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とある店の裏手、倉庫のような場所に簡素なテーブルと椅子が数脚置かれている。
テーブルの上には沢山の紙が積まれていて、その一枚一枚にリアーヌはスッスッと手をかざしていた。
「リアーヌ嬢、次はこっち頼むわー」
「はーい!」
背後から聞こえてきた雇い主の声に、リアーヌは元気よく返事をすると、そそくさと立ち上がる。
リアーヌの【コピー】というギフトはコピー元を目視で確認しながら手をかざせば、寸分違わずに写し取ることが出来るという能力だ。
コピーする物は紙なことが多いが、陶器だろうと木材だろうと写し取ることが可能だった。
店主から受け取ったチラシの原本を片手に戻ってきたリアーヌは、テーブルの上の紙の束を移動させながら席につく。
その表情はどことなくイキイキとしていて、この時間がとても充実しているであろうことが見てとれた。
(久々のバイト楽しー! 今はおこづかいに困ってるわけじゃないから、する必要もないんだけど……――家にいても退屈なんだよねー。 スマホもテレビも無いし……ヒマそうにしてると刺繍や読書勧められちゃうし……刺繍は首や肩が痛くなっちゃうだけで楽しくない。 ――読書は……内容がちょっとねぇ……私はラノベみたいな、サクッと読めて分かりやすいのが好きなんだけど……この世界の本、言い回しが小難しいうえに曲がりくねった表現が多すぎて……しかも恋愛ものなんか主人公より天使の方が忙しい。 舞って歌ってラッパを吹いて花を撒き散らす、さらにはベールを空にかけたり魔法までかける――天使、前に出過ぎ! こっちはスルッと読みたいの! 天使の活躍より登場人物の活躍を読みたいのっ‼︎ 物語を読んでニコニコしたいのに、また天使(笑)ってなってばっかなんだって! ――そんな読書するくらいなら、ここでおっちゃんやおばちゃんたちとお喋りしてたほうが断然楽しいし、お金まで貰えちゃう!)
「おっちゃん、紙無くなったー」
手元にあった紙を使い切ったリアーヌは、コピーしたものをパラパラと捲りながら確認しつつ、元々紙が入っていた箱に詰め替えながら、部屋の奥で作業をしている店主に声をかける。
「おー相変わらず早ぇなぁ」
感心した様子の店主にリアーヌはエヘヘーと照れ笑いを浮かべる。
そこに首にかけたタオルで汗を拭いながら、この店の若旦那であるガンスがやってきてリアーヌに質問を投げかけた。
「嬢、ザム坊の手はまだ空かねぇのかい?」
「あー……」
ガンスの質問に、リアーヌは少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「礼儀作法の授業って言ってたから……今日は無理かも……?」
その答えを聞いたガンスは「っかー!」と悔しそうな声をあげながら、ガシガシと乱暴な仕草で頭をかきむしる。
「――ま、仕方がねぇか……」
大きなため息と共にそう言うと、大きく肩を落とす。
「ザム坊がいてくれりゃ、そっも一気に片付くのにな?」
店主でありガンスの父親が、揶揄うような口調で言った。
「他人事だと思いやがって……――けど次期子爵様に「バイトに来てくれや」とは言えねーしな」
はあぁぁ……と再び大きなため息を吐いたガンスはフラフラと椅子に腰掛け、がっくりと項垂れる。
そんなガンスの背後に、ヌッと現れた人物が一人――
「やる」
「うおっ⁉︎」
急に背後からかけられた声に驚き、ギョッと後ろを振り返る。
リアーヌもその声の主を見て、ギョッと大きく目を見開いた。
「ザーム⁉︎ ……え、もうレッスン終わったの……?」
ザームが自分と同じく礼儀作法の授業を苦手としていることを知っていたリアーヌは、疑うような眼差しを弟に向ける。
「……まあ?」
「……終わった⁇」
曖昧な態度でやり過ごそうとするザームにリアーヌはさらに質問を重ねた。
「――休憩中だからいいんだよ」
リアーヌの追求に、あっさりと開き直ったザームはフンッと小さく鼻を鳴らして胸を張った。
「休憩中にバイトとか……どんだけ休憩するつもりー?」
呆れたような視線をザームに向け、頬杖をつく。
「ガンスさんはいいって言った」
「うん、言ってはいねぇぞ?」
姉弟の――引いては子爵家内部での諍いに発展しそうな話に巻き込まれたガンスは、早々に自分は関係ないという立場を明確にした。
「夜までやれる!」
「そんなに長い休憩は無いじゃん……?」
困ったように眉を下げ、首を横に振ったリアーヌに、ザームはグッと唇を噛み締め視線を逸らすと、ポソリと小さくつぶやいた。
「――俺、あれ嫌いだ……」
急に、シュン……としてしまったザームを気の毒に思ったガンスが自分の隣の椅子を引き、ポンポンと叩いてそこに座るよう勧め、店主はザームが好む菓子を出すために、そそくさと奥に引っ込んだ。
「……騎士の作法ってそんなにややこしいの?」
テーブルの向かい側に座り、ペショリ……とテーブルにへばりつくように体を倒した弟に、リアーヌはそっとたずねる。
「……そっちは平気だけど、今日は女連れてくのもやるって……」
「――女連れてく……? あ、エスコート?」
「それ」
「連れてくって……――まぁいいや。 つまりは跡継ぎとしての立ち振る舞いも習ってるのね?」
「ああ。 ……俺、騎士だけでいい」
「あんたが後継だから、よくは無いんだけどね……?」
「……ねぇちゃんもあれ習った?」
「習ったけど……」
「できた?」
「――……女の人は基本、されるがままだし……」
「……ずりぃ」
リアーヌの答えに、ザームの眉間や鼻の上は皺だらけにしながら顔をしかめる。
「――嬢。 このまま雇うと問題になるか?」
静かに話を聞いていたガンスが、伺うようにリアーヌにたずねた。
「……ええと、教師はうちの人間なのでそこまで大きな問題にはならないかと……? ――でも、ヴァルムさんからのお小言ぐらいは、ある……かも?」
「……――うちとしちゃ雇いてぇ。 けど子爵家に迷惑をかけたい訳でもねぇんだ」
ガンスの言葉にリアーヌは「あー……」と声を発しながら頭を悩ませる。
(見たところ、大分へこんでるしなぁ……ゆうてザームは入学までまだ一年あるし……私たちがしっかり説明すれば、お店には迷惑かからない……よね?)
「――じゃあ今日は特別ね?」
「いいのか⁉︎」
「今日だけだよ? これからはちゃんと授業が終わってからにしな?」
「やった!」
ザームがぱあぁぁぁッと顔を明るくしたタイミングで見計らったように店主が菓子を持って現れ、その後ろからは、おかみさんがお茶の用意を持って現れる。