって!」
短髪の男はリアーヌに乗せられるように段々と声が大きくなっていく――
そのやりとりをどう思ったのか、通りを歩いている人々がチラチラとリアーヌたちに注意を向け、その歩みを止めそうになった時だった――
「はーいはーい! 俺のツレだからー。 うん、ツレだからねー。 はーい、さよーならー」
少し髪を乱し慌てた様子のゼクスが駆け寄り、男たちの間に体を割り込ませ、背中にリアーヌを庇うように立ち塞がった。
そして目を丸めて驚いている男たちの身体を軽く押したり、追い払うような仕草をして、有無を言わせず距離をとらせる。
「けどよぉ……」
「――行くぞ……?」
「はいはい、これ以上は警邏が出てきちゃうからねー。 さっさと散ろうねー。 はい散ってー、すぐ散ってー」
ゼクスはそう言いながらズンズンと男たちを追い立てるように大通りの真ん中まで押し出していく。
男たちが押し出された先の通りを歩いている人々の反応はさまざまだった。
後ずさっているため周りへの注意が散漫となっている男たちは、通行人にぶつかりながら後ずさる。
そんな男たちを邪魔そうに避けていく者、チラリと見かけた問題が解決したのだとホッと胸を撫でおろす者、喧嘩か? 揉め事か⁇ とどこか期待に瞳を輝かせている者もいた。
そんなさまざまな視線に晒され、二人の男たちは居心地が悪そうに、そそくさとその場を後にした。
「あー……平気?」
男たちが立ち去ったことを見届けたゼクスは、未だによく状況を飲み込めていないリアーヌに駆け寄り、気づかうようにソッとたずねた。
自分を見つめてくるゼクスの心配そうな顔に、リアーヌはようやく自分の安全が確保されたことを実感することが出来た。
そして、安心と同時にやってきた怒りのままに、自分のような被害者を出してはいけないと、必死に頭を回転させ始める。
「――とりあえず……警邏隊には報告したほうがいいと思います!」
フンスッと鼻息も荒く、拳を握りしめながら宣言したリアーヌにゼクスが目を丸くする。
「え――もしかしてケガでもさせられた⁉︎」
当然のことながらゼクスにリアーヌの考えは伝わっていない。
ゼクスは二人の男性に少々強引な誘いを受け、怖がっている婚約者を気づかっているつもりだった。
なので、このような場面で警邏に報告する場合は、明確な被害にあった場合――ケガや持ち物を壊された時だと考えたようだった。
「え、違いますけど?」
詐欺の手口を告発し、新たな被害者を出さないようにしようと考えているリアーヌはなぜゼクスが自分のケガを心配しているのかが分からず、首を傾げながら否定の言葉を口にする。
「――えっ?」
キョトンとした表情になったゼクスに、リアーヌはその時ようやく自分がやろうととしていることが全く伝わっていないことと、ゼクスが自分を心配しているという事実に気がついた。




