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◇
その日の放課後。
教室の中でリアーヌは自分の席に座り、待ち人を待っていた。
ビアンカはすでに帰宅しているため話し相手もいない。 手持ちぶさたのリアーヌは窓の外を眺めたり、自分の爪を見つめたりしながら時間を潰していた。
「お待たせぇー」
そう声をかけながら教室のドアをガラリと開けたのはゼクスだった。
その姿を見つけホッとしたリアーヌだったが、なぜ今日の放課後に待ち合わせをしたのか、その理由を聞かされていなかったため、少し緊張気味にたずねた。
「ほとんど待ってはいないんですけど……今日は一体どのような……?」
(私あなたに「用があるから、放課後待ち合わせようねー」としか言われてないんですよ! ――なんとなく予感してたけど、やっぱり美味しいもの食べに連れてってくれる系のお誘いじゃ無かった……)
「うん。 やっぱりケジメは大切だと思うからさ」
「……ケジメ、ですか?」
「うん……――過去の清算のほうが分かりやすい?」
そう言ってゼクスはリアーヌに向かい首を傾げる。
(どっちにしろサッパリなんですけどー……?)
リアーヌはそう心の中で答えながら苦笑いを浮かべた。
(――ん? 待って⁇ “ケジメ”に“過去の精算”……? ……あれ? もしかしなくても、私まで巻き込んでの修羅場に突入しようとされてます……⁇ ――ゼクスの過去の女か……それはそれで興味あるな……?)
◇
(あれ……ここって……?)
リアーヌはゼクスの後に着いて歩いて来ただけだったが、ゼクスが立ち止まった先にある扉、そのサロンの豪華な扉に見覚えがあった。
不思議そうに首を傾げつつ、前に立っているゼクスの後頭部を見つめる。
少し振り返り、そんなリアーヌに気がついたゼクスは、少し呆れたように苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「話があるならここで聞くって言われちゃってねー」
「なる、ほど……?」
(――えっ? ゼクスってばパラディール家の関係者に手ぇ出したの⁉︎ チャレンジャー過ぎない……? しかもここのサロン借りてるってことはフィリップにまで話通ってるってことじゃん……?)
見覚えのあるサロン棟の、見覚えのある豪華な扉。
リアーヌの記憶が正しいのならば、それはビアンカと共にやってきた、パラディール家のサロンの入り口で――今回に限っていうならばリアーヌの記憶は正しかった。
一体どんな人がゼクスの元カノなのかと、ほんのりワクワクしながらゼクスの後ろに続いて部屋の中へと歩みを進めるリアーヌ。
そして部屋の中で待ち受けていたのは――
「――やぁ。 お待ちしておりましたよ、ラッフィナート男爵殿?」
豪華な椅子に足を組みながらゆったりと座り、肘置きに肘をついて手を組見ながら優雅に微笑んでいるフィリップだった。
それだけでも非難されるべき態度であったが、さらに言うならば、この場において席をすすめるべき本来のホストはラルフだった。
例えサロンを貸しているとは言っても、客人を迎える場でそんな横柄な態度を取って良いわけが無い。
――しかしラルフからは、フィリップのこの行為を咎めるような言動は無く、非難めいた視線すら送られることも無かった。
当然ゼクスはフィリップの行為がどれほど常識はずれであるか理解していたが、分かった上でグッと奥歯を噛み締め、ニコリと頬を釣り上げ、その顔に笑顔を貼り付ける。
――全てはけじめを付けるため。
今日この場で、なんとしても過去は精算しなくてはいけない――と、何度も自分に言い聞かせながら。
そしてゆっくりと息を吸い込むと、リアーヌの背中にそっと手を回して、軽く押しながらフィリップが視線で指し示した席へと足を進める。
……心の中でボロクソにフィリップを罵りながら。
(こっちが下手に出るしかねぇと見て、好き勝手しやがって……! テメェ俺にはなんの権限もないお飾り男爵だと舐めてんだろ? 残念だったな! これでも新店舗の候補地探しやら仕入れルートの開拓程度なら任されてんだよっ! ――ぜってぇテメェの領地にうちの店乱立させて、テメェの領地に根付いてた店々片っ端から潰して回ってやっかんなっ‼︎ 覚悟しとけよ根暗陰険野郎っ‼︎)
表情は実に穏やかでにこやかなものだったが、その身に纏うオーラが刺々しく凶暴で、隣に座ったリアーヌは恐怖から顔を引きつらせ、その様子からゼクスの不機嫌さを悟ったフィリップは、ニンマリと笑みを深くするのだった――
(――なんでこんなにも不機嫌になってしまったのか、良く分からないないのですが……――もしかして元カノがブッチしたのか⁉︎ ……どちらにしろハッキリしていることが一つ。 ――私は一刻も早くここから脱出したいっ! なんでこの二人ってこんなにも相性が悪いのっ⁉︎ ――だって先生たちはお茶会での空気作りはホストの仕事だって言ってたのに!)
リアーヌのその心の叫びに応えてくれる者はこの部屋には存在せず、上部だけは和やかな、けれど誰の目から見てもギスギスとした空気で満たされたお茶会がスタートしたのだった――
「リアーヌ嬢、久しぶり。 やはり教室が違うと、話す機会はなかなか無いんだねぇ?」
ゼクスの隣で身を小さくしていたリアーヌに、気を利かせたのかゼクスに対する嫌がらせなのか、フィリップがニコニコと優しい微笑みを浮かべながら話しかける。
その声にビクリと肩を揺らしつつも、その顔に――多少引きつってはいたものの――笑顔を貼り付けて答えるリアーヌ。
「……そうなんですかねー?」
(――ダウトが過ぎる。 主人公があんたのルートに入ったら、教室どころか建物すら違う専門学科の生徒と毎日のように逢瀬を交わしてたくせに……それこそ婚約者が嫉妬で犯罪を犯すぐらい頻繁に! ――誰がどの口で言ってんだ……)
お腹の中で盛大にフィリップを罵りながらリアーヌは笑顔を浮かべ続ける。
その結果、リアーヌの笑顔には凄みが乗り、それはフィリップたち、そしてゼクスにも変化をもたらすことになった。




