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「――私の助言は必要ないようだね?」
完全に2人の世界に入ったリアーヌたちに、フィリップは舌打ち混じりに苦言を呈した。
「あっ……あの、すみません……」
不機嫌さを隠そうともしないフィリップに、リアーヌは身を小さくしながら謝罪の言葉を口にする。
「――流石に我が婚約者に対して口が過ぎると思いますが……――ホストであるベルクング様はどうお考えですか?」
その言葉にフィリップの口がかすかに歪む。
自分の話を聞いていなかったリアーヌ対し、感じた苛立ちのままに怒りをぶつけてしまったが、それが褒められた行為ではないということはフィリップにも理解はできる。
そしてフィリップは失念していた。
今回のホストが自分では無いのだということを――
いつもと同じ場所で同じメンバーが同席していたということもあって、気の緩みが出てしまったようだった。
(――今のは私の失態だ……話に夢中になった挙句にボスハウト家のご令嬢に謝罪させることになるなど……――まぁいい。 こちらにはまだ手札が残っている)
フィリップは今回のホストであるラルフに目配せをして話を進めるよう指示を出す。
「――少々話が盛り上がり過ぎてしまったようですね」
「リアーヌ嬢を思ってのこと……どうぞ気を悪くしませぬよう」
ラルフが困ったように笑いながら言えば、調子を合わせるようにパトリックも会話に加わり、にこやかな笑顔をリアーヌに向けていた。
「はぁ……」
パトリックたちの言葉に曖昧に頷きながら心の中でグチるリアーヌ。
(お前ら……今まで存在感なんか皆無だったくせに……――まぁこの人たちはよほどのことがない限りフィリップに逆らわないだろうからなぁ……)
そう思っていたリアーヌがため息とも取れるような長い息をつく。
それをきっかけにゼクスが心配そうな顔つきでリアーヌに話しかけた。
「――リアーヌ疲れてしまった?」
「あ、いや大丈夫――」
「です」と、言い切る前にゼクスが再び口を開く。
「そうだよね? 俺『ちょっとお茶してお話しするだけだよ』とか説明しちゃったし……それがこんなに長くなるとは思わないよね⁇」
「……そう、でしたっけ……?」
ゼクスにそんなことを言われた覚えのなかったリアーヌはしきりに首を捻りながらこたえる。
(ケジメとか過去の精算とかしか言われてないような……?)
これに関してはリアーヌの記憶が正しく、ゼクスがそんなことを口にした事実はなかった。
――この言葉はゼクスからフィリップへの要求のようなものなのだ。
『さっきの無礼に目を瞑ってやるから、さっさと本題に入らせろ』
ゼクスは言外にそう言って、そのことはフィリップや友人たちにも正確に伝わった。
「――それはいけないね?」
そう言ったフィリップにラルフが小さく頷く。
それを受けラルフも小さく頷き返すと、急に畏まった仕草でゼクスに向き直った。
そしてにこやかな笑顔で話しかける。
「ラッフィナート男爵との会話が楽しすぎて本題を聞きそびれてしまいました……遅くなって申し訳ありませんが――本日はどう言ったご用件だったのでしょうか?」
その言葉に、ゼクスは心の中で(なにが聞きそびれただ! こっちの足元見てここぞとばかりにいびり倒しやがってっ!)と毒づいていたが、ぐっと腹に力をこめて笑顔を貼り付けて見せた。
「今回、良縁に恵まれたということで、ラッフィナート家がケジメをつけるべき事態と判断致しましたので、このような席を願い出させていただきました」
(――あれ? やっぱりケジメはつけるんだ……? んで……この場合、その相手は氷の人ってこと……⁇)
「――けじめ、ですか?」
ラルフはどこか芝居がかった仕草で首を傾げ、詳しい説明を求めた。
「はい。 ――ラルフ・ベルグング様。 ご報告が遅れてしまいましたが、こちらに控えます我が婚約者リアーヌ・ボスハウト、決して故意ではないのですが……――ベルグング様のギフトをコピーしてしまいました」
(……――あっ⁉︎ ケジメつけなきゃいけないの私⁉︎ そっかそうだよね⁉︎ だってもうすでにコピーしちゃってるもんね⁉︎)
ゼクスの言葉にようやく今回のお茶会の趣旨を理解したリアーヌ。
「――ギフトを、コピーですか……」
ラルフはそう言いながら、チラリとフィリップに視線を走らせた。
その反応でゼクスは、ラルフがすでににギフトをコピーされている自覚があること、そしてフィリップがすでにリアーヌが他人のギフトをコピー出来るという事実を知っていることを確信した。
(ありえるとは思ってたけど……実際知ってるとなると厄介なことこの上ないな……)
そんな本心をひた隠して、ゼクスはさらには言葉を重ねる。
「聞いた話では、茶会でのお遊びの一つとしてギフトを披露し合い――その中で戯れにギフトのコピーに挑戦したとか?」
そこまで言って、確認するようにパトリックに視線を送るゼクス。
見つめられたパトリックは軽く肩をすくめながら口を開く。
「――そうですね。 確かに先日のお茶会ではそのような余興を楽しんだ記憶があります」
その言葉にパトリックの隣に座っていたイザークが言いにくそうに視線を落としながら口を開いた。
「……ですがあの時は確か――出来ないと仰っていたような……?」
その言葉にフィリップたちの視線がリアーヌに集中し、ビクリと大きくその肩が揺れる。
(――あれ? これは……私があの時コピー出来てたのに黙っていた――と疑われているパターンですか……?)
その時、四人の視線からリアーヌを守るようにゼクスが身体を移動させながらリアーヌを振り返り、そしてニコニコと笑いながら話しかけた。




