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デート翌日、朝の教室内。
授業前の少しの時間、いつものようにリアーヌとビアンカが談笑していると、ゼクスが教室内に現れ、なにを話すでもなく伝えるでもなくニコニコと笑いながらリアーヌとビアンカを眺め始めた。
「――……えっと、おはようございます……?」
「……なにか御用でしょうか?」
「あは。 ただ二人は本当に仲良しなんだなーと思って見てるだけだよー」
「えぇ……?」
ゼクスの答えに困惑の声を上げるリアーヌ。
しかしゼクスはそれ以上なにも語ることはなく、ニコニコと二人を眺め続け、やがて時間になると授業を受けるため自分の教室へと戻っていった。
「――あの方ってあんなに不可思議な行動をなさる方でしたかしら……?」
「……っていうか、意味もなくただニコニコ突っ立ってるだけの時間を良しとするような人じゃ無いと思うんだけど……」
(あの人、どこまで行っても商人だし。 時間を無駄にするのすらもったいないって思うキャラなはずなんだけど……)
リアーヌたちは似たような動作で首を傾げながらゼクスが出ていったドアを呆然と眺め続けた。
――ゼクスの奇行に首を傾げあったリアーヌたちだったが、なんの問題もなく午前の授業をこなすうちに、その話題に触れることもなくなり、このまま“よく分からないゼクスの暴走”ということで終わりそうな気配すら感じていたのだが――
「――えっと……ゼクス様……?」
「ああ、俺のことは気にしないで話を続けて?」
(続けられるわけないだろ……!)
昼休憩。
いつもの中庭のいつものベンチに腰掛けた二人の元に、どこからともなく現れたゼクス。
そして座ることもなく、二人の前に立ちニコニコと笑いながらリアーヌたちを眺め始めた。
今回も、リアーヌやビアンカがなにか用があるのかとたずねてものらりくらりと躱すだけで、理由を語るそぶりも見せない。
(勘弁してよ……――この隣からヒシヒシと感じるドス黒いオーラをゼクスは感じ無いの⁉︎)
「――ゼクス様、いい加減事情を説明してくださいよ……これじゃいつまで経っても訳が分からないままです……」
困惑に顔を歪めながら、小さく肩をすくめながら喋るリアーヌに、ゼクスは特大のため息を吐きながら「――しょうがないかぁ……」と答え、そのニコニコ顔を苦笑いに変えた。
「――いやー……これまでは大して気にしてなったんだけど……先日、唯一無二ってことが判明しちゃってさぁ……――だったら話が変わると思ってさー」
ゼクスはチラチラとリアーヌの反応を伺いながら芝居がかった調子で悲しそうに喋る。
(――ん? 先日で唯一無二? ……あれ? それって……)
ゼクスの言葉にリアーヌが引っ掛かりを覚え、その顔をまじまじと見つめた時、ゼクスがニヤリと笑って問題発言を投下させた。
「せっかく出来た友達にまで俺とのこと説明してないとか、ちょっとヒドイと思って」
「――ラッフィナート様とのこと……?」
リアーヌがゼクスを止めようと口を開く前に、ビアンカがゼクスの言葉に反応する。
言葉と共にチラリと視線を向けられ、リアーヌはギクリと肩をすくめた。
ビアンカはその反応だけで、リアーヌが何かを隠していることを察知して、ニッコリと綺麗な微笑みをゼクスに向けた。
(あっ……ごまかす間もなく速攻でバレた……)
ゼクスとの婚約、ゆくゆくは破棄される可能性が高いと予想していたリアーヌは、出来ることなら家族以外の誰にも伝えずに円満な婚約破棄ができれば……と、ビアンカにも説明することを躊躇していたのだ。
(――誰にもバレなければ婚約破棄も簡単になって、私が断罪される、なんて未来を回避できる可能性がグッと上がると思ってたんだけど……こんな形でバラされるんだったら、さっさと説明しておくんだった……)
「えっと……あのね?」
ビアンカに向かい、かけるべき言葉を必死に探すリアーヌ。
そんなリアーヌを揶揄うようにその肩に手を回したゼクスは、その顔を覗き込みながら口を開いた。
「そんなに照れることないのにー」
その顔の良さにドギマギしつつも、ニマニマと楽しそうに笑っているゼクスを睨みつけるリアーヌ。
「――リアーヌ?」
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたリアーヌの耳に、ビアンカのよく通る声が聞こえてきた。
その一言だけでリアーヌはビクリと体を震わせると直立不動になり「なんでしょうか……?」と恐る恐るたずねた。
「――さっさと話しなさい?」
「……うぃ」
圧の強い笑顔を浮かべたビアンカの言葉に身を縮こまらせたリアーヌが返事をする――そんな光景をゼクスは満足そうに眺めていた。
この婚約にあまり乗り気ではなかったゼクスの心に小さな変化が起こったのは昨日のことだった。
毒にも薬にもならないだろうと感じていた婚約者。
少し話してみればその独特な考え方や物の捉え方を好ましいと感じている自分がいた。
家に有利に働く婚約者なのだから大切にしようとは思っていたが――今ではリアーヌともっと色々な話がしてみたくなっていた。
この娘の瞳を通して見たこの国、この世界を、自分も見てみたくなってしまっていた。
――そしてゼクスはもう一つ重要なことをはっきりと自覚していた。
(多分リアーヌ……俺との婚約、あんまり乗り気じゃないっぽいんだよねぇ……)
そしてそれはリアーヌだけではなくボスハウト家の総意であるということも――
だからこそゼクスはビアンカを巻き込んだ。
――こんなにもビアンカの怒りを煽るような方法になってしまった原因をゼクス本人も正確には把握していなかったが、あのなんでもビアンカに相談していたリアーヌが、今回はそれをせず、黙って婚約破棄のタイミングを伺っているという事実がたまらなく不愉快だったからなのかもしれない――




