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(なんだろう……? ゼクスって子供嫌いとかいう設定あったっけ……⁇)
「――ゼクス様って子供が苦手だったり……?」
リアーヌからの言葉でハッと我に帰るゼクス。
そして気まずさを隠そうとしているのか、眉を指で引っ掻くようにしながら、困ったように笑って見せる。
「いやー……その……――ちょっと考えごと……?」
ゼクスはそう言葉を濁しながら答えをごまかし、リアーヌもごまかされたことに気がついていたが、それ以上追求することなく「……そうなんですかー」と答えながら、カップに手を伸ばした。
「――……リアーヌ嬢は子供好き?」
どことなく気まずそうなゼクスにたずねられ、リアーヌは少し首を傾げながら答えに悩む。
「そうですね……――あの子たちは無邪気で可愛らしいと思いましたけど……――仕事の邪魔してくる奴らは嫌いですね」
リアーヌはその顔にはっきりとした嫌悪感を浮かべながら答える。
心の中では、図書館で写本のバイトをしていた時に絡んできた悪ガキどもを思い浮かべていた。
(――周りの大人たちには子供同士のじゃれ合いだとか思われてたみたいだけど、あれは立派な妨害行為。 こちとら真剣に金稼いでるってのに「お前どこの家の子だよ? 貧乏人は勉強なんて必要ないだろ」とか言って、散々絡んできやがったあのクソガキども……もう顔すら覚えてないけど、私はいまだにお前らが大嫌いだからなっ‼︎ ――まぁ、すぐに親方に相談したから被害らしい被害はニ、三回ぐらいしか受けてないけどー)
「――以外に苛烈な意見が出てきたね……?」
なんとなく話の一つとしての話題を振ったつもりだったゼクスは、想定外のリアーヌの反応にハハ……と乾いた笑いを浮かべた。
「あー……私、子供の頃から写本のバイトをしてまして……」
「ああ、図書館で仕事を請け負ってだんだっけ?」
「はい。 基本的にはその場所の責任者の近くにいたんで、変な人に絡まれたりってトラブルは少なかったんですけど……――私が子供だから、私に絡んでくる子供は友達かもしれないと判断されてスルーされて、結果私がイヤミ言われることとかもあって――「貧乏人がなんで図書館にいるんだよ?」とか……」
「それは……」
リアーヌの話に、ゼクスは痛みを堪えるように顔をしかめた。
そして同情的な視線をリアーヌに送る。
「でもすぐに責任者のおっちゃんに「あいつら私をいじめる」っ言ったらすぐに追い払ってもらえるようになったんで、そこまでの実害は……」
「――リアーヌ嬢は強いね……――いや、優しいのかな?」
自嘲気味に笑い、肩をすくめたゼクスがそう言った。
そんの言葉を聞いたリアーヌは思い切り顔をしかめながら口をひらいた。
「優しい⁉︎ 私がですか? ――私、あの図書館で絡んできた奴ら全員、ある日いきなりこの世から消えてなくなっても、悲しまない自信があるほどには大嫌いですよ⁇」
「――……うん、じゃあ強い方だね」
リアーヌのとても素直な答えを聞いたゼクスは、唇をキュッとすぼめながら、ゆっくりとそ視線を窓の外に移す――
そして冗談めかした仕草を取りながらポソリと言った。
「――俺さ、子供の頃友達いなかったんだよねー……」
その言葉にギョッとゼクスを見つめたリアーヌだったが、いくらその顔を見つめ続けてもゼクスからのリアクションは帰ってこず、頬杖をつきながら静かに窓の外を眺めているだけだった。
あまりにもなんの反応もないので、リアーヌはその言葉が空耳だったのでは? と疑ってしまったほどだった。
リアーヌは内心で(これ、空耳だったらスルーで正解なんだけど……空耳じゃ無かった場合、スルーしたらゼクスの話シカトしたことになっちゃうよかなぁ? でも、本人がここまでシラッとしてるのに「え? 今、友達いなかったって言いました?」とか聞けないでしょ⁉︎)と、この場合の貴族的正解を模索していた。
困惑したまま、そのまま黙ってゼクスの出方を見守るリアーヌ。
貴族的正解が分からないならば、せめて自分が正解だと思う行動を取ることにしたようだった。
(私に聞いて欲しくて言ったわけじゃないかもだし……)
「――遊んでくれる人はいたんだけどね?」
しばらく静観していると、ゼクスは自重気味な微笑みを浮かべながら静かに話し始めた。
今度は窓の外からリアーヌに視線を移し、その瞳をはっきり見つめている。
空耳じゃはなかったんだ……と、少々ズレた感想も抱きながらも、リアーヌはその内容的に、安易に愛想笑いは浮かべられないな……と判断し、曖昧な表情で小首を傾げた。
(――あれ? 遊んでくれる人はいた……これ私たち姉弟と同じかな?)
子供の頃からボスハウト家に住み込み、日々手伝いに精を出していたリアーヌ――そしてザームにも、似たような状況に覚えがあった。
「――もしかして小さい頃からお店の手伝いしてたんですか?」
「え?」
「……お手伝ばっかりしてたから友達がいなくて――年の近い従業員さんがたまに遊んでくれてたから、遊んでくれた人はいた――ってことでは……?」
「あー……じゃ、ないかなー⁇」
(あ、違うんだ……)
困ったように笑って答えたゼクスの様子で、自分が見当違いなことを言ったと理解したリアーヌは、その気まずさをごまかすために前髪に手を伸ばした。
気まずさをごまかしているであろうリアーヌの様子にクスリと笑ったゼクスは、そのまま笑顔で口を開く。
「……うちの店って結構大きいだろ?」
「――国で十番目くらいには?」
冗談めかして言われたゼクスの言葉に、リアーヌも軽口のような冗談で返す。
そんな軽口にププッと笑ったゼクスは一つ息をつきながら、話を続けた。
「んでもって意外にお金持ち――」
リアーヌはそう言いながら期待を込められた視線で見つめられていることに気が付き、困ったように肩をすくめると「そうだったんですか? 意外です」と、わざとらしい真顔で答えた。
そんなリアーヌの返事に満足そうにニヤリと笑いを漏らしたゼクスはテーブルの上に頬杖をつき、ニヤニヤと笑いながら話を続けた。
「だからなのか――近所の奴らには友達扱いされなかった」
「――え……」
リアーヌと視線がぶつかったゼクスは弱々しく肩をすくめると、再び窓の外に視線を移した。
「後から知ったんだけどさ、近所の奴らの親が教え込むんだよ……『あの子と喧嘩するな』『迷惑をかけるな』『決して逆らったり怒らせたりするんじゃないぞ』ってさぁ……」
(……そりゃラッフィナート商会跡取りだもんなぁ……取り扱いとしては最上級ですよねぇ……?)




