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ゼクスたちが立ち去った直後のパラディール家のサロン内。
メイドたちは片付けをすると控え室に下がり、部屋の中にはフィリップたちだけになっていた。
そのためか、イザークとラルフ立ったままてフィリップとパトリックに給仕をしている。
「――もう少し引き出せるかと思ったが……」
「さすがはラッフィナートと言ったところでしょうか?」
げんなりとした表情で頬杖をつきながら毒づくフィリップに、パトリックが苦笑いを浮かべる。
フィリップは無言で肩をすくめると小さく鼻を鳴らしながら、ラルフが入れ替えたばかりのティーカップに手を伸ばした。
「――僕が最初から上手くやっていれば……」
壁際に控えていたラルフがしょんぼりと肩を落とす。
しかし、その言葉に他の三人は苦笑を浮かべるしかなかった。
「アレは仕方あるまい……――ヤツですら制御出来ないと諦めて、私とだけの交渉に切り替えたんだぞ……?」
ため息混じりにそう言ったフィリップの言葉に、あの時の二人のやりとりを思い出したのか、3人は口元を押さえながらクスクスと笑い合う。
「――あの時の言葉にウソはありませんでした」
一人笑えずにいたイザークが、他の三人がひとしきり笑い終わった後でそっと伝えた。
「――ヤツの言葉か?」
「正確にはどちらも、です」
「――まぁ……リアーヌ嬢に関しては……演技であればいっそ天晴れだったでしょうね……?」
イザークの答えにパトリックが冗談めかして答えるが、言っているパトリックですら今一番、関心があるのはそこでは無かった。
「――ずいぶんと気を使うじゃないか……?」
足を組んで椅子の肘掛けに頬杖を付きながら、訝しげに言うフィリップ。
自分の知っているゼクスであれば、あの程度の嘘偽りは息をするように口から吐き出す――フィリップはそんな確信があった。
「……相手がボスハウト家であるからでしょうか?」
パトリックも首を傾げながら考えを話す。
しかし、やはりパトリックの知っているゼクスも、ボスハウトだろうがパラディールだろうが、金にならない敬意を払うような男だとは思えなかった。
「――事実は小説よりも奇なり……とも申しますが……?」
おずおずと小さな声で紡がれたラルフの言葉に他の三人の動きが止まり、互いに忙しなく視線を交わし合う。
この場合のラルフの言葉は、遠回しな恋の話を指す。
つまり今回の場合においては「大変珍しい状況だとは思いますが、ラッフィナート男爵がリアーヌ嬢に思いを寄せているのではありませんか?」と言うような意味合いになるのだが――
「――特殊すぎるだろう?」
「……だから王命で婚約止まり……――まさか本当に恋人気分を謳歌したいと……⁇」
「――申し訳ありません、そのあたりは冗談だと思っていたので……」
三人は混乱したように視線を交わし合いながら、意見を交わし合う。
ゼクスの自身にのなどなんの興味もなかった者たちしかいない集まりであったからこそ、ゼクスの女性の趣味の情報など、カケラも持ち合わせてはいなかった。
「――求めていたとしても、狙いは本人ではなくてギフトのほうなのではないか?」
フィリップは眉間に皺を寄せ、唸るように自分の意見を話す。
なぜだかゼクスが恋や愛などという言葉で動くような人間ではないと妄信していた。
「……よそ見をしてヘソを曲げられるよりは――ですか?」
パトリックの相槌にフィリップは頷きながら話を続けた。
「平民とはいえ、あそこまで大きくなってしまった家だ、貴族との縁組みは喉から手が出るほどに欲しいだろう。 アレも政略結婚の心得程度はあるだろうし……」
「――なるほど。 向けているのは恋や愛ではなく、思いやりと信頼ですか」
パトリックの言葉に大きく頷くフィリップ。
“思いやり”に“信頼”これは、貴族同士の結婚に愛や恋は必要ないと言い含められる時によく聞く言葉だった。
『恋愛と結婚は違う。 恋や愛は恋人へ…… 自分の伴侶へは思いやりと信頼を持って、誠実な対応をするのですよ――』
貴族の子息や令嬢たちならば、確実に一度は言われたことのある言葉だった。
「――あのご令嬢に信頼を……?」
ボソリと呟かれたラルフの言葉に、他の三人がブフッと吹き出す。
「あっすみません……」
自分の口を押さえながら眉を下げるラルフ。
……彼の口は少々迂闊なところがあるようだった。
そんな友人の態度や、幼馴染と言っても過言ではない気安い関係性の者たちしかいない空間ということもあり、その笑い声はどんどん大きくなっていき、四人は涙が滲むほどに笑い合うのだった。




