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(――ここはゲームの世界なわけだから、攻略対象者とデートすればイベントだって発生してしまう……? でも待って⁇)
「ゼクスからの好感度なんていつ上がったわけ……?」
リアーヌはそう言いながら眉をひそめ、寝転がりながら腕組みをして考え込む。
しかしいくら考えても好感度が上がるような会話に心当たりは皆無だった。
(……え、あの好感度って恋愛的な意味合いオンリー、だよね……? 途中、えらいウケてた時あったけど……――え、もしかして人間が人間に感じる全部の好意が集計されたりしています……? ――さすがにだよね……? だって恋愛シミュレーションゲームだよ……⁇ 好感度カンストしてるのに友情エンド! とか切なすぎワロタ……)
リアーヌは大きくため息を吐きながら、ゴロリと寝返りを打つ。
そしてハタと、新しい可能性に気がついた。
(……私が勘違いをしていただけで、あれは高感度の関係ないイベントだった説……?)
そう思いついたリアーヌは、心のどこかで(いいや、あれは確かに最初の好感度アップの時に発生するイベント会話だ!)と言っている声に耳を塞いで、その考えを正解なのだと思い込もうとした。
「――そもそも……私が好感度稼いだってって話だよねー……」
あのゲームの攻略対象者がこれほどまでに揃っている状況で、主人公――ユリア・フォルステル――が入学してこない未来なんて考えられない。
リアーヌにはそう確信していた。
(――それってつまりさ? どうせ私がゼクスの好感度稼いでたって、主人公がゼクスルートを選んだら……)
「――速攻で捨てられるってことじゃん……?」
ため息混じりにそう言って、面白くなさそうに唇を尖らせる。
不本意ながらもゼクスの婚約者となってしまったリアーヌ。
今だって、婚約破棄になんのペナルティーも発生しないなら、すぐさま婚約破棄してもいいと思えるほどには、リアーヌとしても乗り気ではない婚約だった。
――だったのだがこれから先、主人公の選択一つで、自分が悪役令嬢にさせられる可能性がある以上、リアーヌの主人公に対する好感は急激に低くなっていっていた。
「――ま、こればっかりはしょうがないよねー……」
そう呟きながらリアーヌは再びゴロリと寝返りを打つ。
(……だって、そういうちょっと刺激的なシンデレラストーリーにときめいたからこそ、このゲームが好きだったわけで……――そりゃやってる時は、あくまでもゲームはゲームで、私は主人公だったんだけどさ? ……――そう考えるとこのゲーム、本当に悪役令嬢に理不尽だな……? ま、どの攻略対象者も今の婚約者と結ばれるより主人公と結ばれた方が、確実に幸せになれるって設定なんだけどー……)
「――つまりはゼクスも……」
リアーヌは顔を歪めながらそう呟く。
(私が望んだ婚約じゃないのに、ものすごい理不尽……)
心の中でそうグチりながら。
(……でもさ。 考えてみれば当たり前なのよ……――かたやギフトが目当てで婚約したビジネス婚約者、かたや真実の愛のお相手、運命の君――)
「――太刀打ちなんて、出来るとすら思わないレベルで勝ち目なしじゃん……むしろ試合開始の合図と共にタオル投げるレベル……」
(そもそもの問題として、主人公がゼクスルートに入らなかったとしても、本当に結婚するのか微妙だと思ってるのに……ルート入ったら確実に捨てられるんだろうな……――ここって好感度上げるのが全ての乙女ゲームの世界だと思うんだけど……好感度ってどの程度あれば円満な婚約破棄してもらえるんだろう……?)
「……でも悪役令嬢側に問題が無いと、主人公が“人の婚約者横取りしたイヤなやつ”になっちゃうんだよねー……」
このゲームにおいて悪役令嬢の役割はそこまで多くはない。
一つ目は主人公と攻略対象者との間に試練を与えること。
……つまりは主人公に対しての嫌がらせ行為をすることだ。
エピソードや方法は各ご令嬢によって様々だが、行動原理としては自分の婚約者に近付こうとする無礼者への警告、そして婚約者に庇われる主人公への嫉妬だ。
そして重要な役割がもう一つ。
どれだけ嫌がらせを繰り返しても自分の婚約者の側を離れないばかりか、その絆を強固にしていき、他人の婚約者だというのに、自分こそが恋人であるかのように振る舞う主人公の命を狙うこと――
……ここまで来ていれば、そのご令嬢のプライドはズタボロ、婚約者に集る羽虫も払えないと、評判も傷だらけ……そこで悪役令嬢たちは強硬手段を取ることを決める――
それこそが自身の破滅のトリガーとなってしまうとも知らず……
攻略対象者のほとんどはこの国の有力者となり得る才能溢れる若者たちだ。
その者たちの婚約者なのだから、当然ご令嬢たちの地位も高い。
――通常ならば、惚れた腫れた程度の理由で婚約破棄など出来るわけが無い。
しかしそのまま婚約者が犯罪行為に手を染め、それを衆人環視の中で暴露されてしまったとしたら――?
――悪役令嬢の最後の役割は、その人生を台無しにして、主人公と攻略対象者のこれからの未来を切り開くこと――と言っても過言では無い……
(――え? 私ってばいつのまにか、そんなものになっていた⁉︎)
「――ゼクスの好感度とか上げてる場合じゃなく無い……? いや、だからこそ好感度を上げにいかなくてはいけない……⁇」
(……たださぁ? これどれだけ好感度上げに行っても、主人公がゼクスルート入った途端、選ばれたのは主人公でしたーってなるやつでしょ……? モチベ上がらさすぎて草ぁ……)
そこまで考えたリアーヌは枕に顔を押し付けながら、ハハッと自重気味な微笑みを浮かべた。
(――憧れのレーシェンド学院に無事入学できて、攻略対象者たちにちゃんと存在を認識してもらえているどころか、お茶会やらデートまでしちゃってること状況下で……――これでも不満タラタラとか……受験勉強してた頃の夢見る私に伝えてあげたいよ……)
「――人の欲は成長するって本当なんだぁ……」
そう呟いたリアーヌは、ゆるゆると襲ってきた睡魔に身を委ねるべく、小さくあくびをすると、その瞼をゆっくりと閉じるのだった。




